6話 王城行き、そして別れ
それからは暫くの間とても忙しい事となった。碑文に名前が書かれた事も確認されたし、ダンジョン制覇プラス細かい依頼も全部片付けた結果として、紙袋さんのランクも二級に上がった。本来は一級相当らしいんだけど、外見はともかく人格も問題無いとある程度知られてはいるとはいえ、流石にその功績だけを持って一級に上げるのは難しいんだとか。もう一個くらいダンジョンを制覇するなり、どっかで人里を荒らしてるようなドラゴンでも討伐してくれば文句も出ないらしいんだけどね。まだまだ若輩者ってことなのかな。…あ、おまけで僕のランクも四級まで上がったんだけど、これ以上は試験を受けたり紙袋さん並みに功績を打ち立てないとダメなんだとか。それでもたった七ヶ月程度で四級まで上がるのは特級になったらしいドラゴン狩りの何ちゃらさんに次ぐスピードなんだとか。…まぁ、僕はちゃんと自己申告としてあくまで紙袋さんの金魚のフンだからね?とは告げてあるんだけど、結界の中で紙袋さんが寝てる間に迫って来た最深層のモンスターを一人で狩れる時点で金魚のフンとは言えないとか何とか。自信無いんだけどなー。
冒険者ギルドでも数百年ぶりの快挙であるダンジョン制覇とその余禄であるモンスターの弱体化で美味しい思いをする為に、大々的に僕と紙袋さんを讃えてパレードまでして、近隣諸国にも触れて回った。そのせいで街は冒険者でごった返し、その冒険者に物資を売り付けようと画策している商人達も大勢押し寄せる事になった。暫くの間、僕と紙袋さんは手に入れた装備なんかを体に合うようにとかボロボロな拵えを新しくしたりとかで街に留まっていたのだけれど、儲けただろうとあの手この手で金を騙し取りに来るような奴らも多く、辟易した僕達は冒険者ギルドに一応街を去ることを告げて、紙袋さんの里帰りに行く事にした。
本当は里帰り何てせずに、別のダンジョンにでも行こうかという話をしてたんだけど、騒動を聞きつけたらしい近くに居た国の関係者がやって来て、一度帰られては、と進言してきちゃったんだよね。面倒だ、と余り乗り気じゃない紙袋さんだったけど、ノルマの達成として見做してもらえるのか確認する意味で行ってきてしまえば、後はのんびり出来るんじゃない?と言ってみたのだ。そしたら覿面。ていうか、なんで真っ赤になるんですか? 紙袋さん。
紙袋さんの故郷である、この国の王宮のある王都までは馬車で大体一月くらい掛かるらしい。広いなぁ。紙袋さんが全力で走ると一週間掛からないらしいんだけど、僕がいるとやっぱり三倍くらいだろうかと思っていたら、モンスターを倒し続けたことで底上げされた基礎能力もあってか、十日ちょっとで到着する事が出来た。
涼し気な顔をした紙袋さん(当然、でっかい団子っ鼻が台無しにしている)に汗だくの僕が王都の門に辿り着くと、歩哨をしていた少し年配の衛兵さんが紙袋さんに気付いた様子で慌てて指示を出し、門の脇の詰め所にいた若い衛兵が一人、ガチャガチャと走って行くのが見えた。
「姫様!ささ、こちらへ。今迎えの馬車を手配致しました。」
「ふむ、特に要らんのだが。鍛えているからな。」
「そう仰らず、ご利用ください。所で、そちらの者は…?」
と、年配の衛兵さんが僕の方にちらり、と視線を向けた。ふむ、従者としてはきちんと挨拶せねばなるまい?
「オリビア姫様の従者として契約させて頂いております、五島健人と申します。お見知り置きを。」
「お、おお、そうでしたか。…そうでしたか。」
なぜか少しがっかりした様子な衛兵さんが、何もありませんで、とささっと片付けた詰め所の椅子に紙袋さんを座らせた。僕は一応彼女の背後に控える様に立つと、正直必要無いかもと思いながらもいざという時には守れる様に警戒をする。…まぁ、紙袋さんの方が圧倒的に強いからね?
