10話 成長速度が、速くても
「皆、自分が食べたい物は手元にあるか?」
机をはさんで反対側にいる一年生たちに、武留会長が確認を取る。
「はい、それはいいんっすけど……」
一年生の反対側には、真ん中に会長、その右隣で通路側に逸勢、左隣に空海が座っていた。
一年生側は大仁が通路側で淳和が内側である。
「どうした? 何か気になることでもあるのか?」
五人の目の前にはトレイがあり、その一つ一つにそれぞれが注文した物が乗っている。
全員が思い思いの物を頼んでいるのだが、共通する食べ物が一つだけあった。
「いや、俺、修行しなくちゃならないっすよね?」
「ああ、その通りだ」
「じゃあなんで今ハンバーガー食べに来てるんっすか!!」
ハンバーガーである。
「悪いな、こんな形でしか歓迎会が出来なくて」
チーズバーガーをほおばりながら、会長が謝る。
「そんな! 先輩方のおごりで食べさせてもらっているんですから、それだけで十分です!」
シェイクを飲みつつ、幸せでニッコニコの淳和が答える。
逸勢と空海も、それぞれサラダとポテトを食べている。
今いる店の中は、それなりに賑やかであるが、うるさすぎない程度だ。
既に全てを食べ終えてしまった大仁は、空海のポテトを能力でばれないように引き寄せて、一本ずつ食べていた。
それを見ていた会長は、何かに納得すると、口を拭いた。
「大仁くん」
「え、何もしてないっす!」
「うん、明日のことなんだけどね」
「あ、はい! はい! なんっすか!」
ダンベルを取り出してごまかす。
このダンベル、借りたのは会長だが、持ち歩く役目は大仁が負っている。
会長曰く、それもトレーニングということらしい。
「明日持ってくるものはそのダンベル三つ。
服装は汚れてもいい格好で、運動に適しているやつね。
集合場所は学校のグランドだけど……。大仁くんは朝強い?」
「朝っすか? 強くも弱くも無いと思いますけど」
「そうか、なら朝九時でいいか?」
「大丈夫っす!」
そういう会話している間に、他の人たちも食べ終わった。
「会長、僕たちはどうしますか? 行った方がいいですか?」
逸勢が聞く。空海も知りたそうに見ている。
「お前たちはそうだな……」
腕を組んで少し目をつぶる。
「……今回は大丈夫だ。
どれだけ大仁くんが強くなるか、それを楽しみに待っててくれ」
「あの、私は……?」
「淳和さんも大丈夫だよ。学校生活にまだ慣れてないだろうから、この休日はゆっくり休んで」
まだ始まったばかりの新学期。
その慌しさから来る疲労を、会長は気遣っていた。
「別に文句も何もないっすけど、俺もまだ学校生活に慣れていないというか……」
「大仁くんは大丈夫でしょ」
「なんっすかその謎の自信は」
そんなこんなで、各自トレイを返してしばらく談笑した後、解散となった。
家路につく途中で見上げた空は夕焼けに染まり、赤々と天を満たしていた。
「明日はよく晴れそうだ」
大仁は気合を入れて、家に向かって走って帰った。
翌日、爽やかな朝。まだまだ咲いている桜の木が静かにそよいでいる。
そのグラウンドのど真ん中に突っ立ているジャージ姿。
眼鏡を直しながら腕時計で時刻を確認する。
八時五十八分。
正門にものすごい速さで駆け込んでくる人影が見えた。
それがどんどん近づいてくる。
「その速度止まれるか!!?」
「止まってみせるっす!!」
前方宙返り一回ひねりを決めると、見事に止まれなかった。
だが、咄嗟にしゃがんだ会長の上を飛んだお陰で、被害は大仁だけに済んだ。
土にまみれてしまったジャージを簡単に払って、ひょいっと立ち上がった。
「ギリギリ間に合ったっすよね? 今日はお願いします!」
「間に合ったから特に何も言わないさ。よし、じゃあ早速ダンベルを出してくれ」
前方宙返り一回ひねりをやる前に投げておいたカバンから、ダンベルを出す。
「あ、それじゃなくて。一番軽いやつだ」
「軽いやつっすか……?」
手に持っていた十五キロのダンベルを置いて、五キロのダンベルを取り出した。
「それで会長。今日はどんなことをやるんっすか?」
「そうだな……。とりあえずそれを地面に置いて、ゆっくりと自分の顔の横の高さまで引き寄せてくれるか?」
「ゆっくり……ゆっくり……」
顔の横に引き寄せるための黒点を設置し、かなり集中しながらゆっくり引き寄せていく。
「じゃあ今から平行して、能力の種類について説明していくから、ちゃんと聞くんだぞ」
「え、無理っすよ! これ、めちゃくちゃ神経使うんっすから!」
ドサッと地面に落ちて、軽く土ぼこりをあげるダンベル。
ほらー、と言わんばかりに会長の顔を不機嫌そうな顔で見る。
「それでも、それが出来るようにならないといけない。
同時に二つのことが出来るようになるという事は、つまり、無意識的に能力を使ってしまったときの制御に繋がるんだ。
