9話 そして捕虜へ
僕が目覚めたのは、それから数日程経ってからの事だった。全身に出来ていたはずの傷は従軍していた回復魔法の使い手さんが治してくれたらしく、大きな怪我はない状態で馬車の中で鎖に繋がれて寝かされていた。さすがに細かい切り傷なんかはそのままだし、魔法を使うまでも無いと判断されたっぽい傷は適当に包帯代わりっぽい布が巻いてあるくらいだったけど。
「ああ、目が覚めましたか、五島殿。」
「えーと、あなたは…。」
一応見張りが付いていたらしく、同じ馬車の中には帯剣した兵士さんが一人、座っていた。年の頃は三十を過ぎた頃だろうか、精悍な感じで無精髭が多少あるものの、働き盛りな印象を受ける。
「某はあなたの監視役のダヴィデと申します。…ああ、鎖に繋ぐなど本当はしたくないのですが、軍事行動中で、貴方は捕虜という形になっていますので、今しばらく不自由をお掛けします。荷物は後でお返ししますが、今はこちらで預からせていただきます。ちなみに、あの戦いから五日程経過してます。」
「状況の説明までありがとうございます。」
ダヴィデさんはぺこりと頭を下げると、トイレとか行きたいようなら止まって行けるよう図らいますので、と伝えた後は手に持っていた本をぺらりぺらりと捲る作業に没頭していた。兵士さんなのに本を読むとか珍しい、と僕はちょっと覗き込もうとしたものの、そういえば字はまだ殆ど読めなかったなぁ、と諦めて座り直した。そうなのよ、揺れてる馬車の中だと、寝転がっているよりも座ってた方が楽なんだよね。
やる事もなくぼへーっとしてるしか無い状態なのだけれど、当然と言えば当然か、馬車といっても荷馬車だということもあって、幌には窓も無いために、雨が降ってなくて昼なんだろなぁという程度しかわからず、景色も見れないので本当に暇だった。捕虜って事は隣国に連れて帰られている所なのか、それともうちの村よりも更に奥まで攻め込んでいるのか今一判断がつかないんだよね。
「ダヴィデさん、読書中ごめんなさい。」
「…何でしょう。」
「軍事行動中との事だから答えられる範囲で構わないんだけど、質問があるんですが。」
「はい。」
うん?という感じで顔を上げたダヴィデさんに色々な事を聞いてみた。僕が全く知らないオブリンという国の事を中心にだけどね。そういう質問であれば全く問題はありませんよ、と不思議な顔をしながら色々と話してくれた。…まぁそうだよなぁ、国境地帯の領主なのに隣国の事を全く知らない、ってのは普通に考えたらおかしい事だし。色々な事を聞く合間にしれっと戻ってる所なのか進んでいる所なのかと聞いてみたら、一応進んでいる所らしい。ちなみに、隣国の方が紙袋さんの国よりも大きいというか、この大陸はオブリン国よりも北方は去年全て統一しちゃったらしい。領土も十倍以上の大帝国なんだそうな。これまでは小競り合い程度しかしてない戦争を本腰入れて来たのは背後の憂いが無くなったから、か。
相槌を打ちながら色々な話をしている間に、夕飯の時間になったらしい。ダヴィデさんと一緒に外に出て、トイレに行ったりご飯を食べたりとした後、ボーゼスの所へと僕は連れて行かれた。
「おお、五島殿。すまないな。儂と互角に渡り合った、戦友とも呼べる人間を捕虜として扱うなど本来はしたく無いのだが。これも戦の習いでな。」
「いえいえ、食事もさせて頂いてますし、傷の治療までしてもらったようで。」
「いやいや、それは当然の事よ。それでな、今回は五島殿の所で足止めを食った事以外はとても順調に進軍が進んでおる。このままで行けば、恐らくもう数日で今回の軍事行動の目標である、この地方の要衝を抑える事が出来そうでな。」
そしたらそこを拠点に一度軍勢を集めて更に進軍する予定なのだ、とボーゼスは言った。…紙袋さんが僕の事を心配して無茶をしなければいいけど。
その後いろんな事を話してくれたけど、最終的にボーゼスの言わん事は要するにオブリン国に仕官しないか、という事だった。最終的に僕が村で蹴散らした総数は先遣隊を含めて千に届こうか、といった所だったらしい。そんなに斬ったような記憶も無いんだけどまぁ、ギミックというか設備での攻撃もしてたからそれを含めてなんだろうね。そんな事が出来る人材はかなり少なくて喉から手が出るほど欲しいんだそうだ。オブリン国は大陸統一を目指してるってダヴィデさんも言ってたしなぁ。
領土の安堵も出来るかもしれないとは言われたものの、僕としては紙袋さんの事があるし、暫くは回答は保留したいという事を伝えてとりあえずそのまま捕虜として扱われる事になった。とはいえ、僕もタダ飯喰らいというか、体を動かさない生活というのはここ数年の間の生活でちょっと無理な感じだったという事もあり、荷物の運搬を手伝ったり、木剣での套路の練習やらを許可して貰って修行を続けるような形にしたりした。…練習はボーゼスの粋な計らいで、周りを幕で張って見えないようにして貰って出来たのはラッキーだったかな。まぁ、幕は手伝ってもらってるとはいえ自分で張ったり片付けたりしてるんだけどね?
