5話 ダンジョン行
大量に仕入れた保存食で料理の手間を省きつつ、交代交代で休憩しながら僕と紙袋さんは薄暗いダンジョンを一階一階下へと潜っていった。このダンジョンはオーソドックスな石造りの遺構型のもので、出てくる魔物は大抵スケルトンやゴブリンで、少しずつ下に潜ると共に上位種が出るようになり、二十階を過ぎた辺りからはポツポツと棺桶の中に経年で朽ちた武器や宝石類、運が良ければ魔法の品(これは魔法が込められているせいで経年で朽ちないらしい)が入ってくる様になった。…なった、というのは結局一度も戻らないままズンズンとダンジョンの下へ下へと潜って行ったからなんだけど、戦力としては僕でも充分な感じらしく、大抵の敵はただの鉄剣なのに一撃で倒せてしまったりしていた。他のグループの様に六、七人とかで交代で休めるならもっと効率良く進めたのだろうけど、僕と紙袋さんは焦る事はない、とのんびりと余裕を持って安全第一でダンジョン内を探索していった。
「そういえば、オリビアは王女って話だったけど、家に帰ったりしなくても大丈夫なの? 山籠りの期間を含めたら結構長い事空けてるよね?」
「ああ、それなら問題無い。山籠りの時も、買い出しに行った時とかに冒険者ギルドに顔を出していたからな。我の事はそれで伝わるだろうよ。今回の探索行は既に一月になるが、その程度安否が知れずとも今迄問題にはなった事が無いからな。外に出た時に可能な依頼を片付けて、支度金を引き落としておけば良いだろう。」
ふぅーん、そんなものか、といった僕の手を紙袋さんはぎゅっと握ると、少し顔を赤らめながら言った。
「そのうち帰らないとならなくなった時にはタケトも連れて行くからな。父にも紹介せねばならん。」
「…まぁ、従者だからなぁ。」
紙袋さんてば僕と結婚したいとかなんだろうかと思ったものの、普通に考えたら王族とかって政略結婚とかで重要な臣下に降嫁したり他国の王族に嫁いだりするから、ポッと出の異世界人の嫁にはならないだろうなぁと思い至った。…こんなにしまくってる訳だけど、大丈夫なのかね。子供は出来てないけどさ。
さすがにダンジョン内であはーん的な事は中々出来ないけれど、紙袋さんはお胸様を揉ませてくれたりとか抱き締めてくれたりとかスキンシップをたっぷりと取ってくれる。外に出たらまた沢山やる、と真っ赤な顔で宣言していた。
ちなみに、沢山やる事が出来たのは、それから三ヶ月くらい経ってからの事だった。二ヶ月かけて深層まで潜り、また二ヶ月掛けて帰って来たのだ。ゲームみたいに唱えたらダンジョンの外に出られたりする魔法なんて無いし、転送装置で途中を飛ばしたりとかは出来ないからね。…最下層には地上直通の隠し通路があるとかいう都市伝説もあるんだけど、流石にそこに行き着くまでの資材が足りなかったのが原因というか。若さ故にえっちしたくなったとかいう話では無いんだけどね? 本当だよ?
