第30話 つながりの隔離
空が青い。雲一つなく、よどみなく、ただ青という存在のみが上を覆っている。今二つの小さなものが飛んでいく。太陽を横切るように飛んでいく。小鳥であった。青と黄の二色の小鳥が大空を優雅に飛んでいる。自分たちが大空を支配しているのだと語っているかのような堂々とした振る舞いである。空を飛べるというのはどれほどの心地よさであろうか。人は高いところから下を見下ろしたい欲望を持っているわけだが、彼らは、どんな心持ちで俺たちのことを見ているのか。気になるところである。
下には緑の海が広がっている。波がたち、揺れている。ゆらゆらゆらり、ゆらゆらと、風に身を乗せゆらゆらり。流されるままに、体を揺らしている。綺麗に整列されているかのようにきちんとなっている。
俺の鼻に届いている。草風というべきであろうか。あの独特の生き物たちの匂いがこびりついたようなものだ。あれが俺に届いている。ここまで届いている。
俺は今、自室にいる。ここしばらくは外の風景ばかりを見ているのである。外に出ることを許されていないのだから。むすっと不満げな顔をしてしまっているかもしれないが、仕方ないと許してもらえるだろうか。
母さんにどんな言い訳をしても、結局は心配をかけてしまったということだ。一月か、二月か、一年か。それだけの期間の外出を禁止された。つまりは、俺はこの家の敷地内しか行動範囲がなくなってしまったわけだ。地獄である。仙人から自然を奪うのだ。死んでしまう。だから、窓の外から遠くを見て、自然成分を補給していたわけである。だが、外を眺めているせいでより、外に出たいという気持ちが強くなってしまうわけであるが。どうすればいいというのだ。
とはいっても、最後まであの真っ赤な姿をキメラと戦っていたからと言わなかった。服も大きく裂けていたし、明らかに何かと戦っているようにも見えるのだが、結局は、サルたちと喧嘩をしていたということで最終的に納得してもらうことが出来たのだ。だから、血の匂いがするのだと。猿たちと殴り合いのけんかをしていたのだから、血の匂いがするのだと。まあ、だからといって、危険なことはダメだと親に言われてしまっては言い返せないのだが。心配のレベルを下げれたのは大きいのだから、俺の勝ちのようなものである。外出禁止だから負けな気もするが。これはどうしようもない。親には勝てないのだからな。
俺は頬を手に乗せて、窓の外の光景を目に焼き付けている。これが俺に残された最後の娯楽なのである。まあ、窓から外の景色を見るというのも悪くはないのだ。上から世界を見ているのは好きだ。自分が彼らから大きく隔離されて傍観できるのだから。俺は傍観者として世界を見ることが出来る。これは、仙人の役割の一つでもある。自然の調和を図り、人とは距離を取って傍観に徹するのだ。これが、理を大きく外れたものの役目なのだということだ。
今、ウサギが飛んだ。三羽ほどか。ぴょんと飛んでいる。あ、一羽が上空に連れ去られていく。その正体は鷲だ。鷲が空を我が物顔で飛んでいる。あの高度では助かることはないだろう。それでも、ウサギは生き残りをかけて必死に暴れている。鷲はウサギを離した。ウサギは落下する。数秒もかからない。地面に激突した。ここからはその激突の音は聞こえない。しかし、あの勢いは想像するまでもない。再び鷲はウサギを掴んで空へと飛びあがる。ああすれば、暴れられる心配がないからな。賢い選択である。そのせいで、悪魔の僕などと言われている時期があったか。名前はアクマオオワシである。魔物ではなく、動物である。名前で魔物だと思われて狩られることがあるし、魔石がないからと勝手に落ち込まれることもある。そういうような少し不憫な鷲でもあるのだ。ハンターになったのなら、動物や魔物についての知識はしっかりと蓄えておけと言いたくなるのだが、そういうことを面倒くさがる間抜けも多いからな。