それから三ヶ月、ボーゼス率いるオブリン国南方方面軍は快進撃を続けて、遂に王都を臨む丘まで攻め込んだ。これまでに、紙袋さんの腹違いのお兄さん達数名が軍勢を率いては撃退されて戦死したり敗走したりしていたものの、紙袋さんの姿は戦場で見かけることは無かった。…まぁ、国王もお兄さんも溺愛してるっぽかったからね。きっと監禁してるか何かなんだろうなとは想像がつくんだけど。
ごごごご、と兵士達がまだかまだかと蠢く様子に地鳴りがし、王都を半包囲するかの様に展開したオブリン国の軍勢は、紙袋さんの国の軍勢の数倍の規模を誇っていた。王都には当然の如く城壁もあるんだけど、街の外にあるものは人の背丈程度の高さで、どちらかというと塀に近い物だったりする。本当に高いのは王城の周りにある物だけで、それに対応する為に魔術師部隊も準備しているんだとか。歴史物なんかだと櫓みたいな攻城兵器なんかでドーンとかいう感じだけど、街中をそれで進むのは難しそうだし、手っ取り早く魔法で城壁や城門を壊してしまうらしい。
ボーゼスが魔法で大音声で降伏すべしとがなりたてたものの、王都の前に布陣している軍勢から大量の矢が撃たれたことで戦端は開かれた。僕や他に捕虜になった上級指揮官は本陣の隅っこで鎖に繋がれながらも戦いの趨勢がどうなるかを眺めさせられていた。…これも勧誘の一環なんだそうだ。ちなみに、他の一兵卒なんかはこれまで占領した街とかで戦争が終わる迄捕虜として留め置かれているんだとか。
オブリン国の軍勢はあっという間に王都の軍勢を囲い込み、その圧力で一気に磨り潰すと王城へと向かって進撃を続けた。数の上では数倍だとはいえ、一回に接敵出来る数というのは限られているわけなのにそれを無視するかの様な殲滅速度に僕はそれを呆然と眺めていた。紙袋さん、あの中に居なければいいけど…。
数を揃えているオブリン国の軍勢は三交代っぽい感じで昼夜無く王城を攻め立て、開戦から二日目で城壁を突破したかと思えばあっという間に城を占領してしまった。僕ら本陣にいた捕虜達は城内にある謁見の間に連れて行かれ、これまた捕虜となった王様達と対面する事になった。
「五島…。おめおめと生き恥を晒しおってっ。死んでしまえばよかったものを…!」
王様が忌々しげにそんな事を口走ったものの、ボーゼスがこめかみに血管を浮かび上がらせながら言い放った。僕は唯々苦笑するしかない。
「リジェレーン国王よ、五島殿はたった一人で我らの先遣隊を追い返し、増員して迫った本隊を三日留めた上に儂と一騎討ちまでして互角に戦ったのだぞ。この王都の軍と城なぞ二日持たなかったであろうが。この時点で王都にいた軍勢よりも価値があるのだ。そんな一騎当千の戦士への敬意のない言葉は容認出来ん。」
王を黙らせたボーゼスは、王に無条件降伏と領土の併呑の書類に署名させ、リジェレーン国の滅亡が決まった。まぁ、個人の口座にある分は問題無いはずだよ、とダヴィデさんが言ってたから僕の懐は痛まないだろうし。後はアレだ、紙袋さんの安否が…。実は紙袋さんはここに居ないのだ。
と、謁見の間の扉がバーン、と開かれた。そこには奪ったらしき剣を片手にバタついている兵士を引き摺っている紙袋さんが目を爛々とさせて立っていた。ボーゼスの部下達が慌てて紙袋さんを囲む。
「た、タケト!!無事だったのか!?」
「知り合いか?五島殿。」
「ええ、ボーゼス殿。すいません、今剣を下げる様に…」
「ああ、お前達、通してやれ。五島殿の縁者だ。」
オリビアは剣をしまい、兵士から手を離すと僕の所へ一直線に走り、泣きながら抱き付いてきた。ぬわっ、勢いが…!
「よかった、よかったっ…!」
僕はしょうがないなぁと紙袋さんの頭を撫でてやり、ボーゼスに苦笑を送った。紙袋さんは予想通り魔法を封じる部屋に厳重に監禁されて僕の元へ行かない様にされていた様で、先程の兵士が不用心に鍵を開けた所に襲い掛かって城が落ちたことや、一部の捕虜が謁見の間に連れて行かれた事を知って駆け付けたんだとのこと。
結局、ボーゼスに気に入られた僕は、戦での論功行賞で捕虜の身分からボーゼスの配下の一隊長として召し抱えられることになり、お願いして紙袋さんの身柄は僕が貰い受ける事にしてもらった。一応、敵国の末の姫様だって事で多少面倒だったみたいだけど、それよりも僕を召抱える事が出来るならばお釣りが来ると思ったらしい(後で笑いながらそう言っていた)。それに、紙袋さんは僕よりも強いのだ。それを伝えるとボーゼスはそんな訳はないだろうと信じようとしなかったものの、実際に魔法ありで手合わせして紙袋さんにコテンパンに伸されてからは紙袋さんをも尊重してくれている。本当は別に一隊を任せたいみたいなんだけど、軍は男社会というかそんな感じなので僕の副官として、人数を増やして一緒に運用する事で自分で納得したらしい。
それから南方諸国を併呑する為に基本的にずっと転戦し続け、気が付けば五年。僕も気が付けば隊長から将軍の一人に格上げになっていた。ボーゼスの配下なのには違いはないんだけどね。給料も結構良い額になってるみたいなんだけれど、鎧や武器はディップの所でもらったものをメンテナンスしながら使い続けていたりとかするせいで、口座に振り込まれっぱなしで全然使わないので溜まりに溜まっていたりする。…たまに紙袋さんにプレゼントをするくらいなのと、隊長達を連れてお酒を飲みに行くくらいなんだけれど、転戦してれば飲める機会なんてそんなに無いからね。ただでさえ一生働かなくても良いくらい持っていたんだけど。
そんなこんなで、たった五年でオブリン国は大陸統一まで後少し、という段階まで来ていた。