第54話
屋敷へと戻ると、カイン兄さんと少年二人が剣の訓練をしていた。そういえば、兄さんと二人で襲い掛かった時の少年たちであった。最近は、俺とはかかわりがなかったが、兄さんはあの後も訓練に連れ出していたようである。可愛そうだと思ったが、少年たちの動きにも見られるものが出てきたため、まあ、悪いことではなかったのだろうと思う。兄さんとの訓練は精神的な疲労が一番多い。気を常に張っていないと、ポカンと一発貰うのだ。実力では大体互角なのだが、隙をつくのが異様なまでに上手い。だからこそ、肉体的な疲労よりも精神的な疲労が目立ってしまう。
俺は、ルーシィを屋敷の中に入れると、三人へと近寄る。カイン兄さんはすぐに俺が近づいてきていることに気づいたようで、軽く手を上げた。
「あ、おはようございます、アラン様」
少年は丁寧なあいさつで俺に頭を下げる。俺も彼らに軽く声をかける。そして、兄さんの方へと向き直る。兄さんは誇ったような顔をしているが、俺はその顔にある種の恐ろしさを覚えていた。少年たちがあまりつらそうな顔をしていないというところもそれに拍車をかけているとも言っていいだろう。
「どれだけ鍛えたのさ。けっこう強くなっているよ。ルイス兄さんとなら、剣だけなら、いいところまでいくんじゃないかい」
「だろ。オレも一生懸命教えた甲斐があるってものだよ。やっぱり、毎日の修練はばかにならないなあ。毎日剣をしっかりと振っているだけで、一撃の力強さが変わってくるもんな。あとは、変な癖がつかないように修正していくだけだしな」
カイン兄さんは満足そうに何度も頷いている。その間も、彼らは剣をしっかりと振り下ろす訓練をしていた。ただ真っすぐに振り下ろすだけだが、それが非常に難しい。わずかなブレが剣の力を逃がしてしまうのだ。だから、それをなくして、綺麗な一本線を描くことが剣において最も大事なことであると言える。それを目指すための素振りである。この極致はひどく遠い。どれだけの命が必要か。考えるだけでも気が触れる。
「いつもこれを?」
「そうだよ。ん、いや……違うな。昨日は軽く草原を歩いていたウサギを狩ったな。そのあとで、猟師のおっちゃんのところに、解体しに持って行った。そのついでに、軽く解体の仕方を教えてもらったぜ」
「兄さんも、いろいろやっているんだね。俺なんて、森の中にこもって瞑想しかしていないような……」
自分のことを振り返ってみると、たしかに、その程度のことしか出来ていないような気がする。ちゃんと素振りはしっかりとやっているのだが、それぐらいか。彼女たちは、仙術の修行のために剣を一旦おいているため、俺一人で剣をやる必要があるのだ。仕方ないことだとは思うが、相手がいなければ一定のレベルでしか成長は出来ないのだ。だからといって、彼女たちから仙術の修行を奪うわけにはいかない。それは、彼女たちがかわいそうだろう。
だが、俺にとってみれば森の中にいるということは最も大事なことでもある。自然と共にあり続けることでより深い世界へと潜っていけるのだ。つまりは、これを軽視してはいけないということでもある。
「ねえ、兄さん。昼も剣をやるの? 魔法とかはしないで」
「魔法は、夕方からだな。夕方から夜の間に魔法とか流行るのが自分としては一番やりやすいのさ。だから、昼は三人で剣を振っているさ。とはいっても、模擬戦が基本になるんじゃないのかな。ウサギを狩ったりはしないぞ」
「いや、別にウサギを狩りたいわけではないから。俺もただ、剣に修練に混ぜてほしいだけだからさ」
「いいぞ。さすがに、オレと同格の相手と戦わないと、こちらの腕もなまっちゃうからな。願ったりかなったりだよ」
カイン兄さんの発言は少年たちにも届いていたようで、自分たちの力量が弱いということを伝えられたことに対して肩を落として落ち込んでしまっていた。兄さんは、それを見てしまうと、すぐに駆け寄ってフォローをしているようであるが、少年たちが気持ちを持ちなおすことはないのではないだろうか。
