7話 島流し
僕はそれから三日程、王城に通っては侍従の人と貰う土地についての説明やら、身分証の口座に自動で振り込まれる額についての説明を受けた。ちなみに、手切れ金は砦が立つほどなんだとか。王様の紙袋さんへの溺愛っぷりが知れる程である。…侍従さんとしては大盤振る舞い過ぎて頭が痛いそうな。てか、紙袋さんがダンジョン制覇の時にもらったお金とかの類を半分くれてた事もあって、正直人生何十年か知らないけれど、死ぬ迄現金収入が無くても暮らせるどころか子供の世代も働かなくてもいい程度のお金は手に入っていたんだけど。
とはいえ、僕が貰う土地の近辺には馬車で三日程走らないと大きな街は無い(僕なら一日かからないで走れそうだ)し、使う所なんて全然無かったりする。最近廃村になったところが一つあるそうで住む家自体には困らないだろうとの事だったのだけれど、廃村になった理由とか教えてくれない(というか把握して無いんだとか)し、畑を耕すにしてもアドバイザーも何もいなければ出来る気はしないんだけどなぁ…。
とりあえず、食料は王都で年単位で暮らせる程度の量を買い込んでアイテムボックスのアーティファクトに格納していくとして。種やら農業のアドバイスについては近隣の街の近くにある村とかを頼る方向に決めて僕は動き出した。
方向性を決めて、準備にかかってから更に二日程が経ち、そろそろ退去しないと何か言われそうな感じな日にちになってきた。僕は鎧や他の荷物を全部アイテムボックスのアーティファクトに仕舞い込み、王都で手に入れた丈夫そうな服と柔らかな革で作られたブーツ、それにディップの所で貰った魔法のマントを羽織った。この魔法のマントは認識阻害というか、居るんだけど意識に入らない、みたいな感じの効果を着用者にもたらしてくれるマントだそうで、旅をするにはもってこいな逸品だったりする。どうせ紙袋さんは王様から外に出して貰えないだろうし、見送りは無いだろうからね。一応街を出る手続きはちゃんとしないと問題があるかもだから、詰め所では一旦しまうつもりなんだけど。
もう直ぐ日暮れ、といった街中を軽い駆け足でたたっと駆け抜け、王都に来た時に立ち寄った詰め所に顔を出した。
「すいません、五島健人です。王様から週明けにでも退去せよと言われたので現時点を持って退去しますと言付けに来ました。」
「!貴方は…。」
驚いたような様子で、あの時も居た年配の衛兵さんがこちらを見た。少し考えた様子だったけど、こっちに来てください、と詰め所の奥に誘導された。
「オリビア姫様から、きっと立ち寄るだろうと手紙を預かっております。」
「どうも、ご丁寧に。…そっか、来れなかったけど手紙をくれたのか。」
「事情は大まかにですが聞いております。…私個人としては、あの大店のぼんぼんよりは姫様がご自分で選ばれた貴方と一緒になって欲しいのですがね。姫様も、さぞお辛いでしょうに。」
「いやぁ、逆らって断るのは格好は良いし簡単だけど、何の力も無い僕じゃあまず行き着く先は死罪でしょうからね。ここは一度引いて時勢を見ようかと。」
「死んでしまえばお終いですからね。賢明なご判断かと。」
もしかすると、王様は紙袋さんには僕の行き先を教えないかも知れないなーという漠然とした予感があったから、こっそり教えてあげてね、とこれから行く土地について年配の衛兵さんに伝える。…その土地の名前を聞いた時の衛兵さんの心配そうな顔が妙に気になったので、一応聞いてみると簡単な事だった。一番敵対している国との国境地帯で、小競り合いが起これば大抵襲われる場所である事。砦なども築かれておらず、王の直轄領になっているものの誰も代官を引き受けるものが居なかった場所らしい。
これは、期待の裏返しなのか本気で殺しに来てるのかの二択だなぁ。
とりあえず、どうにもならないし廃村で畑でも耕してみます、と告げて暇を告げて詰め所を出ようとしたところ、入り口に一人の偉丈夫が立ちはだかっているのが見えた。…あのでっかい団子っ鼻、見覚えがあるんだけど? 王様は団子っ鼻じゃなかったのに。お母さんの系統だろうか。
「!お前がそうか!?」
慌ててマントを纏おうとしてはみたものの、既に認識しちゃってる人には効果が無いのだろうか、ズンズンとその偉丈夫さんは僕の目の前までやって来た。
「おい、タケトとやら。俺の妹を放って出てくのか?」
「ええ。」
「何だとっ!!」
「迷惑になりますから、まずは邪魔にならない所に行きましょうよ。」
「ん、んなっ、お、お前っ!」
僕は彼のマントをグイッと引っ張り、引き摺りながら門の外、綺麗に整地されている辺りにダッシュすると、彼を放り出した。…とてもぞんざいな扱いだけど、紙袋さんのお兄さんなら頑丈だろうしね。
「…中々良い度胸をしてるじゃねえか。」
「ええ、オリビアに鍛えられましたからね。」
「む、そうだ、妹は今も泣いてるんだ。お前と離れたくないとな。明日は見合いだってのに。」
「僕だって出来れば離れたくはないですけど、それはあなたのお父さんに言ってもらってもいいですかね。」
なんかイライラしてきた。こっちだって彼女であり、師匠である紙袋さんと、別に別れたいなんて思ってはいないのに。…力不足でそうするしかないってのにさ。力不足ってのは、武力って意味もそうだけど、権力の方が大きい。金は唸るほどあったって、こういった場合には役になんか立たない。求められてるのは国の力となる関係の構築だからね。ほにゃらら商会ってのはきっと金だけじゃなくて、各方面への影響力も強いんだろうしね。
「ぐぬっ、手切れ金をちらつかされただけで即答したそうじゃないか。金で女を売るなど、男の風上にも置けん。」
「そんな手切れ金を貰う貰わないの前段階で、死ぬ迄働かなくてもいいくらいには持ってますけどね?」
「何!?」
「自分で銀鉱山で五年働いて、その後はオリビアとダンジョン制覇ですからね。国家予算の数倍程度なら持ってますよ。」
「それじゃあ尚更どうして妹を捨てる!!」
このバカ兄貴め。さっきの年配の衛兵さんの方が分かってるじゃん。てか、溺愛してるのは王様と同じなのに方向性が逆とか、何なんだよもう。
「捨てたくて捨てる訳じゃないよ。それに、僕は王様に言ったよ? 『それでオリビアが幸せになれるなら』とね。オリビアが結婚で幸せになれなかったのなら、僕の所に来ればいい。オリビアにもそれに近い事は言った。」
「それはただの詭弁だろう!こうなったらお前など斬って捨ててくれるわ!!」
バカ兄貴が剣を抜いて殺気を僕にぶち当てて来た瞬間、僕の心は一気に正気に返った。…ぐああ、何恥ずかしい事言ってんだ僕は!!
そう悶えていると、バカ兄貴が斬りかかって来た。…けど、紙袋さんの訓練の時より動きは遅く、技術的にもとても拙い。腰から一息で自前の剣を抜き打って剣を弾き飛ばし、その腕を掴んで一本背負いをかましてやると、僕は気絶したバカ兄貴をハラハラして見ていた年配の衛兵さんにまかせて王都を後にした。