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天の仙人様  作者: 海沼偲
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第21話 命の危機

 猫がいた。コオニグライだ。それが俺と同じほうへと向かっている。森だ。耳をすませば、森の奥からコオニグライが仲間を呼ぶ声が聞こえる。俺はかいてはいけない汗を体から流していた。全力で走り出した。生きていてくれと。死なないでくれと。俺の藁にもすがるような細い願いを無理やり力に変えて、走るのだ。

 だんだんと、猫たちの声が大きくなっていく。近づいていくのがわかる。騒いでいるのは歓喜の声か、威嚇の声か。わからない。しかし、俺には後者であることを望むしかない。そうして、目的の場所までたどり着くことができたのだ。


「ギャア! ギャア!」


 そこにはゴブリンと、数匹のコオニグライがいた。俺の願いはかなったのだろう。まだ確かに生きていてくれたのである。神に感謝してもしきれないほどの喜びが沸き起こってくるのである。だが、今この瞬間はまだ、その喜びに溺れてはならない。俺が間に合っただけであり、まだ危険な状態であることには変わりはないのだから。

 ゴブリンは棍棒を振り回して近寄られないようにしており、その思惑通りにコオニグライは警戒して近寄ってくることはなかった。そのおかげか、俺は間に合うことが出来た。いや、俺が今までゴブリンに教えていたことが活きているのだ。棍棒を振る速度も、キレも、出会ったころには考えられない力を持っていた。コオニグライであろうとも、当たれば重傷は免れない。それを予感させる振りだったからこそ、今まで持ちこたえていたのだ。


「キイェエエエエエエエエエエ!」


 俺はすぐさま、奇声を上げる。俺に注目させるためである。その通りに、コオニグライはこちらへと視線を向けた。邪魔が入ったことで、怒りの感情が見えている。邪魔するなとばかりに俺のことを睨み付けている。だが、その程度で俺はやめたりはしない。少なくとも、今まさに大切な人が傷つけられる、殺される状況で、守ろうと動かないはずがないのだから。


「キシャアアア!」


 俺へと威嚇行動をとる。どちらが諦めるかの勝負だ。俺は手を広げて大きく見せる。それでも怯むことはない。お互いの威嚇合戦はしばらく続くのだろうか。どちらも怯む様子は見せない。このままでもいいのだろうが、確実に、このゴブリンを襲い掛かろうと思ってはならないのだと思わせなくてはならない。一時的な退散ではまだまだ俺の負けに等しいのである。


「《水風土よ》」


 俺の魔力は三つの要素を掛け合わせて形を作っていく。水は氷へと土の要素を混ぜ形をとり、風が動きを持たせる。それは生まれた。姿は獅子である。氷でできた獅子が俺の隣にいる。凛としてその場に立っており、まるで生きているかのように見える。氷でありながら、毛先の一つ一つはおそらく、本物と同じ程度の質感に仕上がっていることだろう。風にあおられてかすかに揺れている。それがまた、生き物であるかのような錯覚を加速させている。だが、その場から動くことは出来ない。それだけの技術はないためである。


「キシャアアア!」


 猫たちは獅子の方をより警戒する。視線は全て獅子へと移る。ゴブリンなど忘れてしまったかのようである。だが、彼らには当然のことだろう。明らかに、危険な生き物が目の前に現れたのだから。警戒しなくては自然の中で生きていくことは出来まい。


「《震えろ、哮ろ》」


 呟く。しかし、それはよく響く。木々の間を抜ける風であった。森の奥深くまでと響くような力強い声が氷の獣を動かすのだ。彼の開いた口から生者の雄叫びを上げさせるのである。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


獅子は吠えた。空気を震わせる。ひびが入るほどの雄叫びを生み出したのだ。それを浴びた猫たちは縮こまり、すぐさま散っていく。役目を終えると、氷は融け水は気化し、そこには何も残らない。俺の魔力で出来る限界があれであった。もう大して体の中に魔力が残っていない。これで、追い払えないのであれば、事態はより危険なものになっていたことであろう。

 俺は後ろを振り向いた。ゴブリンは、棍棒をぎゅっと抱きしめて小さく座っていた。俺はゆっくりと肩に手を置く。それにびくりと震えるが、ゆっくりと顔を上げて、俺の顔を見ると彼女の大きな目から涙がこぼれてくる。


「もう大丈夫だ」


 俺がそう言うと、棍棒を放って俺に抱きつく。その力は強く、痛みを感じるほどであった。しかし、その痛みは叫びであった。生の執着を感じた。体の奥底からくる本能があふれ出ているのである。

 俺も彼女をしっかりと抱きしめ返す。力を入れて抱きしめる。生きていると、死んでいないと、動いていると、感じると、伝えるために。

 時間は進んでいる。それが過ぎれば過ぎるほど、ゆっくりと生の認識が深まっていく。まだ死ななくていいと、生きていていいと、自然が伝えている。俺たちはそれに合わせ力を抜いていく。そうして、体が離れる。


「ア、アア……」


 彼女は手を握ったり閉じたりと、動かしている。俺はそれを真っ直ぐみている。逸らしてはいけないと感じた。彼女もそれを望んでいるようであった。俺の目を見る。俺も見つめ返す。そして、俺はにこりと微笑むのだ。それで、彼女の顔がようやく緩んだ。今までの怯えたように緊張した顔つきから解放されるように。


「ア、アリガトウ……」


 精一杯の感謝の言葉でだ。俺はその一言でようやく緊張が解けた。笑顔を作っていたのも、所詮は緊張していることに気づかれないためだったのである。


「よかった。本当によかった。死ななくてよかった。ありがとう、ありがとう……」


 俺はそれだけしか口から出なかった。しかし、この喜びを体で表現するように再び彼女に抱きついた。彼女のぬくもりが、先ほどまで感じなかったものがようやく、俺にも届いた。あたたかな気の巡りを感じずにはいられない。

 俺たちは喜びをお互いに噛みしめていた。しばらく。それの交換が終わるころ、俺たちはようやくちゃんと体が離れることが出来た。絶対に、この温もりを失いたくないと深く誓うことが出来たのである。そのためにも、もっと強くならなくてはならないし、また、彼女ももっと強くならなくてはならない。俺は空を見た。木々の隙間から見えた太陽はまだ上にいなかった。


「まだ大丈夫だな」

「ナニ、スル……?」


 彼女は、拙いなりにも覚えた言葉を使って質問する。俺は頭をなでると嬉しそうに目を細めた。とても温かく、そして愛らしい姿である。俺は何度でも、彼女のこの愛らしさを守ることが出来たのだと実感するのである。


「ツヨク、ナリタイ……カナ?」


 が、俺が答える前に要望を言う。俺はそれが嬉しかった。


「そうか。じゃあ、これを持って」


 俺はそう言い、木刀を渡す。それを受け取りしっかりと構える。綺麗な構えをしている。彼女は今までの教えのすべてをしっかり吸収しているのだ。天敵相手に気が動転してしまって、実力を十分に出せていなかったのはもったいなかったが。だが、それであっても、今まではただ食われるだけでしかなかった相手に、それなりの時間を稼ぐことは出来ていたのである。もっともっと、力をつければ、そう簡単に死ぬことはなくなるだろう。

 そうして、今日もいつも通りに剣術を教えた。俺はそのいつもどおりがたまらなくうれしく思えてならないのである。


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