兄さんは最終的に開き直って、説教をしていた。たしかに、弱いことにくよくよしていたら、いつまでたっても強くなることは出来ないだろう。だからこそ、厳しい言葉をかけてもっと頑張ろうと思えるように持っていこうとしたのは間違ってはいない。それに、それを受けた少年たちの顔つきが少し変わったようでもある。強くなるきっかけなど気の持ちようで変わるのだ。彼らもその気持ちを忘れないでほしいと、老婆心ながら思ってしまうわけであった。
昼になった。庭へ出ると、三人はもう集まっているようであった。兄さんは実際に食べ終わると、すぐさま食堂を飛び出してしまったからな。いるのはわかっていたことである。俺は、ハルたちに剣の修行をすると言って出てきたために、少し遅れたのだ。ハルがこちらに来そうな顔を見せていたが、仙術の修行を優先してほしいというとしぶしぶ納得してくれたわけである。
しかし、ハルたちがいなくても変わりについてくる子がいるわけだ。彼女は、ニコニコと笑顔を振りまきながら俺の手を握って隣を歩いている。彼女はそう、アリスであった。
「アリス、俺たちはこれから剣を練習するんだ。だから、アリスとは遊べないんだよ。それでもいいのかい?」
「うん! お兄さまの剣はとても綺麗だから、見ているだけでも十分なの」
俺はそれを言われると、嬉しくなる。自分の剣の腕はまだまだ未熟だと感じているが、妹とはいえ、他人から自分の剣を美しいと評価してくれるのは心が跳ねるように喜ぶことなのだ。周りの誰かから評価されなくとも、誰か一人にでも評価されている限り俺の剣は成長し続けることだろう。その伸びはすさまじい。気の持ちようであるが、やはりいい気持ちで剣を振ればそれだけより強いものが生まれるというものである。
「でも、アリスは見ているだけだとつまらないんじゃないのかい? それは大丈夫なのかい?」
「私は、魔法の練習をしている。それなら暇にならないでしょ。お兄さま、見ててくださいね。私の魔法はとってもきれいなの」
アリスも魔法を扱えるようになっていたのだったな。それならば、魔法の練習をするのも悪くはないだろう。とはいえ、一人だけ違うことをしているのは寂しく感じることがある。適当に切り上げて、俺も魔法の練習に混ざる必要があるだろうな。
俺はそう決めると、アリスをその場において兄さんたちと剣の練習を始めることにするのである。
俺は、アリスの練習風景を視界に入れながら、カイン兄さんの剣を避け、受けていく。その合間に、軽く振り下ろし、切り上げ、払う。それを何のこともなしに避けられる。だんだんと、動きが早くなっていく。風のごとく、剣は振られる。音が鳴る。風が叫んでいるのだ。金切り声を上げて。俺は足を出して兄さんの軸足をひっかけてバランスを崩させる。しかし、その瞬間に飛び上がって、その勢いのまま剣を振り下ろす。俺は、剣の腹で滑らせるように受け止めて、そのまま体当たり。もつれるが、体を回して起き上がる。直前にしゃがみ込む。そのまま立ち上がっていたら、首のあるであろう場所に剣が滑る。飛んで距離を離す。流れを切らしてはいけない。動きの連続である。錆びついたらすぐさま殺されるかもしれないというまでの緊張感の中で、どれだけ滑らかに動けるかという修練でもある。
俺たちは、ゆっくりと構え直し、お互いの体を観察する。わずかな肉の動きを漏らすことなく見ていく。目線一つ、指一つ、そのすべてが致命傷とすらなりえるほどの張り詰められた空間である。俺の肩が動いた。それに反応するように、兄さんも飛び掛かってくる。俺たちの剣はぶつかり、ミシミシと、木が悲鳴を上げる音が聞こえるのであった。
結局そのあとで、俺は負けた。先に俺の剣が折れたのだ。それではさすがに勝ち目は薄い。兄さんとは隔絶した力の差がないからである。負けたり勝ったりとをふらふらとさまよっているのである。
