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天の仙人様  作者: 海沼偲
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第103話

 アリスの周囲を漂っている精霊の格が上がったというべきであろうか。明らかに普段の光量が著しく多くなっている。それどころか、姿が出来ているようにさえなっているのである。姿が出来ているとはいっても、ぼんやりとかすかに輪郭があるように思えるという程度のものでしかないが、本来の精霊というのは、ただの光の明滅でしかない。そう考えると、何かしらの形を持っているというのは大きな進歩なのである。

 ならば、精霊がより上位の存在になると、妖精にでもなるのかというと、そういうことはない。精霊と妖精は上位下位の関係でつながっているわけではないのである。精霊が進化するということもない。精神生命体に、進化の概念があるはずがないだろう。

 しかし、実際に、アリスの精霊はだんだんとその力を増していっているのである。非常に興味深いのである。ルイス兄さんは精霊を見ることが出来ないために、そのようなことを言ったとしても、悶々とその事実に悶えることしかできないわけであるが、俺もまた、見えてしまっているからこそ、この謎に対しての疑問が次々に浮かんできてしまうのである。誰も見たことがない、精霊の上位存在が今まさに俺たちの目の前に現れるのかもしれないということであるのだ。出来ることならば、俺たちとも会話が出来るようになってくれれば嬉しいと思うわけであるが。

 それに伴って、アリスの魔法の技術というものも上がってきており、今までは、デッサン人形のようなのっぺりとした人形しか生み出すことが出来なかったものを、より造形をこだわることが出来るようになっているのであった。今まさに、アリスの隣に立っている麗人はアリスの魔法で生み出されている人形なのである。素材として使われているのは粘土だそうだ。だが、その素材であるということを感じさせないほどに、柔らかな動きでもって、人形は俺たちの前に対峙しているのである。柔和な笑みを浮かべている。口の動きをつけて笑顔を見せているのである。どれだけの魔力を必要とするのか。表情をつけることは、とてつもない程に微細な調整が必要なのだ。腕を振る、足を上げるなどといった原始的な動きとは一線を画すものなのである。それをなんてことないように行っていることに俺は恐れを抱くのである。圧倒的なものに対する恐れは、俺の心をひきつけてしまうのである。それだけの魅力となる。


「おはようございます、マリア=テレグレイジアと申します。今日はとても、気分が良い日となっていますね。散歩日和とでも言いましょうか。こうして窓を開けてみてください。とても気持ちのいい日差しと風が体を駆けていきます。どうですか? 皆様方もやってみられては?」


 声帯まであるようだ。ただ叫ばせるだけなら俺でもできよう。だが、言葉を発するということを人形にさせることは俺には出来ない。しかも、この麗人のモデルは隣国の女王陛下らしい。まさかこの場でその人の名前を耳にするとは思わなかったが。もし、こんなことをしているとバレたら、どんな危険な目にあうかわかったものではないな。俺たちはただ、引きつったように笑みを作っているのである。

 しかも、まるで人格まで備わっているかのようによどみなくすらすらと言葉を発しているのである。まるで意味がわからない。もう少しばかりぎこちない発音になるかと思っていたのだが、そうではないのだ。今目の前にいるのは人間だと言われて疑うような生き物はいないだろうといってもおかしくはないのであった。それほどの技術がこの人形一体に込められているのである。

 父さんたちは、もう驚くのに疲れてしまっているのか、その様子を見ても、何ともないかのように通過していくのである。ルイス兄さんはいまだに、アリスに勝とうという執念でもあるのか、人一倍落ち込んでいるわけであるが。もう、兄さんが勝てる要素など万に一つもないというのに、一生懸命なことだと思わざるをえない。少なくとも、俺とカイン兄さんはとっくに諦めている。努力を超越したレベルで上にいることが分かっているのだから。才能に嫉妬することはない。あまりにも高すぎる才能は嫉妬の対象にさえ引っかかることはないのだから。