がらがら、とやって来た馬車に乗り込んだ紙袋さんはいいものの、流石に同じ中には乗れないかもしれないなぁと御者席に座ろうとすると、紙袋さんが馬車から出て来て僕を中に引き摺り込んだ。首根っこを掴まれて引っ張り込まれる様子を見て、やっぱり、とか言っている年配の衛兵の嬉しそうな顔に、僕は苦笑して頷いておいた。てへっ。
「気など使わなくていいのだ、タケト。お前は我の隣にいればいい。」
「へいへい。」
「へいへいとはなんだ。…ちょっとは嬉しそうにしてくれても良いんだぞ?」
充分嬉しいよ、と紙袋さんの頭を撫でると、それでも扉を開けられた時にアレだから、と差し向かいに僕は腰を下ろした。
馬車が順調にがらがらと進んでいる割に、王城に到着するのには体感で一時間以上掛かった様な気がする。全力で走ってると中々たわいの無い話も出来なかったりしてたから、これ幸いと王宮で注意した方が良い事なんかを聞いていく。まぁ、基本的には黙って紙袋さんの斜め後ろで控えている、というか立っていれば良いらしいから楽そうだけど、王様とかへの謁見のタイミングでは膝をついたりとかしないとならないみたいで、一応前に教えてもらったなと思いながら話を聞いていた。
一度着替えてから謁見するのかなとか思っていたのだけど、面倒臭がりの紙袋さんはそんなの気にしない、とそのままズカズカと王様の執務室へと突撃してしまった。侍従さん達が慌てているのに、ゴメンナサイ、と小声で謝り頭を下げつつも僕も遅れない様に後ろをついて行った。
「父さま、戻りました。」
「ん? おう!? オリビア、お前か!」
面倒そうな紙袋さんに対して、王様らしき壮年の男性は嬉しそうに机から立ち上がると、補佐をしている侍従さんが止めるのも聞かずに紙袋さんに抱き着いた。一応避けはしなかったものの、嫌そうな紙袋さんはグイッ、と王様を押しのけると徐に口を開いた。
「父さま、ビレーの街のダンジョンを制覇して参りました。これでお勤めは終わりでいいのですよね?」
「何? 折角ちょうど良さげな見合い相手を見つけておいたというに。」
「見合いなど不要です。」
「そうもいかん。まず会ってこい。グレイル商会の跡継ぎだ。」
「ぬっ、そ、それは。」
ノルマは達成という扱いで構わないが、そろそろ身を固めて欲しいと王様がゴリ押しし、相手が相手だけに設定したお見合いを回避する事も難しいと紙袋さんは項垂れた。背後からぽんぽん、と背中をさする様にしてコッソリと宥めていると、王様がぐりんっ、とこちらを向いた。
「で、この坊主はなんだオリビア。お前が男を脇に置くなぞ初めてでは無いか? 確かに凡庸に見えて腕は立つ様だが。」
「た、タケトは私の大事な従者だ!」
真っ赤になった紙袋さんを見て、王様のこめかみにビキィっと血管が浮き立つ。おお、怖い。…けど、威圧されるとか足が竦むって感じでも無いなぁ。ダンジョンに慣れすぎだろうか。
「おう坊主、うちの娘に手出しやがったな!?」
「出したというか出されたというか。大事にさせて頂いてますよ。」
「…ぬっ、それならまぁいいが、見合いをさせるからにはお前はお役御免だ。」
狼狽えずに真面目に言えたのが良かったのだろうか、チッ、という感じで王様が吐き捨てた。てか、想像してたのより随分フランクだなー。
「国境の方にある土地をくれてやる。それと、従者としてちゃんと雇っていたなら倍の金を年金として出してやるし、たっぷり手切れ金も出してやるから詳細を聞いて準備して週明け位には出て行くがよい。」
「そんな、父さま!」
「お前はちゃんとした処へ嫁げ。腕が立つとは言っても何一つ不自由無く、刺客にも対処しながら幸せにするのは難しい。その坊主では儂は納得せん。」
あー、溺愛してるんだな、これ。参ったねぇ。でもまぁ、詳細を聞いて準備して週明けに、とか優しいなぁ。今すぐとか言わないのね。しかも手切れ金と年金付き。正直紙袋さんに情も湧いちゃってるんだけど、断ったら死罪とかになりそうよね。
僕は王様をジーッと穴が開くなら開け、と言わんばかりに見つめた後、溜め息を一つ吐いた。
「…オリビア姫がそれで本当に幸せになれるなら、しがない単なる異邦人な僕は身を引きましょう。」
「わかっているじゃないか。…ん?異邦人だと?」
「ああ、父さま、そうなんだ。元々タケトはこの世界の住人じゃ無い。」
「…ふむ、そうか。それでな。…だが、決定は覆らん。」
泣き出した紙袋さんを抱き締め、耳元でコッソリと囁く。
「僕は追放みたいな形だけれど、オリビアが会いに来る分には構わないんだろう? あ、あんまり元気になるとバレるから続けて?」
「あ、ああ。」
不倫の勧めとは僕も擦れたもんである。ただの高校受験生だったのになぁ。最後に頬にキスをした後、立ち上がると侍従の人にこの先の手続きについて尋ねると、まだ泣いていた紙袋さんの頭を一撫でしてから僕は王城を後にした。