というわけで、俺は剣の練習からは離れてアリスのもとへと向かう。アリスはこちらに向かっていると気づくと表情を明るくさせながら、こちらを見ている。
「魔法の練習でもしようか、アリス」
「本当ですか、お兄さま! 嬉しいです!」
俺の言葉を聞いた彼女は、より輝かせた。それほどまでに嬉しいのだろうかと思うが、確かに、俺は最近アリスに構えていない。いつもは婚約者二人とばかりいっしょにいるのだから、仕方がないし、彼女たちがアリスと一緒に遊んでくれているということも知っているので、俺はいいかと勝手に思っていたわけである。
しかし、今のアリスの表情は笑顔ではあるが、その奥の何かが漏れ出しているような不気味さがある。何かをため込んでいるような気がしないでもない。それを解消させてあげるのも俺の役目なのだろうか。なのだろうな。
魔法の訓練といっても、魔法を体に慣らしていく作業が基本だ。だったら、魔力が体からなくなるまでひたすら魔法を発現させるのが訓練となる。それに、そういうことをすると、より多くの魔力をため込むようになるのだ。体はそういうように出来ている。
「《火よ》《火よ》《火よ》」
アリスは、軽い火の玉を上空にいくつも撃ち出している。アリスはどうやら、短縮詠唱程度ならできるようである。二重因子か、無詠唱か。どちらが得意なのかはまだわかっていないらしい。まあ、それも何度も繰り返していけば、どちらが得意かはわかる。
アリスが放つ魔法の一つ一つが、儚げであり、今にも消え入りそうなわびしさを持っている。それでありながら、いざという時の力を内包しているのだ。外見の弱さと内面の強さの乖離が生まれるような独特の魔法であった。しかし、外の寂しさを持ったものの愛らしさと美しさを持っているのは言うまでもない。火の玉一つでも、ふっと現れてひゅうと飛んでいき、そのまましゅるりと消えていく。しかし、その熱量は恐ろしいまでの力をここから感じるのである。赤から青へ、そして白へと変化している。どれほどの美しさと恐ろしさか。
「《火と水よ》……出ない」
ならばと、今度は手をこすり合わせてみたり、息を吐いてみたり。しかし、何も起きない。魔力は魔法を発現させていない。まだまだ、より上位の技術を発現させることは出来ないようである。ルイス兄さんのようにはいかないのである。
「お兄さま、出来ません。私はダメな子なのでしょうか?」
「いいや、そんなことはないよ。普通はそんなもんなんだ。むしろ、ルイス兄さんがおかしいんだよ。だから、あの人を基準に考えないで、自分ぐらいのレベルが普通だと思っていればいいんだよ」
「わかりました、お兄さま。ありがとうございます」
そう呟くと、俺に顔を見せないようにくるりと反対方向を向いた。そうして、一生懸命に魔法の訓練を始める。俺も、同じように魔法を手のひらに発現させ、そこに魔力をひたすら送り続ける訓練をするのだ。
しかし、太陽のひかりであろうか。俺の目に光が入ってきており、まぶしい。ちかちかと、光が俺の邪魔をしてくる。その光は、まぶしくもありながらぬくもりを感じるようである。木漏れ日のような温かさを持ちつつも、的確に俺の目を焼くような強い光でもあった。母の優しさと父の厳しさを持っているようである。
「どうしたのですか、お兄さま」
「ああ、ごめんよ、アリス。なんか、まぶしいんだ。目に直接光が当てられているような気がしてね」
アリスはよくわからないといったように、首をかしげていた。俺だってわからない。何か病気でも患ったかと心配したが、それらしき気配は特にない。それに、兄さんたちの方を見ると、別にまぶしいということはない。わからない。
「ごめんよ、アリス。練習を止めちゃって。さあ、続きをしようか」
俺の言葉によって、アリスは再び魔法の修練を始める。
それは、夕方までずっと行われていたのであった。