小鳥が俺を慰めるかのように窓のふちにとまった。俺の顔を覗き込むように首をかしげている。俺は優しく彼の頭をなでてやる。おとなしく撫でられるがままである。たまにこうして、小さなものたちが遊びに来てくれるおかげでそこまで寂しくはない。外に出ることは出来ないが、外のものを俺に持って来てくれるのだ。今日は木の実を持って来てくれたようだ。嘴で挟んでいたそれを置いた。鼻に近づけて匂いを嗅ぐと、森の奥深くの穏やかな匂いが香る。とても心地のいい匂いであった。
「ありがとうな、こうして持って来てくれて。お前たちのおかげで何とか我慢できているかもしれないな。もし、これがなかったらどうなっていたんだろうか。発狂して暴れまわっていたのかな?」
聞いてみたとしても彼らは答えてはくれないだろう。ただおとなしく俺のそばにいるだけである。気まぐれなままに。しばらくの間はそうしてくれるが、彼らが飽きてしまえば、どこかへと飛び立ってしまう。俺は手を振って彼らを送り出すわけであるが。
手を振っていると悲しいとか、寂しいとか、そう言った気持ちが沸き上がってきてしまうため、すぐに止めてしまう。俺がここにしかいることが出来ないから、こんなにも感傷的な気持ちになってしまうのだろう。
「お兄さま、ここにいたのですか。お庭をずっと探しましたよ。いつも外にいるものですから」
アリスが部屋に入ってきた。部屋に入る動作に迷いなどない様子から見ても、明らかに俺がここにいると確信していただろう。他の部屋にいなければ予想は簡単にできることではあるが。とはいうが、ノックぐらいはしてほしいものであるが。部屋に入ってきてほしくない状況の時に来てもらっては困るのだからな。まあ、今の俺に部屋に入ってほしくはない時間帯はあまりないが。ただ、彼らが楽しそうに羽ばたいている姿を見続けていると、なぜだか涙がこみ上げてくることがあるという時くらいか。それでも一週間に一度でもあるかないかという程度である。
アリスは俺の背中に抱きつく。俺は何もしないで、窓の向こうを見ている。なんとなくで指を鳴らしてみる。ぱちんと軽い音が響く。そして、溶けていくのを感じる。音は響くことなく空気の中に消えていった。ただそれだけ。しかし、俺はそれが好きなのだ。溶けていくことを深く実感できるのだからな。アリスはその消えゆく音を辿るように手を伸ばした。だが、手に掠ることもなくどこかへと消えていってしまう。空の中へと溶けてしまうのだから。誰にも認識されることなんてなく。
俺は、窓から離れてそのまま部屋から出る。窓ばかり見ていたら、本当に泣いてしまいそうな気がしないでもない。男の涙はそう見せるものじゃあない。アリスも後をついてきている。俺に追いつくと、手をぎゅっと握る。
「あら、二人とも。どうしたの?」
俺たちの前に現れたのはケイト母さんだった。当然、俺が外出禁止なのは知っているため、疑問に思ったのだろう。昨日一日は部屋にこもっていたのだからな。それだけショックだということでもある。しかし、母さんたちを心配させてしまうことに対する罪悪感は比べ物にならないので、素直に受け入れるわけだが。だから、外に出たりはしない。
それを母さんはわかってくれていると思うので、顔をしかめたりということはしないが。母さんの俺に対する信頼という奴であろう。嬉しいものだ。
「お母さま。お兄さまと手をつないでいるのです」
たしかに、それ以外に答えようはないな。俺は別に、アリスにどこに行くのかと伝えているわけではないし。まあ、この家のどこかなのは間違いないわけであるが。
「当然わかっているとは思うけれど、外は出ちゃだめよ。もし、外に出たら二度と家から出してあげませんからね」
ケイト母さんは俺に顔を近づけて笑いながら忠告をする。俺も、わかっているし、するわけがないのだが、まあ子供だからな。一応の忠告という奴であろう。忘れないように何度も言うわけだ。ただ、その笑顔の奥底では、最後の言葉は冗談で言っているわけではないのだということをはっきりと俺に伝えているわけだ。俺は素直に頷く。頭を下げること以外は許されない。
「よろしい」
俺の頭をゆっくりと撫でる。ゆったりと温かさを感じる。ふんわりとした緩やかな笑みも含めてケイト母さんの纏い雰囲気というものは落ち着くものがある。俺の顔もつい緩んでしまう。それを見た母さんの撫でる手がよりゆったりとしたものへと変わっていく。
