8話 田舎暮らし、開戦
バカ兄貴のおかげでプンスコしながら怒りに身を任せるかのように全力で駆け抜け、馬車で一月半は掛かるとか言われているところに二週間掛からずに到着した。一応、国境まで廃村一つで街は無し、廃村を中心にして馬車で三日程度の範囲内(街の手前に流れる川の手前まで)という、広いっちゃあ広いけど実質身のない土地が僕の物になった。一応、領主扱いらしいんだけど、そんな土地だから税金は無し。毎月支払うんじゃなくて貰う金額は今までの倍。五年で三十年分、が五年で六十年分になった。一年で十二年分だね?というか、使えないんじゃあ意味ないんだけど。領主扱いっていったって別に貴族になった訳でもないしね。
とりあえず、最低限やらなきゃならない事をやらねば、と辿り着いた廃村の中で一番雨漏りして無かった家を塒に決めて、街から大工さんを連れて来て(紙袋さん方式で脇に抱えてダッシュした)家をちゃんと直してもらったり、その作業の脇で荒れ放題になってた畑と思しき場所の草を刈って耕しては買って来ておいた成長が早いらしい種を蒔いた。
廃村とはいえ、近くの川から用水路っぽいのは引かれていたし、井戸水も今の所飲んでもお腹は壊していないという事もあって、僕は少しくらいの野菜は自給出来そうかな、と楽観視していた。…動物タンパクは獲物がたっぷりいたから困りませんでしたよ?
最寄りの村の位置も教えて貰っていたから、たまにどんな季節にはどんなものが収穫しやすいかとかを聞いたり、連作障害があるから畑をちゃんと入れ替えて使えよとか教えて貰ったりとかしつつ、日の出とともに起き、夕暮れと共に寝る暮らし(一人だから当然誰とも話さない)が半年程続いたある日、それはやって来た。
「タケトっ、タケトぉぉぉお〜〜っ!!」
そう、紙袋さんである。
収穫の為に畑に出ていた僕を見つけるなり、汚れるのも構わず抱き着いてきちゃったのだ。
「お、オリビア?」
「そうだ、お前のオリビアだ!」
「…結婚は?」
僕がそういうと、一度顔を上げて僕を見つめたかと思うと、目をうるりとさせてまた僕の胸に頭をぐりぐりとしてきた。
「見合いはした、結婚は嫌だと突っぱねていたが仕方なくすることになったのだが…。」
紙袋さん曰く、王女とはいえそんな顔の女と結婚するなら貴方を殺して私も死ぬとか相手のぼんぼんの女…一応それなりの身分らしい…が錯乱したりしたらしく、今はまだその辺りの問題で係争中らしい。ちょっと出てくるといって城を抜け出したから、暫くしたら帰らないとならないんだとか。
取り敢えず、収穫しなきゃならない物だけ収穫してしまい、それを丸太に座ってむっちゃニコニコで眺めていた紙袋さんを連れて家に帰ると、体を拭いてからあはーんな事を致し、街で服屋さんに無理を言って作ってもらったふかふかのお布団に紙袋さんに抱き着かれながら転がった。久々の紙袋さんはすごい良い匂いがする…。
翌日から数日間、僕の農作業を手伝ったり、村の周りに構築し始めていた防壁を作るのを手伝って貰ったりした。…だって、畑に入り込む獣も多いんだもん。いざって時には囲まれないように戦いたいしね。それに、紙袋さんからまた套路をチェックしておかしくなってないか見てもらったり、もう打ち止めだ、とか言われながらも新しい套路を教えて貰ったりした。
久々に人とも触れ合えたし、充実した数日間だったけれど。楽しい事はすぐに終わってしまう。紙袋さんは後ろ髪を引かれるように何度も何度も立ち止まっては振り返りながらも最後は涙を拭う仕草をして(本当に拭ってたんだろうけど)、全力で駆けていった。
それから三ヶ月程経ったある日、今度は僕の村を兵士の一団が囲んだ。
「一応、宣戦布告を聞いておくかね? 村人よ。」
「あんたら、隣の国の兵隊さんかい?」
「ああ、どうやら他に人影も見えないし、ここを拠点として他を攻めさせて貰うよ。」
「だが断る。あんたらからは怖さを感じないからな。」
