4話 意味の取り違え
何かこう、必要以上に引っ付きたがるというか、手取り足取り腰取りな感じで紙袋さんは型というか、中国拳法でいう套路のようなものを教えてくれた。子供の頃に王宮付きの剣術指南役の御老人に無理を言って習ったそうで、とりあえずその御老人の知っているモノは全て引き継ぐ事が出来、流石に流派を正式に引き継いでいる一門に紹介するという訳にもいかなかったとはいえ、御老人からの免許皆伝自体は頂いたらしい。
いえ、僕が習ったのは入門編の一番短いやつですよ? 後はそれをひたすら練習して一定以上の練度になれたら次のものを教えてくれるとの事。まずは形から。動作の意味を知るのももう少し後でいいんだそうだ。まぁ、正直スポーツは弱小サッカー部でダラダラしてた程度とはいえ、体を動かす事自体は楽しい。…まだ痛い事辛い事してないしね?
とりあえず、これから毎日朝と晩には少し時間を取って修練して紙袋さんに変になってないかチェックして貰って、みたいな事の繰り返しをするらしい。その他にも従者としての常識やら何やらを教えてくれるんだそうで、暫くは山籠りでもしようかな?と紙袋さんは言っていた。あんまり套路を他人に見せるのはよろしくない、というか、技術が盗まれるかららしい。腰を据えて基礎を教えたいんだけど、そういうのをじっくり見られちゃうと、という事らしい。
町の朝市で食糧をタップリと買い込んだ後、行くぞ、とばかりに紙袋さんは僕を背負って超絶ダッシュを繰り出した。…しがみつこうとしてあちこち触ってたとしても、不可抗力ですからそんなに赤くならないで欲しい。というか、する事したじゃんね? ちなみに、ご飯は紙袋さんが作れるらしい。男の料理って感じらしいけどね。
そんなこんなでもう半年が過ぎた。紙袋さんの鼻にもだいぶ慣れてきたけれど、それでもやっぱり残念に思う。というか、毎日毎日あはーんな感じが何度もあるというか、それで体力がゴッソリと無くなるような気がしてるんだけど、それもある意味修行の一部になったんだろうか。剣術の動きとしても腰の使い方が上手いとか言われたし、元々鉱山で養ってきた体力というか耐力と言ってもいいのだろうか、それはしっかりと維持というか伸びて来ているような気もするし。
そこら辺にあった木を削って作った木剣で組手なんかもするようになって来て、動きの意味とかもこう何となくわかるようになって来たというか。二つ目、三つ目と次々と套路を教えてもらい、組手の動きなんかでそういえばこういう動きが、なんて楽しくなってしまって、気が付いたら三ヶ月の試用期間というかが終わって自動的に年間契約に切り替わっていたりした。ていうか、確かに紙袋さん以外の人に会う事はほとんどないとはいえ、こんな楽しく過ごして鉱山の給料と同じっておかしい。
「タケト。今の所町なんかにいる兵士が相手にならない程度には強くなって来てるけど、まだ山籠りするか?」
「へ?」
「そろそろだな、実践と言うかだな、ダンジョンに潜らないか? 我も潜った事のある場所だが、一人では結界を張るにしても、しっかり寝る事も出来ないものでな、日帰りで行ける以上の先に行けなかったのだ。」
確かに紙袋さんが教え上手(なような気がする)だとはいえ、たった半年鍛えただけで越えられてしまう町の兵士達って…。まぁ、小学校、中学校時代になんぼかロープレで遊んでた身からすれば、ダンジョンてのは楽しみではある。
「いいよ、面白そう。でもさ、罠とかあるんじゃないの?大丈夫?」
「ああ、罠とかについては我の魔法で殆どの物は感知も対応も出来る。安心だぞ?」
「ダンジョン行ってももっと套路とか訓練とかしてくれるよね?」
「ああ、安心しろ。もうタケトは我の弟子でもあるからな。今の伸び方ならまだまだ教えてやれるぞ。」
「…伸びが悪いと教えられないの?」
