6話 乗せられて、戦って
五日間連続更新の二日目です。
会話の主導権を相手に握られていた間、大仁はただ突っ立っていたわけではなかった。
目の前にいる三人の足の長さ、腕の長さ、身長を目測していたのだ。
そして、こう判断を下していた。
自分の方が身長が高く、リーチでは完全に勝っていると。
特に、一年生でYシャツの二人組、秀衡と基衡とは拳二つ分くらいの差があった。
つまりは、クロスカウンターをすれば必ず決まる、と考えたのだ。
逸勢の時のような失敗はしないように接近戦は控えようと、ここに来るまではぼんやり思っていたが、やはり、そう簡単に今までの考えは抜けなかった。
それが再び、大仁に牙をむく――
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拳を交わした刹那、えも言われぬ違和感が大仁を襲った。
このままでは何かまずい!
思うと同時に、お互いの身体――に纏っている学生服――を後ろに引っ張り、距離をとった。
全力で空振った基衡は、引っ張られた勢いも含めて、盛大にしりもちをついた。
そして痛がりつつも、身体を起こして体勢を整える。
「びっくりしたなー、まったく!
しっかし、なんか便利そうな能力してるんだな!」
楽しそうな顔をして言う。
これに対して大仁には、そんな余裕はなかった。
正体不明の違和感の原因はわからない。
ただ、あのまま攻撃を続けていたら、きっとやられていたのは自分だ。
ここでようやく、再び不用意に接近戦をしてしまったことを反省した。
今回は相手が接近戦を仕掛けてきていたにもかかわらず、自分を責めた。
それに気づかないほど焦っていたのだ。
さらに、自分は相手の能力の片鱗すらつかめていない、それなのにこちらは手がかりを与えてしまっている。
大仁は自分を無力だと思った。
無力であり、無知であるともまで考えてしまった。
自分の力の無さを感じるのは成長に必要なことだが、そう思い至った場所が良くなかった。
今はまだ、戦闘中である。
半分この世界を見ていない大仁に、二度目の拳が襲い掛かる。
大きく振りかぶられたその拳は、勢いに乗り、がら空きの鳩尾に吸い込まれる。
大仁は反射的に、ほぼ無意識的に能力を発動し、さっきよりも強く、基衝を引き飛ばした。
そう、咄嗟だったのだ。向きも強さも意識せずだったのだ。
受け身を取りきれなかった基衡は、地面を転がり転がり、戦いを傍観していた兄弟の足元で止まった。
大仁はハッとする。
基衡の白いYシャツが、赤く赤く染まっていく。
それは鮮やかな赤ではなかった。生命を感じさせないほど無機質な暗い赤だった。
「もと兄!」
「…………!」
二人が駆け寄り、秀衡が倒れている身体をゆする。
ゆするその手も暗赤色に染まる。
「あ……あ……」
声が出て行かなかった。
「お前……! お前!!」
秀衡が憎しみを込めた目で睨みつける。
思わず目をそらす。
「ここまでしなきゃいけなかったのか! たかが委員会の! 学校の!