身構えた兵士に向かって、一応畑の入り口に立てかけておいた愛剣で斬りかかる。多勢に無勢とはいえ、こういった事が起きた時に備えていたお陰もあってか、うまく地形を生かして出来るだけ一度に対する人数を減らして次々と兵士達を倒していった。…んだけど、流石に三十人くらいを斬り捨てた辺りで手に負えない、と思ったのだろうか、家に向かって火矢を射掛け始めた。残念ながら僕は魔法が使えないわけで、そういった攻撃に対して防ぐ手段を持っていなかったりする。じりじりと後退して燃え始めていた家に飛び込み、大事なものをアイテムボックスのアーティファクトに詰め込むと、地下収納の底に敷いていた石の下に隠し、その上にドカドカと不要な荷物なんかを乗せてカモフラージュしていく。兵士達は燃えれば出てくるだろう、と外で待つことにしたらしく、誰も中には入って来ない。
外に飛び出して更に大暴れをしていると、味方も居るのに矢を射掛けて来たりと形振り構わない攻撃に僕も少しずつ傷を増やしていく。それでも諦めずに一人また一人と敵を減らしていると、遂に兵士達は退却していった。結局、百人程度倒したのだろうか、外壁の外に掘っていた空堀に投げ入れて油を掛けて燃やし、土をかけて弔った。疲れ果てた僕が倒れるように寝、起きた頃には再度の攻撃があった。二度目は防衛施設がそれなりに壊されていて苦戦したものの、これも辛うじて撃退することに成功した。
三度目の攻撃は、それから半月後の事だった。毎日の作業を余力を残して止めるようにして、防衛施設の再構築を急いで済ませた所に攻めて来られた感じだったのだけれど、三度目の攻撃は前回とは違い人数も多く精鋭揃い、だったのだろうか。僕は二日以上寝る間も無くぶっ続けで百人単位で敵を倒しながらも徐々に防衛施設を壊されて追い詰められ、周りを屈強な兵士達に囲まれてしまった。当然、せっかくある程度治ったと思った体も血塗れになってた。まぁ、返り血も沢山あったんだけど。
「この国にこんな剛な者が居ようとはな。儂はオブリン国南方方面軍の将軍を拝命しておる、ボーゼスだ。名を名乗れ。」
「一応この辺の土地の領主を拝命してる、五島健人だ。住人は僕一人だけどね。」
「一人で先遣隊を片付けた上に本隊をここまで食い止めるとは天晴だ。…後生だ、一騎討ちで仕留めてやろう。」
ここまでやっといて何が一騎討ちだい、と肩を竦めると、囲んで来ていた兵士が下がったのに合わせてボーゼスから少し距離を取って剣を構えた。うーむ、これって絶体絶命ってやつだよね。もう僕は満身創痍で息はあがってるけどボーゼスは騎馬で余裕綽々だし。
掛け声と共に突進してくるボーゼスの槍をいなしながら、馬の足を斬りつけて何とか地上の戦いに持ち込もうとしてみるも、体格の差は歴然。しかも槍と剣ではリーチが違い過ぎてやり難いのなんの。上手く逸らしたり弾いたりしながらも、限界に近かった体力がごんごんと削られていく。
せめて一太刀、となけなしの力を振り絞り、紙一重で槍の一撃をやり過ごしたと同時に懐に飛び込んで籠手の上側の鎧が無い部分を何とか斬りつけた。…が、痛みに耐えたボーゼスの槍がその怪力で無理矢理に振り回されると、僕は地面に叩きつけられる格好になった。辛うじて身に付けていたダンジョンで手に入れていた鎧のおかげで槍が体に刺さる事は無かったものの、叩きつけられた衝撃で内臓がイカれたのだろうか、咳き込んだ口からは血が流れ出た。
あんまり無様な格好を晒すと後で適当な事を言い触らされるかもなぁ、と止めに放ったであろう突きの一撃をよろけて立ち上がる事で偶然にも躱す事に成功した。僕は引き戻される槍を掴むことで槍の引きの勢いを利用して目を大きく見開いていたボーゼスの喉元に剣を突き込もうとしたのだけれど、それははずれて鎖骨のあたりに突き刺さった。倒れて血を吐いた僕にはもう動く力は無いだろう、と思ったボーゼスの油断が、僕にチャンスを与えたんだろうね。
「ボーゼス様!!」
「野郎!!」
押し寄せてくる兵士達に気が付いたものの、元々限界を超えていた僕はそのまま立ち尽くしているボーゼスの足元に崩れ落ちた。
うーん、僕が死んだら紙袋さん、悲しんでくれるかなぁ。また来る、って言ってくれてた場所を何とか守りたかったんだけどな。