第3話 巡り回って
「あ、あなたは?」
「俺の名前などどうでもいいだろう」
「あ、はい」
俺の質問を突っぱねられてしまった。これは仕方がない。
カラス頭の男は山伏装束に身を包んでいる。すくなくとも、この格好からイメージできる存在は一つしかない。
「天狗……」
「なんだ?」
「あ、いえ、なんでも……」
やはり天狗だったようだ。
「それで、鞍馬はどこに行っていたのだ?」
「ふん、こいつの親の顔を見に行っていたのだ」
「――っ! 天狗様! 私の両親は、どうでしたか?」
俺は無意識に体が動いてしまっていた。
「ふっ、怒っておったわ。貴様の父親は、お前の棺桶に向かって涙でぐしゃぐしゃになりながら、大声でな」
「そうでしたか……」
父さんと母さんに悲しい思いをさせたくはなかったなあ。なんでこんなに早く死んじまうんだよ、俺ってやつは。
「とてもいい親ではないか。俺は気に入った。実にいい。久方ぶりにああいう人間を見たものだ。だから、貴様のような人間が出来上がるのだろうな」
「たしかにのう」
「だから、こいつは記憶を残しておくべきだと思わんかね? 記憶をなくして転生させたら、こいつの魂が汚れてしまうかもしれん。それは非常に惜しい」
「ふむ、なるほどのう」
「だろう?」
「……だったらお主は記憶を引き継ぐべきじゃな」
どうやら、二人で話が決まっていっている。俺はその様子を口を出さずに見守っていた。そもそも、口を出すべきなのかがわからない。
「そういうわけだ。貴様は前世の記憶をもって生まれ変わるわけだな」
「それはいいことなのでしょうか?」
ちょっと気になった。なにせ、前世の記憶をもって生まれ変わった人間など今まで見たことも聞いたこともないのだから。それは、自然の摂理に反するのかという話である。個人的には俺という個人が残ったままでいられるということで喜ばしいことだと言い切ることが出来るのだけれども。
「人生経験が他の人より多い状態で始まるからいいことじゃな。嫌な記憶も引き継ぐからそこは大変だがの。まあ、お主ほどの魂の持ち主ではないと、メリットが生まれないがの。基本的には、生き物はどんな生き方をしていても穢れが溜まる。それが小さければ魂を洗い流して輪廻に回し、大きければ地獄で洗う。その時に一緒に記憶も洗い流してしまうのじゃがな。だが、そうでもしないと、魂に穢れが溜まりすぎてしまって、壊れてしまうのじゃ。しかし、お主の魂は地上で生きていたとは思えない程綺麗であるからな。記憶を持たせても問題がないのじゃ」
「まあなに、悪いことは起きないのだ。生き返ると思って生きればいい」
お気楽なものである。そんなことでいいのだろうか。俺は、そこまで気楽に構えられてしまうと途端に不安になってしまうのであった。臆病者だと呆れてしまいたくなるほどだろう。
「あ、少し待て」
と、天狗が言うと自分の体に映えている羽を一枚むしり取る。
「これを持て。目印になる」
そう言いながら、天狗は俺に羽を手渡す。それは真っ黒に透き通っており、わずかな光を反射して輝いているようにも見えた。そこらの宝石よりも美しいとさえ思えるものであった。
「待て待て、いいのか?」
閻魔様は少し慌てているようでもある。
「気にするな。こいつの魂ならしっかりと身になるし、道理を外れることはしないさ。むしろ、ほぼ確実に天国へ行くことが出来るぞ。普通の手段ではないがな」
「そうなのじゃが……うーむ」
閻魔様は腕を組んでしばらく悩んでいる様子であったが、諦めたようですぐにこちらに向き直った。
「では、送るぞ。覚悟はできたな?」
「いやいやいや、出来ませんよ! 記憶をもって生まれ変わるんですよ! もうちょっと時間がほしいといいますか……」
「ふむ、それもそうだの」
ということで暫く待ってもらった。深呼吸でもして覚悟を決めなくてはならない。記憶をもって生まれ変わるのだ。来世での両親もちゃんと両親として生きる必要がある。俺の親が四人になるわけだ。その覚悟がいる。大丈夫だ。俺は来世の両親も愛せる。むしろ、前世で出来なかった親孝行をしたい。前世の親には最低なことをしたものだ。今度こそその間違いを起こさない。俺はだんだんとその覚悟を固めていくのである。
「はい、出来ました」
しばらくしてようやく覚悟を決めることが出来た。次の人生はしっかりと親孝行をするとしよう。
「それでは、達者での」
その言葉を最後に、俺の意識は遠ざかった。