地上に無事生還して冒険者ギルドで提出可能な依頼を全部終わらせると、僕のランクは三段階程特進する事になった。あ、ちなみにランクは十級から一級まであって、一級の中でも特別優れた人達は特級になるらしい。一番多いのは十から七級で、それ以上はピラミッド型でどんどん減っていくんだとか。高ランクだ、と言っていた紙袋さんは三級らしい。冒険者として活動してから五年程度で三級まで上がっているのは非常に珍しいんだとかで、一応有名人の部類に入るのだとか。紙袋さんが冒険者ギルドでトイレに行っている間に寄ってきた、チンピラみたいな男が目をキラキラさせながらすげえ人だよな、と話していた。…一瞬、絡まれたと思ったのは内緒だ。実際にはなんかすごいエピソードとか無いか聞きたかっただけらしい。
最終的にはモンスターから剥ぎ取った素材やら何やらを売却して、そこから得た莫大な利益でまた資材を今度は前回の比じゃないくらい大量に買い込み、再度ダンジョンへと突入した。
このダンジョンは一応制覇者が居ないこともないのだけれど、それは遥か昔らしく紙袋さんは自分が再度制覇する事で国の威信というかを示し、王女としての役目を果たそうと思っているらしい。…個人的には王女がするような事じゃないと思うんだけど、王族として生まれたからにはなんでも良いから国に貢献すべし、というのが決まりらしい。女性の王族としては政略結婚で他国に嫁いで関係を強化するとかでも達成になるらしいんだけど、今迄そういう話も無いから、せっかく秀でている冒険者としての能力を活かしてノルマを達成してしまいたいとのこと。まぁ、従者(といってもただの恋人的な感じだけど)としては手助けしなきゃならないよね。一応高給取りだし。
それから三ヶ月、僕と紙袋さんはひたすら下へ下へとダンジョンを潜って行った。一度通った道ということで罠のある位置も変わらず、さっさかさっさかと文字通り駆け足でどんどん進む様子を他の冒険者達が不思議そうに見ていたけれど、省けるところは省いて全体の期間を圧縮しよう、と紙袋さんが真っ赤になりながら言うから仕方ない。…真っ赤になってる段階で何を考えているのかはわかっちゃうけどね。
そして、辿り着いたのは大きな扉のついた行き止まりの通路だった。今迄とは明らかに違う雰囲気に、紙袋さんが色々な魔法を駆使しながら警戒をしていたが、突入する前にここで一晩休もう、という話になった。既に半月程他の冒険者を見かけていないし、結界をしっかり張って、扉の前にはそれまでのモンスター達がドロップしたアイテムの中から頑丈そうな金属製の棍を選んでつっかえ棒にしたりした。ついでにこれもドロップしたものだけど、鈴のような物もあったので棒にぶら下げておく。
「タケト、なぁ、こんな時だけど、あの、その、久々にだな、その…。」
「みなまで言わんでよろしい。わかってるから。」
と、たっぷりといちゃいちゃしていると、扉が内側からゴンッと叩かれる音がして何してんのこんなとこで!的な怒鳴り声が奥から聞こえてきた。
「聞いてたのかこのスケベ!」
「…!?な、な、なにぃ!?」
「しかも覗いてたんじゃないだろうね? デバガメといった方がいいか?」
「…ぬ、ぬう、言わせておけば!!」
僕が挑発している間に紙袋さんは物凄く怒った様子で装備を整え、長々とした詠唱をし始めた。…普段は殆ど無詠唱だったり呪文名程度で発動するのに珍しいなぁ、と思いながらもドン、ドン、とこっちに向けて開こうと頑張っているらしいのを片足で棍を押さえつつ自分の装備も整えていく。
そろそろいいかな、とダンジョン内で拾ったちょっと古ぼけてはいるものの、かなり程度の良いミスリルの剣を鞘から抜き放つと、紙袋さんにアイコンタクトを送り、もう壊れろと言わんばかりに叩かれている扉のつっかえ棒をサッとはずした。
「このっ!?ぬわあああっ!!」
急に開いた扉から転がり出てきたすらっとした大柄な女性に対して、紙袋さんの魔法が炸裂する。
急激に冷え込んで白く見える空気が女性に纏わりついたかと思うと一気に円筒型にビキッと音を立てて凍結した。怒り狂ってるにしては顔の周りだけ氷に覆われておらず、女性もあまりのことに驚愕した表情であわわ、とか口走ってるし。
「遺言は、あるか? 我とタケトの久々のアレを邪魔しおって…!万死に値するぞ。」
「!?…す、す、すい、すいませんでしたッ!!な、な、何卒ッ、い、命だけはッ!!」