あの戦いで、あの血とかが演技だったにしろ、かなり危ない強さで引っ張ってしまっていたことは事実だ」
「そこも見てたんっすか……」
「ああ、そこより少し前から見ていた」
会長はカバンに入っていた十キロのダンベルを両手で持ち上げると、縦に振り下ろした。
「危ないっす!!」
「そうだ、危険さ。君の能力もそうだ、大仁くん。
逸勢との戦いのときも、必要以上に強い力で引き寄せていた。
腹への一撃も、それなりに勢いを抑えていたとはいえ、まだまだ強すぎる」
「…………」
「だからこそのこの訓練だ。無意識下での暴発抑制と、力の制御上達の、両方を兼ね備えている」
両手で持っていたダンベルをカバンにしまう。
大仁はしまう様子を見て、そのまま視線を足元の薄汚れたダンベルに移す。
「……俺、やってみせます」
「ああ、私は大仁くんなら出来ると思っているぞ。
現に――」
「現に、なんっすか?」
「いや、なんでもないさ」
(現に、ポテトくらいの軽い物なら、既に出来ていたしな)
苦笑とも微笑ともとれる顔をする。
不思議そうに大仁は見て、首をかしげた。
「じゃあ、説明を始めるぞ。準備はいいか?」
大きく息を吸う。
「はい! お願いします!!」
ゆっくりダンベルを引き寄せながら、チラチラと会長の方を見る。
「能力には三種類あるってことは知っているか?」
「……い、一種類しか……知らないっす……」
歯を食いしばる。
「その一種類ってのは、どの能力のことだ?」
棒立ちだった会長が、ゆっくり大仁の周りを歩き始めた。
必死に会長を目で追おうとする。
しかし一瞬でも気をそらすと、ダンベルは無慈悲に土をかぶる。
それでも、大仁はあきらめずに引き寄せ始める。
「具体能力……っす。俺の能力は、そこに属するって……」
「うん、その通り。大仁くんや私、というか、生徒会の全員の能力はその具体能力に分類される。
まあ、淳和さんの能力は何とも言いがたいかもしれないがな。
全体的に見ても、結構な数がこの具体能力に分類されるだろう。
正確な数字は知らないけどな」
ちょうど大仁の背中側まで回ると、指パッチンをした。
すると、大仁が引き寄せているダンベルが薄っすらと発光し始めた。
そのダンベルは、ようやく大仁の膝辺りを通過しようとしているところだった。
「大仁くんが今やっているような、引き寄せっていう具体的なこと。
私が今やっているような、発光っていう具体的なこと。
逸勢のような、行動を何度も反復させることや、空海の文字で相手の情報を読み取ること。
これらがわかりやすく具体能力だな。
大仁くん、そこまではいいかい?」
「はい……。とにかく、具体的に何か起こっていれば、具体……能力ってことっすよね?」
うっすらと額に汗を浮かべている。
「ああ、概ねそんな感じだ。自分にしかわからないことでも、具体的に何かが起こっていればそれも具体能力だ。
それで淳和さんの能力についてだが。
次に説明することで、淳和さんの能力が分類上なんとも言えない理由がわかるはずだ。
そこを質問するから、しっかり聞いておけよ?」
「はい」
肩で呼吸をし始めた。
「能力の種類の二種類目は、感情・感覚能力だ。
これは自分や相手の感情や感覚、つまりは目に見えないものに作用する能力だ。
この能力の場合、能力を使用しているかどうかは、第三者からはまったくわからない。
まあ細かい事を言えば、能力を受けている側を見るとわかるんだがな。
とにかく、目に見えない所に作用する能力だ。
で、淳和さんの能力について、どうだ?」
苦しそうな顔をしている。しかし眼は力強く輝いていた。
「た、たぶんっすけど……。目に見えてわかる能力なのに、精神っていう見えないものを扱っているからっすか……?」
一周回って大仁の正面に帰ってきた会長は、満足そうな笑みを浮かべた。
「正解だ。まあ、基本的に迷うような能力は、具体能力にしておけばいいんだけどな。
あくまで便宜上の分類だ。識別しにくい能力なんて、多くあるだろうさ。
それでも覚えておくと、少しは対策が取れるかもしれないけどな」
ダンベルは、肩の高さまで来ていた。
「そのダンベルを、顔の横に固定することは出来るか?」
「無理っす。あくまで、引き寄せる能力っすから」
ついにダンベルが顔の横まで来た。
その次の瞬間には、またグランドに少しへこみを作っていた。
大仁は長く息を吐くと、汗をぬぐった。
「あ、でも、その場に固定されてるみたいに、ゆっくり引っ張る事なら、頑張れば出来るかもしれないっす」
グラウンドに腰を下ろす。
ある程度疲弊しているようで、呼吸が多少乱れていた。
「じゃあ、それが出来るようになるつもりで頑張ってくれ。
一分休憩したらまた始めるぞ」
「鬼っすか!」
「いいや、会長だ」
「鬼会長っすよ!」
「武留会長だ」
