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天の仙人様  作者: 海沼偲
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第19話 心で通じ合うこと、言葉で通じ合うこと

 俺は、家にある本は全て読み終わってしまったわけであるから、書斎になど最近は足を運んでいなかった。そのため、久しぶりに書斎へと向かっているわけである。そうして、扉を開けると、そこにはアリスが本を読んでいた。


「お兄さま!」


 扉を開ける音を聞き、こちらへと振り向いたアリスは俺の顔を見るとパッと顔を明るくして駆け寄ってきた。そして、俺へと体全部を使っての突進だと言わんばかりの衝撃でもって、ぶつかってくる。アリスは軽いから、そこまで強い力ではなかったが、衝撃で少しばかり体が曲がる。


「アリスも本を読んでいるのかい?」

「うん!」


 なんとも、勉強熱心な妹である。内容がわかっているとは思えないが、本を開くということは大事なことだ。俺たちの真似事かもしれないが。だが、俺たちの真似をしているのだというのであれば、それはそれで愛おしく感じるものである。

 しかし、書斎にはアリスしかいなかった。ルイス兄さんも読み終わってしまったのか。まあ、魔法の習熟の方が大切だと思っているのかもしれないが。たまに、昼の空に花火が上がることがあるのだから、それだろう。

 俺はアリスの頭を軽くなでると、書斎から簡単な本を取り出す。それは、絵本であり、子供に文字を教えるのに最も最適であるだろうと、俺が個人的に感じているものであった。俺はそれを手にして、書斎から出る。それを追ってアリスもついてくる。


「本はどうしたんだい、アリス?」

「いいの! それよりも、お兄さまと一緒にいたい!」

「片づけはしたかい? それをしないとダメだよ。それが出来ないようじゃ、まだまだ一人前のレディとは言えないね」

「忘れてた! ごめんなさい、お兄さま。すぐにやってきます!」


 書斎へと戻っていった。俺はその姿を見ると、再び歩き出す。アリスは片づけをしている間に、俺のことを忘れて片づけそのものに夢中になっているかもしれない。だが、次に顔を合わせた時には、片づけをしたことを褒めてあげるとしよう。俺はそう考えながら、森の中を歩いていた。目的地はいつもの場所である。


 ゴブリンが持っていた棍棒を落とした。疲れていることだろう。肩で息をするように、上下に動かしているのだから。少しばかり無理をさせてしまったのだろうかとちょっと心配になってしまう。


「今日はこんなもんでいいか」


 俺はそう言うと、木刀を岩にかけて上に置いておいた本を手に取る。そうして、ゴブリンを手招きして呼び出す。もう一週間も、一緒に過ごしていれば警戒などするわけもなく、近寄ってくる。俺は、この進展を喜ばしく思っていた。まるで、娘の成長を見守る親の気持ちである。この愛嬌のある顔を見るだけで、そう思えてくるのだ。可愛らしい。


「ギィ?」


 ゴブリンはこれがなんなのかわかっていないらしい。というわけで、ゴブリンを抱き寄せて、俺の隣に座らせる。そして、本を開いた。


「昔々あるところに、小さな国の王子様がいました。――」


 絵本というだけあって、紙いっぱいに挿絵が描かれている。それを見るだけでどのような話であるかはすぐに理解できる。この絵本の話は、王子様がお姫様を救うためにドラゴンを倒すというシンプルな話である。勧善懲悪。王子様が正義の味方で、ドラゴンが悪者。それを退治してハッピーエンドという話である。これなら、字を読めないゴブリンでもわかるだろうと思ったのだ。少なくとも、こういった勧善懲悪の話は字の読めない子供でも分かりやすいように作られているのだから。とはいえ、ゴブリンは字どころか、言葉もしゃべれないのだが。


「――そうして、王子様とお姫様は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


 話は終わり、本は閉じられる。俺は、ゴブリンの顔をのぞき込んでみる。すると、顔が赤く、鼻息を荒く立てながら興奮しているかのような様子を見せる姿があった。どうやら、話の意味が理解できているのだと知って、俺はほっと胸をなでおろす。


「ギャー! ギャー! ギャー!」


 ゴブリンは本の表紙を叩いてくる。ばしばしと勢いがいいため、傷つかないことを祈ってしまうほどである。だが、言いたいことはなんとなくわかる。少しだけとはいえ一緒に過ごしていた経験が活きているかもしれない。


「もう一度読んでほしいのか?」


 聞いてみたが、ゴブリンは本を叩くのみである。わからないが、もう一度読んでみることにしよう。俺が再び本を開くと、ゴブリンは静かになった。話を聞く準備が整ったようである。


「昔々あるところに、小さな国の王子様がいました。――」


 俺は再び物語を読み聞かせ、チラリと、ゴブリンの姿を見てみると、うっとりと聞いているようであった。

 そうして俺は帰る時間になるまで何度も何度も、読み聞かせ続けた。


 鍛錬を行いながら、休憩中に読み聞かせをするという生活を続けてしばらく経った。今日も同じように森の中へと入っていく。父さんたちからは、そんなに面白いことがあるのかと聞かれたりするが、まあ、生き物と触れ合えるのは楽しいことだ。ゴブリンではなく、リスやネズミ、オオカミやクマなども俺の周りに集まるからな。楽しくないわけがない。とはいっても、わかってくれるかはわからないが。少なくとも俺は楽しいから行くわけである。

 というわけで、今日も来たわけだが、いつものようにゴブリンが岩の前に座って待っていた。


「ムカシムカシ、アルトコロニ……チイサナクニノ、オウジサマガイマシタ」


 俺は惚けた顔をしていたことだろう。間抜け極まる。それだけの衝撃だった。ゴブリンが言葉を話しているのだ。


「あ、ああ……」

「ギギ?」


 ギギギギ言っているが、先ほど、俺がいつも読み聞かせている物語の最初の一文を話していたのだ。これを喜ばずに、何を喜ぶというのだ。もしかしたら、言葉を覚えるかもしれないなと、一分の望みすらないような何となしにやったことが、正しいことなのだと目の前で証明してくれる人がいるのだ。


「アハハハハ! あああああ! 好きだああああああ!」


 俺はつい我を忘れて抱きついてしまった。


「ギャッ!」


 驚きの声を上げたために、我に返って俺はゴブリンから離れた。突然のことだったせいか、ゴブリンは少し腰を抜かしたような動きを見せていた。ちょっと申し訳なくて、手を取って立ち上がらせてみる。大丈夫であった。俺はほっと胸をなでおろした。

 俺は震えが止まらなかった。ゴブリンだって言葉を覚えることが出来るのだと、ゴブリンも俺たちと同じ言葉で話すことが出来るのだということに。今は、ただ音声をまねているだけかもしれない。だが、音声を真似できるのであるならば、言葉を話せるようになる。音に意味がついてくればいいだけなのだ。俺は口元のにやけがとまらなかった。


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