僕は剣を鞘に収めると、紙袋さんに後ろから抱き付いて耳元にふっ、と息を吹きかけた。
「まぁまぁ、僕らも彼女がいるなんて知らなかったとはいえ、コトに及んだのも悪いからね?命は助けてあげようよ。」
「お、お、お、お願いします、何でもしますから!!」
真っ赤になってる紙袋さんは、ごほん、と咳払いをした。
「…タケトが言うなら仕方ない。で、お主は誰なのだ。」
「このダンジョンを管理しております、ダンジョンマスターのディップと申します!」
「ディップよ、管理しているということはだ、地上への直通路があるかは…。」
「ご、ございます!」
ぱーっ、と嬉しそうな顔をした紙袋さんに抱き着いたままの僕は、忘れちゃいけない、とダンジョンマスターに言う。
「命を助ける見返りはあるんだよね?」
「ご、ございます!本来私が討伐された際には討伐の証として竜の素材やら財宝が提供されるのですが、その代わりと言っては何ですが、溜め込んだ財宝及び私の、竜の抜け落ちた鱗や牙、爪などを提供致します!」
「…てか、あんたドラゴンなの?」
「そ、そうでございます! それと、当然ですが討伐の碑にちゃんとお二人の名前が表示されるように致しますので!」
討伐の碑、というのはダンジョンの入り口にあるダンジョンを制覇した人が出るとそこに自動で名前が刻まれる硬い石の碑文なんだとか。ダンジョンは素材の源として、ダンジョンを制覇したとしてもダンジョンコアを壊さない事がお約束になってたりする。そのコアがする仕事の一つらしいんだけど、ダンジョンマスターが手動でする事も可能なんだとか。そして、ダンジョンが制覇される事でダンジョンコアのある扉の先の部屋がロックされ、一定期間大盤振る舞いというか、モンスター達が弱体化したりというイベントも発生するのだとか。そういうのがあるからダンジョンを制覇するのに意味があるという訳なんだね。ちなみにダンジョンマスターが討伐されると一定期間復活するまでに時間は掛かるし、何ヶ月も弱体化したままで何度も何度も倒されてはという悪循環になる可能性もあるとかで、出来れば話し合いで解決したいんだそうだ。下手するとダンジョンコアに見捨てられて死んで終わりで別のモンスターをコアが召喚してマスターに据えたりとかしちゃったりするらしい。話し合いで解決したいって事に対して納得は出来るかなー。
念の為、騙し討ちされない様にと一日限りの奴隷化の魔法で紙袋さんがディップを縛ると、この数百年で溜め込んでいたらしい財宝の中から僕や紙袋さんの使えそうな剣や鎧、魔法のアーティファクト(アイテムボックスに準ずるような物もあったのが嬉しい)、現在でも使える通貨や宝石類をゴッソリと頂いた。…さすがに全部だと酷いね、と貰ったのは三分の一程度だったのだけれど、それでも大国を何年も養えるような金額に上った。そりゃダンジョン制覇を目指すよなぁ、と思えるよ。
でも、僕と紙袋さんのたった二人で制覇出来たのに、何でここ数百年も制覇した人が居ないんだろう、と不思議に思ったのだけれど、それはディップが教えてくれた。
「大人数だとそれこそ大量の食料やら何やらを運搬しなきゃならないでしょう? アイテムボックスのスキル持ちなんて滅多にいないですし、アーティファクトも作れる者はまぁまずいません。その問題を何とかクリアしたとしても、本来私をこんな簡単に無力化する事なんて出来ませんからね。…あの氷はドラゴンでもまず砕けません…。先程のように顔だけ出てても人間形態ではブレスも吹けませんからね。全部覆われてたなら死ぬのは時間の問題だったでしょう。」
ガクガクと震えながらも、先程紙袋さんから僕が助けた事を恩に感じているのか、ディップは僕の方をうるうるした目で見つめて来た。懐から何やら小さな笛のような物を取り出すと、そっと僕の手を取って押し付けるかのように渡してくる。
「これはタケト殿に。命の恩は命の恩で返します故。困った事があれば一度だけ、側に馳せ参じます。ダンジョンマスターとしての仕事がありますから、そういった魔法の制約がないと中々外には出れないのです。一度だけとかですいません。」
「いやまぁ、そんな危なくなるような事はそんな無いとは思うけどね? オリビアもいるしね? くれるってんなら一応ありがたくもらっておくけどさ。」
ヤキモチを妬いているのか、紙袋さんの視線が痛い。呼ばないから!的な空気を醸し出しながらも懐へと仕舞い込んだ。