「もういいっす!」
半分やけになって立ち上がった。
そして、何も言わずにまたゆっくりとダンベルを動かし始めた。
「それで、もう一つの能力の分類だが、それは概念能力だ。
感情・感覚能力よりも特殊かもしれないな。
そもそも、概念なんて抽象的な名前がついている時点で察しだな。
実際、概念かと言われれば、概念ではないような気がする。
私個人としては、概念能力という名前よりも、意味能力と言ったほうがわかりやすい気がするんだがな」
「すみません、会長の個人的な考えはいいんで、能力の詳細について話してもらってもいいっすか?」
気が立ってきたのか、少しきつい言葉で促す。
会長はその言葉を受けて、すまなかったと謝り、説明を続けた。
「概念能力は、その能力者が特定の言葉を言う、または強く思うことで発動する能力だ。
この能力の最大の特徴は、能力を受けたときに、意志の力で抵抗することが出来ることだ。
これだけ聞くと大して強くない能力に思えるかもしれないが、使う人とその能力によっては、ある意味で無敵になりうる能力だ」
ここで少し間をあける。
「ちなみに、この概念能力と感情・感覚能力は、さっきも言ったように具体能力と比べると数が少ないんだ。
だからといって、貴重な能力ってわけでもないな。回復形の能力の方がよっぽど貴重なくらいだな」
「なんか……複雑な能力……っすね」
気の毒そうに笑うが、その口元はひきつっている。
ここで会長がグラウンドに腰を下ろす。
「じゃあここで、具体例でも示していくか。さっき具体能力の説明で言ったみたいにな。
おあつらえ向きにも、あの三人組はちょうどそれぞれに分類されているみたいだからな」
ここで大仁がダンベルを落っことす。
「え!? 会長! あの三人組の能力、知っているんっすか!?」
「いや知らない」
「なんなんっすか!!」
「知らないけれども、予想はついている」
「予想っすか?」
「ああ、あの大根役者とうるさいちびっ子の二人の能力は、ほぼ正確にわかっているつもりだがな」
何も言えない大仁。
知識が無かったからとはいえ、実際に能力を体感している自分がわからなかったものを、傍から見ていただけの会長が理解しているという、その事が悔しかった。
ただゆっくりダンベルを上げることすらも苦戦しているようではダメだと、怒りにも似た感情を自分にぶつける。
その心情を知ってか知らずか、普通に話し始める会長。
大仁もすぐにダンベルを上げなおす。
「まず具体能力は、基衡、あの大根役者の能力がそうだろう。
おそらくは、血液に近い液体を生成する能力、あるいは、色のついた液体を生成する能力だろう。
能力を発動できる範囲が、近かったり遠かったりと色々あるのが具体能力だが、あれはどんなもんかわからない。
これ以上は私の完全な予想になるから言えない。あとは自分で見極めてくれ。それも訓練だ」
投げ出した事に上手く理由をつけたようにしか思えないが、大仁はしっかりと聞いた。
さらに、この特訓への心構えが変わったからか、それとももう適応してきているからか、体力の消耗が減少してきたようだ。
さっきまでは肩で息をしていたが、今はゆっくりと呼吸して落ち着いているように見える。
「あの向かってきたやつは、水を作り出す……」
口の中で反復し、顔と能力を結びつける。
「次は感情・感覚能力といきたいところだが、先に概念能力の方からにするぞ。
感情・感覚能力の方は確実性が低いからな」
そう前置きをしてから、説明を続ける。
「概念能力は秀衡、よく喋ってきたちびっ子だ。
概念は、乗るだろう。あれだけ乗る乗る言ってたからな。
それで、概念能力には強さの程度があるんだが、あいつの度合いがどれくらいかまではわからない。
乗るだけなのか、乗せることもできるのか、あるいは――って感じでな」
「よく喋るやつは、乗る……」
いつの間にか、空中で静止しているように見えるほど、ゆっくりダンベルを上げることができている。
更にそのダンベルに肘をかけるほどの余裕が出てきていた。
「そして最後に感情・感覚能力だが……。清衡がそうだとは思うんだがな。
ただでさえ判断がしにくい能力なのに、ほとんど隙を見せなかったからな。
だから正確にはわからないが、おそらく、何かしらの負の感情に作用する能力のはずだ。
こればっかりは、能力をくらっている大仁くんの方がわかると思う」
そこまで言い終わると、会長は立ち上がり、肩を回し始めた。
大仁は射るような目でどこかを見ていたが、会長の動作に気づいて考えるのを止め、ダンベルを地面に置いた。
「さて、私も驚くくらいの速さで適応した大仁くんよ。
もう一個上の段階の訓練をするか?」
「やります。どんな訓練っすか?」
手を握り締め、真っ直ぐに会長を見る。
「今までは止まった状態でやっていて、邪魔も無かったよな?