満足したらしく、ケイト母さんは俺の頭から手を離した。そうして、アリスの頭を軽く撫でる。アリスの顔も明るくなる。しばらくして、アリスの頭からも手を離すと、軽く手を振って俺たちの前から姿を消した。俺たち二人はその後姿をじっと見ていたが、いなくなると再び歩き出した。
俺が出てきたのは庭である。庭には誰にもいない。カイン兄さんたちは草原で修練をしているのだろうかね。見当たらなかったのだが、俺が窓から離れている間に向かったのだろうか。羨ましいが、俺は出れないのだから、出来るだけ考えるのをやめておこう。
「お兄さま?」
「どうしたんだい?」
「外に行ってはダメですよ? お母さまが言っていましたからね。次出たら二度と外出できなくなってしまうと。お兄さまが悲しんでいる姿を永遠に見続けたくはありませんので」
ぎゅっと抱きついて俺が外に出ないように押さえつけてくるアリス。とても、可愛らしことであろう。小さな力で、俺が外に出ないようにと頑張っているのだから。しかし、俺は別に外に出る気などないわけで、黙ってそのままにしている。
「大丈夫だよ。外に出たりしないよ」
「本当?」
「ああ、本当だ。約束してもいいよ」
「じゃあ、約束を守ってくれたらチューしてくれる?」
「え? いや、それはダメだ」
「えー……」
アリスはふくれっ面を見せているが、ダメなものはダメであろう。諦めてほしいものである。俺は軽く頭を叩くと、アリスから離れて庭の中心へと歩き出す。屋敷の壁に立てかけてある木剣を持ちながらである。外に出ていると思うだろうが、これは外に出ているわけではない。敷地内だからな。だから、まだ外には出ていないし、俺たちの姿を見ている使用人も、別に何も言わずに立ち去っている。俺たち全員の認識として、ここは外ではないというのがあるわけだ。だからこそ、ここまでは出ていくことが出来るのだ。しかし、ここから見える、門。そしてその向こうの道には出られない。薄い門が今の俺には厚く硬い壁にしか見えなかった。
アリスは俺の体を叩いている。自分に注意を向けようとしているようだ。俺の意識が外にばかり向いてしまうことをさせないようにという努力からの行為だろう。俺は彼女の思惑通りに、顔を外から外す。そして、彼女へと向き直るのであった。
「お兄さま? だめですよ? 本当にわかっていますか。何度も外を見てしまうと、わかっていないのではないかと心配になってしまうというものです」
「わかってるよ、アリス。しかし、それでも視線が向こうにいってしまうのは仕方ないんじゃないのか。俺たちは、出来ないことをやりたくなってしまうのだからね。だから、出れないからこそ、一層出ることを求めているだけだよ。ただ、それだけなんだ。出来ないとわかっているからこそ視線が向いているだけ。だからこそ、出るつもりはないと言えるかもね」
「難しいです、お兄さま」
「ああ、ごめんね」
俺の言葉は、アリスには難しかったか。ルイス兄さんや、カイン兄さんはうんうんと頷いたり相槌をうってくれたりするのだが。まだまだ、アリスはお子様なのだろうか。それとも俺たちの理解が深すぎるのか。どうなのだろうか。
俺は、中心に立つと剣を構える。流れるように。川のように風のように涼やかな構えをとる。一振り。抵抗なく振られる。風すらも邪魔せずに剣は動く、舞う。足は軽やかに、腕はしなやかに、踊り子のように剣を躍らせる。
繊細にして大胆であり、大振りにも隙を生まず、さらりとした剣筋を作っていく。流れるままの剣には絵画や音楽のような美が生まれる。そこを俺は目指している。斬られた相手の剣筋に惚れながら死ぬというのも美しいものではないだろうか。ただでは、命を奪いたくはないという思いがあるのだろうか。それとも、ただ極めたいだけなのか。それはわからない。しかし、俺が求める剣はお師匠様がいるそのさらに先であるということを感じている。
俺は、アリスに見られながら、ご飯の時間まで剣を振り続けていたのであった。




