7話 精神的、それとも肉体的
五日間連続更新の三日目です。
生徒会室へ向かう廊下。
少し汗をかきながら、大仁に肩を貸して歩いている武留会長。
体育委員の手前、格好つけて登場し、格好つけて交渉し、格好つけて退場したが、そもそも体力や筋力はあまりないほうなのだ。
それなのに、体育館から階段を上がり、生徒会室へ向かう廊下まで体重の一部を負担している今、会長の足腰への負担は筋トレのそれと同じくらいだった。
肩を貸している相手の大仁は、うつむいたまま、力なく一歩ずつ足を前に出している。
顔には影が落ち、心なしか髪の毛の元気もないように見える。
武留会長は浅く息を吐き、大仁に優しく語りかけた。
「大仁くん。おそらく、感情や感覚に作用する能力を受けたと思うんだけど。
もうその効果は切れているはずだよ」
「…………」
「悔しい、のかな? でも、いつまでもそうしていたら、変えられるものも変えられないよ」
「……俺、どうしたら強くなりますか」
ひねり出したような声は、か細くも、震えてはいなかった。
大仁は自分の手を強く握り締め、唇を噛んだ。
「必要なのは、反省と鍛錬、かな。
ああっと、反省といっても、悪いことばかり思い返しちゃダメだぞ。
自分の悪かったところも、良かったところも、両方ともしっかり考えることが反省だ。
これ、私の持論だよ。」
「良かったところ……」
「ああそうさ」
微笑んだ後、武留会長はそのまま苦笑いをする。
「しかしまあ、今回は私も反省だな。しっかりと色々教える前に戦いに向かわせてしまった。
良かったところは、こうして教える機会がやって来たところかな。
ん、結果論な気がするが、そこには目をつぶるぞ。
というわけで、この後生徒会室に帰って、大仁くんを回復させたら、みっちりと教え込むからな!
そこは、覚悟しておくように。
教えた後、忘れました、聞いてませんでしたじゃあ、済まさないからな?」
そうだ、テストでもしてやろうか、といたずらっ子のような顔で笑う。
その様子を見ていた大仁は、会長の肩から離れ、自分の両足でしっかりと廊下を踏みしめた。
重いものが肩からどいた会長は、やれやれと背中を伸ばす。
大仁は会長に背を向けてうつむいていた。
その状態で少し止まっていたが、顔を上げると、振り返らずに歩き出した。
黒々とした髪の毛がまったくなびかず、天に向かって伸びている。
歩いていく大仁を見て、少し頭をかきながら小さく笑い、小走りして大仁の横に並び、軽く二度、肩をたたいた。
生徒会室が見えてきたくらいで、武留会長が少しステップを踏んだ。
「ああ、そういえば。大仁くん、君は気絶した時に隣にいた女の子を覚えているかい?」
気絶という単語を聞いて、歩調が乱れる。
「隣にいた女子っすか……? いやー、ちょっと覚えてないっすね。
隣って事は同じクラスなはずですけど、クラスで仲いいのは大体男子っすからね……」
「それを聞いて私、なんか悲しくなっちゃう」
腕で目を覆い、泣く仕草をしてみせる会長。
「い、いいじゃないっすか。女子ってなんか……難しいじゃないっすか」
「女心というやつだね……。そこだけは、私にも照らせない……」
「全然上手くないっすからね」
ドヤ顔の会長に辛らつな突っ込みを入れる。
少し笑った後、話を本題に戻すとね と切り出した。
「君が体育委員会室へ向かった後、私は君の後を追ったんだ。
その途中で、こちらへ向かってきている子に会ってね」
ちょうどそこで生徒会室の前へとたどり着いた。
「というわけで紹介しよう! こちらが!」
生徒会室の扉がガラガラと開けられる。
またもやノックなしに突然開けられた扉に、肩を上げる逸勢と空海。
それと、ふわっとヘアーの女の子。
その女子をスポットライトで照らして
「新生徒会役員の、大野原 淳和さんだ!」
と盛大に紹介した。
とにかく、それぞれが席について、ようやく落ち着いたというところだ。
席順は前とそんなに変わらないが、そこにもう一人追加された。
そのもう一人、淳和の席は、大仁の正面の席に決まった。
落ち着いたのを感じ取って、会長が口を開く。
「さて、改めて紹介しよう。いや、それよりも、自己紹介をしてもらおうかな」
会長が手で促すと、少し緊張気味の顔で立ち上がった。
ふわっとした髪質のショートヘアーが、その勢いで柔らかく動く。
平均的な高校一年生の女子といったスタイルをしている。
着ている制服には既に、生徒会役員章が光っていた。
「あの、初めまして。あ、いや、先輩方は初めましてじゃあないですけど」
「細かいことを気にする必要はないさ」
すかさず会長がフォローを入れる。
他の二人もうなずく。
「はい、わかりました。
私は先ほど紹介に預かりました、大野原 淳和と言います。
これからよろしくお願いします」
そう言うと、しっかりとお辞儀をした。
「ありがとう。これからよろしく。