だったら次は、動きながら邪魔もありでやってみようか」
「つ、つまり……」
「そう、私が相手だ。一応言っておくと、ポイントとかは関係なしだぞ」
言いながらある程度距離を取っていく。
「大仁くん、ダンベルを十キロのやつに変えてくれ。
それをゆっくり引き寄せながら、動きつつ、私の身体に触れる事が出来たら終わりだ」
「申し訳ないっすけど、十五キロのやつでやってもいいっすか?
そうしないと、すぐに終わっちゃうっすよ?」
口調はいつも通りだが、その表情はいつもと違い、真剣さで満ちていた。
会長は口元に笑みを浮かべると
「ダンベルはそれでも構わないよ。
けど、すぐに終わっちゃうとは聞き捨てならないね。
これでも生徒会長だよ? 運動能力は君に劣っていても、負けるとは思わないな」
と言って、ジャージのそでをまくり、眼鏡を触る。
そして、大仁がダンベルを上げ始めたのを確認する。
「それじゃあ……始めッ!」
刹那、土ぼこりを巻き上げながら急速に距離をつめ、手を伸ばす大仁。
しかしそれにはまったく驚きもせずに、手をかざす。
「それじゃあ、甘いよ」
手のひらからフラッシュがたかれた。
大仁は目を強く閉じながらも、勢いそのまま手を振った。
だが、会長の身体を掴むことはできず、グラウンドを転がる。
「くそっ! まだだ!」
今度は会長を引っ張ろうとする。
が、引っ張る動作が安定しない。
既に息も絶え絶えになってしまっている。
「確かに、この短時間でこれだけの成長をとげるのは、本当にすごいことだよ。
だけどね、やっぱりまだそれじゃあ、あの三人組に勝てないよ」
普通に会長が歩く。それを大仁は目で追うが、何もすることが出来ない。
「じゃあ……どうすれば……!」
「それは、自分で見つけなくちゃならない。
けど、ただ頑張れと言ってもかわいそうだからね。
そういうわけで、今こうして相手しているのさ」
「……相手して、ヒントを出しているって事っすか?」
「そういうこと」
この会話中も、大仁はダンベルを上げ続けている。
ほぼ静止しているかのように見えるほど、ゆっくりと。
会長がそのダンベルを赤く光らせる。
「さあ、まだまだ、続けようか」
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「だから言ってあげたんだよ。調子に乗るなってね!」
「そうなんだよ! そしたら、思いっきり調子崩してさー。そこからは、おれたちの独擅場だったのさ!」
「……そうか、よくやったな」
「ありがときよ兄! そんな感じで今回のリベンジも勝っちゃおう!
今は僕たち、乗りに乗ってるからね!」
体育委員室前廊下で小さい二人と、それよりひとまわり大きい一人が楽しそうに話している。
彼らは白水三兄弟である。
大仁との戦いから一週間が経った。
彼らはその間にも他の委員会と戦い、そして勝ち続けており、今のところ敵なしだった。
まさに、最高に乗っている状態だった。
そんな余裕からか、今から始まるリベンジ戦のことも、そんなに気にしてはいなかった。
そうやって談笑している場に、二人の人影が現れた。
一つは背が高く細く、もう一つは背もそれなりに高く、がっちりとした体格だった。
その二人、武留会長と大仁は三人の前に立った。
会長はすぐに体育委員室の扉をノックする。
その間、大仁は仁王立ちしながら三人がいる方向を見る。
その目は凍てつくようでありながら、熱く燃えているような、かといって感情があふれている目でもなかった。
大仁の顔には、少し血のにじんでいる絆創膏がはられていた。
経子体育委員長がノックに応じ出てきて、ダンベルの返却を終えると、経子と会長はそろって大仁と白水三兄弟の間に立った。
「それでは今から、リベンジ戦を行う。
両方とも、準備は出来ているか?」
会長が確認を取る。
四人は黙ってうなずいた。
会長と経子はそれを確認すると、邪魔にならないように場所を移動した。
「では……。戦闘用意……始めッ!」
瞬時に飛び出した基衡の拳と大仁の拳が、すれ違うことはなかった。