 剣の腕も上がっている。人形が相手としての一対一であれば、ルイス兄さんであるならば、引き分けには持ち込めるのである。さすがに、それより上になるとまだまだ、負けてしまうようではあるが。魔法によって、むちゃくちゃに筋力から何からを底上げされているとはいえ、妹にすら負けてしまうのは悔しいのだろう。とはいえ、アリス本人とやればさすがに勝てるが。それでもやはり、兄さんは今日も落ち込んでいるのであった。それならばとばかりに、カイン兄さんの剣の相手をさせられてしまうわけであるが。

 そのカイン兄さんだって、ただの剣の一振りの鋭さが格段に上がっている。木の棒ですら、生き物を斬れるかもしれない。それほどまでの力があるのだ。恐ろしいことだろう。兄さんにとってみれば、この世に存在するすべてのものが武器になれるのである。いつか、そこいらの空気で人を斬りそうな気がしないでもない。そんな人の相手をする羽目になるルイス兄さんには同情を隠すことが出来ない。可哀そうにと憐れんだ目を見せてしまっている。それがまた兄さんを惨めに感じさせてしまう一因でもあったが。

 さすがに、今この場でそんなことをしたら、ルイス兄さんが血だるまになることだろう。だからこそ、力を抑えて、剣を振るっている。ゆっくりと、一つ一つの形をしみこませていくように、そして、より洗練させるように。なじませているのであった。剣の振りだけで、お金が取れることだろう。それほどまでの美しさを内包させているのである。手刀で肉を斬るということは、こういうことなのだと言われているかのようである。ブレがないということはそれだけで絶対なのである。

 俺だって、それを見ていれば、振ってみたくなるというものであった。一振り一振りを、兄さんの剣を思い出すようにして、やってみるのである。だが、やはり、届かない。あと一歩のところの乱れが取り除けていないのである。醜く見えて仕方がないのだ。もし、この振りを最初に見ていれば、満足は出来ただろう。だが、これは後のものなのである。それならば、これに満足は出来ないのである。ブレがあるのだ。ほんのわずかなブレ。自分自身が振っていることで気づくような微細なブレ。それがこの剣の完成を妨げているのである。もどかしい。何故できないのかと、暴れたくなるほど、叫びたくなるほどである。だが、それで解決する問題ではないのである。今すぐに発狂してしまえば楽なのだが、俺自身の性格がそれを許しはしないのだ。俺もまた負けず嫌いなのだと思わざるをえなかった。

 ハルたちは、俺の剣を見て感嘆の息を漏らしてくれている。だが、これで満足などできるだろうか。出来るわけがないだろう。この程度のものを見せて、満足させたくないのである。もっと上にある物を、求めたいのだ。手は届くだろうか。心配になるだろう。それほどまでに遠い。でも、そこにしか天上の美を実現するかのような、剣はないのである。ならば、登り続けるしかないだろうさ。

 アリスの人形相手に、剣を振るっているだけでは、緊張感が少し下がってしまうので、ルクトルも交えて戦うことにする。これで、実力の差が、縮まることでより緊張感をもって向き合えるようになるだろう。彼の仕事を放って無理やり付き合わせてしまっているような気もするが、俺がメイド長にでもいえば許してくれると信じる。ダメならば、俺も一緒に仕事を手伝ってやればいいだろう。

 ルクトルは、吸血鬼というだけあって、人と比べれば、明らかにあらゆる点でより上位の位置にいる。力が強いのだ。だから、無理やりな剣捌きで、たいていの相手には勝ててしまう。だが、自身の親が盗賊に殺されてしまったように、慣れている相手にはそれは通用しない。そんなに甘い世界ではないのだ。だから、彼にも同じように剣を教えているわけだが、やはり、力づくな感じが残っている。とはいえ、剣の技術を少しずつ吸収している中で残る力任せである。その一撃一撃には肝を冷やすだけの恐ろしさが詰まっているのである。気を抜くことなどは出来ない。空気を切り裂くという言葉がまさに当てはまるような轟音を鳴らしているのである。だが、冷静に対処すれば軽く流せてしまうわけであるが。まだまだ、甘さが残っているのだとわかる。