たかが……! たかがァッ……!!」
その後は、言葉になっていなかった。
これがさらに大仁に罪悪感を上乗せする。
兄の清衡は何も言わないが、冷たい瞳で大仁を見ていた。
大仁は自分の体が重くなった気がした。頭も回らない。
まるで罪悪という衣を、泥水をいっぱいに吸った衣を、纏っているようだった。
よたよたと、赤色が広がり続ける場所へと歩く。
その大仁を、秀衡がわめきながら叩く。
無抵抗で叩かれ、床に伏し、世界が遠く暗くなっていく。
そう感じた時だった。
キザな指パッチンと共に、廊下全体が目映い白さで輝いた。
不意をつかれた四人は、目を眩ませられ、うろたえる。
「体育委員会さんどうも。うちの新人がお世話になりました」
廊下の光を弱めながら、大仁を抱え起こす。
「お前は! 生徒会長!」
清衡と秀衡は飛び退いて距離をとった。
さっきまでわめいていた人間とは思えないほど、秀衡は落ち着いていた。
そんな二人を見た後、鼻で笑った。
「そこの大根役者も、俺から距離を取ったらどうだい」
その言葉を受け、ゆっくり、赤い水溜りから起き上がる基衡。
そのままバック転をして、兄弟と並ぶ。
そして手を二回叩いた。
すると、Yシャツが白さを取り戻し、赤い水溜りも消えていった。
両手で軽く制服を払うと、首をかしげた。
「おれの演技、迫真だったと思うんだけどなー」
「もと兄の演技もそうだけど、俺の演技も完璧だった!」
「お、そうだな! おれたち二人とも悲劇の男児になりきってたよな!」
わいやわいやとお互いを褒めあう。
「はいはーい。とりあえず後で称えあってくれ。
からの、委員長権限で代理降参を申し出る」
「「えっ!?」」
すっと出された提案に、秀衡と基衡の声が重なった。
「別に問題はないはずだがなぁ。
たぶん、お前たちの委員長も異議は唱えないはずだ。
なあ、体育委員長、牛丸 経子さんよ。出て来いよ」
その言葉が終わりきるかどうかくらいで、体育委員会室の扉が開けられ、中からセミロングヘアーの女子が出てきた。
スタイルは高校生とは少し思えないほど良い。
しかし、なかなかどうして、ひ弱さは微塵もなかった。
強気な釣り目で武留会長を見る。
そして口を開いた。
「久しぶりね、武留。美味しいご飯食べてる?」
「ああ、食べてるさ。幼馴染に心配されなくてもいいほどにはな」
会話を聞いて、白水三兄弟がそわそわしだす。
「で、だ。降参宣言だが、勿論いいよな? まあ、同意はなくてもいいんだけどよ」
大仁を抱えなおす。
「いいわよ。だけど残念ね。せっかく最後の最後に私が登場して、完全勝利しようと思ったのに」
ちょっと見すぎなほど武留会長の目を見て話す。
その視線には気づいているのかいないのか、何の反応もせず返す。
「やめてくれよ。うちの大切な、期待の新人なんだから」
とここで、思い出したように付け加える。
「あ、ついでに、再戦もお願いしたいんだが。そこの大根三人衆にな」
「大根じゃない! 俺たちは白み」
「名乗らなくてもいいぞ、ちゃんと見えてる」
生徒会能力を使用していた武留会長は、既に全員の名前などを把握していた。
そして、この三人の能力についても、あらかたの見当をつけていた。
清衡の能力に関しては予想でしかないが、あとの二人はほぼ断定していたのだ。
だからこそ、秀衡の言葉をさえぎったのだ。
苦々しい顔をして一歩下がる秀衡。
秀衡の反応が、武留会長の予想をより確実なものへと変える。
その様子を――様子というよりは武留会長を――じっと見ていた経子体育委員長は、うなずいた。
「私が代わりに承諾するわ。再戦、受けて立とうじゃない。
もちろん、武留が三人の能力の見当をつけたって事はわかってるわ。
それでもね、能力バレした程度でうちの委員は負けないわ!」
確かに、その挙動、言葉からは、絶対的な自信がにじみ出ている。
武留会長は微笑むと
「じゃあまた、一週間後に」
と言い置いて、大仁に肩を貸しながら帰っていった。
残された四人は少しの間固まっていたが、そのうち経子体育委員長の体が小刻みに震えだした。
そして、油が切れ掛かっているロボットのように首を回し、白水三兄弟を見た。
その顔は――耳まで真っ赤だった。
「わ、たわし……。全然まったくノー問題で、変じゃなかったわよね……?」
今は猛烈におかしいですけどね!
という突っ込みを飲み込みつつ、全力で首肯する三兄弟であった。