さあそのまま能力の説明といきたいところだが、ただ説明するだけじゃあ、あれだしな」
その言葉のまま大仁を指差し
「何事も、体験したことはなかなか忘れないもんさ」
と、生贄もとい体験役を指名した。
「え、俺、一応負傷者? なんっすけど……」
その言葉に、淳和が返す。
「ならば、なおさらぴったりです! 怪我をしたのは精神的にですか? それとも肉体的にですか?」
「え、ええっと、精神的にだけど……」
「わっかりました!」
ハキハキとした様子で会長の後ろを通り、大仁の後ろに立つ。
「あのー……。俺はどうしたら?」
「ああ、そのままでいいですよ。楽にしていてください」
「はあ」
言いながら大仁の両肩に手を乗っける淳和。
触れられた瞬間、大仁の目が見開かれ、口が線を引いたように結ばれる。
明らかに、女子慣れしていない大仁をよそに、淳和は能力を発動した。
発動がわかったのは、薄ピンク色をしたハートマークと、薄い青色をした簡易的な人のマークが、大仁の頭上に出現したからだ。
それらはゆっくりと円を描いている。
「精神を肉体に……!」
その言葉と同時に、薄い青色の人のマークが円を描くのをやめると、それを中心にハートマークが徐々にスピードを上げ始めた。
そして、ハートマークが人のマークに狙いを定め
「同期!」
そこを突き抜けた。
その後、再びその二つのマークがゆっくりと回り始める。
今度はさっきと違い、両方ともが薄い青色をしていた。
一つ息を吐いた淳和が手を離すと、二つのマークは大仁の中に消えていった。
この様子を声もなく見つめていた会長たち。
自分の頭上よりも、両肩が気になっていた大仁。
この四人をそのままに、自分の席に着くと、そこでようやく異変に気づき
「あ、あのー……。説明したいんですけども……」
と、手を振った。
「うぃ、お、すまない。なんか不思議な能力だな。聞いていたとはいえ……驚いた」
「うん、本当に、派手な能力っていうか……」
「やっぱりー、聞くのと見るのじゃあ全然違うねー」
「そんなそんな。見た目が派手なのは認めざるを得ないですけど、そんな大した能力じゃないですよ」
本当に謙遜して、椅子を壁にくっつくほど引く。
と、ここで、固まったままの大仁に気づいた逸勢が、ゆすって正気を取り戻させた。
「あの! 俺全然見てなかったんで、説明してもらってもいい?
しっかり、ちゃんと、聞くから!」
その言葉どおり、姿勢を正してしっかり聞く姿勢になる。
「それじゃあ説明しますね」
「それと、俺たち同学年なんだからさ、敬語はなしにしない?」
「え、でも、一応この説明は先輩方にも聞かせるものですし……」
うかがうような視線を会長たちに向ける。
「今回は、主に大仁くんに話すようなものだからな。
敬語じゃなくても大丈夫だぞ」
「それならそうさせてもらいます」
安心して大仁の方を見る。
「じゃあ説明するね。私の能力は、精神肉体同期。
肉体を精神の状態に同期することも出来るし、精神を肉体の状態に同期することも出来るの。
でも、同じ人に二回目以降が出来るのは、最短で十二時間後。つまり、半日後じゃないと出来ないって事ね」
「…………」
必死に言葉の意味を理解しようとする大仁。
それを見かねてか、淳和がさらに説明を加える。
「えっとね、具体的な例を出すとわかりやすいかもしれないね。
例えば……肉体に重傷を負ったとして、それでもその人の精神がピンピンしていれば、肉体を精神に同期させると、肉体も元気に、傷もなくなるって感じなの」
「つまり……肉体か精神のどっちかが元気なら、回復できるって事?」
「うん、そう考えてくれていいよ!」
「よし、わかった!」
大仁は納得したようで、力を抜いて体勢を楽にした。
「すまないが、質問してもいいか?
最初に会ったときは質問する時間がなくてな」
「はい、もちろんです」
「同期するって話だったが、それはずっと同期しっぱなしか?
仮にそうだとしたら、次から精神と肉体の両方に被害が出てしまうが」
「同期するのは、私があのマークを出して、そのマークが同じ色をしている間だけです。
あとは普段通りに、肉体と精神は在り続けます」
「ありがとう。そうすると、本当に強力な能力だ。貴重な回復系の能力と考えていいとはな……」
「ありがとうございます!」
今度は謙遜せずに、真っ直ぐにお礼を言った。
そのやり取りを聞いていた空海が、ゆったりと口を開いた。
「あのさー、私たちの自己紹介はー?」
「それは心配要らない。もう大体を彼女には教えておいた。このノートを使ってな」
テレレテッテレーと取り出したノートには『誰でもわかる、委員会説明~基礎から基礎まで~』と、やはり丁寧な字で書かれていた。
そして、悪役のように笑うと
「さて、大仁くん。お勉強の始まりだ!」
と、勉強に適した明かりに室内を調節した。