 どうやら、ルクトルの剣の重さと、アリスの人形の剣の重さは同等なようで、お互いにぶつけあうと、お互いに動けなくなるほどに拮抗してしまうのだ。まだ、アリスの人形の体のぎこちなさがあるおかげか、ルクトルほどに重い一撃を素早く振り回せてはいないのだけれども。もし、速度すらも改善されるのであれば、驚異のレベルが一段階どころではない程に、上がってしまうのだろうと思わずにはいられない。ルイの棍棒の一撃もなかなかに重くはあったが、今襲い掛かってきている力は、それをはるかに凌駕しているのだから。身震いしてしまうだろう。遊び感覚でも、受け止めようと思う気になれないのだ。もし受け止めたら。それを考えたくはない。仙人という存在が生きていることは出来るのだろうかと少しばかり疑問に思ってしまう程度には、危険なのだということだから。

 久しぶりに家の庭で、体を動かすことが出来た。とても満足している。やはり、俺の始まりはここなのである。初心に帰ることが出来ているのかもしれない。だからだろうか。だが、地面が所々えぐれてしまっている。あまりにも、大きな力をぶつけすぎてしまったのであった。それならば、悲惨な状況になるのもうなずけるというものである。兄弟みんなして、汗を垂らして、この惨状を眺めているのである。

 誰も何も言えることが出来ずに、静かに見ている。視線をわずかに横にずらしてみれば、カイン兄さんが少しばかり焦ったような顔を見せている。珍しい顔である。いつもはもっと余裕ぶった顔をしているのだから。


「……誰が悪いと思う?」


 ルイス兄さんが、犯人を捜すかのように、呟いた。まるで、自分は悪くないかのような口ぶりである。たしかに、兄さんの剣では地面はえぐれないだろう。それは確かである。だが、兄さんが途中で魔法を使い始めていたことを俺は知っているのである。その威力は当然、戦場でも使えるほどである。それを庭ではなったら、どうなることだろう。少なくとも、この光景に一役かっていることは間違いではないだろう。

 皆それぞれの顔を見ているが、自分が最も罪が低いとさえ思っているかのような厚顔さを前面に見せている。だが、どうせ全員怒られるのだ。それに罪の重さなど関係ない。どれほどまでに弁明しようとも、無駄なことだろうとはすぐにわかるのである。ただ、怒られたくないという思いはあることはあるが。

 アリスは魔法を発現させて、地面を慣らしてみる。だが、確かに地面は綺麗にすることは出来たが。草がえぐれている、木の枝が折れているということは直すことは出来ない。それもわかっていた。だから、逃げられないのである。アリスもまたそれを悟ったのであった。絶望に包まれたかのような顔を見せて、固まってしまうのである。何とかなるだろうと思っていた最後の砦すらも意味をなさないことが分かってしまったのだから。


「みんな、諦めよう。起きたことをそのまま受け入れるしかないんだ。どうせ、未来は決まっている。だったら、それを受け入れるだけだろう。みんなわかっているんだろう。どうなることかなんて。だったら、無様にあがこうなんて思うだけ無駄なんだよ。静かに目をつむっていることが今一番大切なことだと思わないかい」

「アラン……今回ばかりはどうあがいてもそれしかないだろうな。ああ、なんてことだ。少しばかりはしゃいでしまったというばっかりに。オレがあまりにも強くなってしまったばっかりに。ああ……なんてことだ……」


 少しばかり、兄さんの勝ち誇ったかのような声色が聞こえてしまったが、実際に間違ったことはいってはいないので、誰も突っかかったりはしない。むしろ、兄さんが一番悪いということにでもして擦り付けようとすら考えているところでもある。陰湿な考えだと惨めに思わないわけではないが。

 諦めた。アリスがいの一番に目をつむった。それに続くように、俺たちも目を閉じる。目を開ければ、この光景がなくなればいいだろう。元の光景に戻るのである。だが、そんなことはありえない。ならば、待とう。今すぐにでも俺たちが覚悟している事態になることを祈るばかりである。それだけを思うのであった。


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