ぐっ、と紙袋さんが詰まったものの、やはり最低限の練度とセンス、向き不向きによって教えられるものとられないものがあるのだとか。まぁいいや、とばかりに紙袋さんに今日ももう寝よう、というと何故か赤くなった。…というか、なんで寝たいって言ってるだけで毎回赤くなるんだろう。半年以上経っても初々しいのはいいけどって事じゃなくて。…もしかして、まさか。
「オリビア。聞きたい事があるんだけど。」
「な、な、な、なんだ。」
両肩を掴んで迫ると、紙袋さんは一層真っ赤になる。
「僕が”寝たい”って言ってるけど、”寝たい”を同じ意味の他の言葉で言ってみて?」
「ん、んなっ、我にそんな事を言わせて、ど、ど、ど、どうするというのだ!?」
「いいから。」
「ん、んむっ。そ、そうだな。説明っぽく言うとだな、〜〜したい。だな。」
「んんっ?知らない言葉だ。」
真っ赤になったままの紙袋さんが首を傾げた。
「知らない言葉だと?…ふむ、そうだな、タケトと我が毎日何度もしている事を指しているぞ。」
「…。じゃあ、寝床に入って朝まで過ごす事は何て言う?」
「#る、だな。」
もしかして、と思っていたけれど、眠たいから寝たい、という意味合いの事を、ヤリたいとかエッチしたいとか言わされていたんだろうか。センパイ、酷いぜ…。後輩どもも何も言わなかったし、どんなに性欲魔人的に見られてたんだろ。というか、センパイそんな素振り全然見せなかったのに、僕に仕込む為に四年弱も言い続けたのか? それはそれで凄いことだけど…。
「#る、#る、寝る、か。」
「んんっ?どうしたのだ。」
「ああ、実はね?」
そうして僕は紙袋さんに自分が違う世界から紛れ込んだと思われる事、その所為で言葉が全くわからない状態で鉱山に売られてその中で言葉を学んだ所為で違う意味の言葉を覚えてたりした事を話した。…ちなみに、えっちな行為は大好きだから、今までと同じ位紙袋さんとしたい、と言ったら真っ赤になってぽこぽこ叩かれた。何これ、行動は可愛いすぎる。鼻は残念だけど! まぁ、疲れてるだろうにエッチしたいっていつも言うからおかしいとは思ってたらしいけど、求められるのは嬉しいから黙っていたらしい。…なんか健気だなぁ、紙袋さん。
そんなこんなで山籠りしていた場所に仮に雨風が凌げればいいと適当に作っていたあばら小屋の荷物を紙袋さんがアイテムボックス(紙袋さんってば万能)にしまい、三日ほど掛けてダンジョンまで行く事になった。…紙袋さんだけなら一日で着くらしいけど、教えて貰った歩法を駆使しても、魔法で底上げされているらしい紙袋さんには全くついていけないから三日である。当社比三倍である。まるで赤い奴みたいだ。
途中、天候も良くというか、暑い中駆け抜けたことでヘトヘトになりつつも、ダンジョン街というのだろうか、ダンジョンに潜る為に集まってくる冒険者目当てで作られた大き目の街に到着した。汗を拭う前に武器屋と防具屋で訓練に使っていたのと同じサイズの鉄剣と革鎧一式と金属製の籠手を注文してから宿屋へと入った。調整に時間が掛かるから、先に終わらすことは終わらしておこうという感じ。…ついでにあはーん的な事も宿で致してから夕飯をとり、宿の裏庭で誰も見てないのをささっと確認してから套路をなぞり、またあはーん的な事をしてからのんびり休む事になった。次の日は鎧を取りに行って、再度微調整してすぐにダンジョンに潜るのだ。
…あ、忘れてたけど冒険者登録もして来ましたよ? 王道なイベントも特に発生しなかった(そりゃそうだ、鍛えてるから身のこなしが違って来てるはずだし)し、登録用紙に名前を書いて身分証に追記をして貰うだけだったからね。ダンジョンの浅層で達成出来そうな討伐依頼や採取依頼は常時発生で物を持って来てからも受けれるようで、特に何も受けなかったし、まずはどれくらい行けるかお試しで潜るつもりだから、と中層や深層の依頼についても紙袋さんは受けなかった。ちなみに受付嬢さんはふつーに美人さんだったんだけど、僕が何か言う前に紙袋さんが先回りしてこう、カットインするような感じであまり話せなかったというか、説明も我がしとくから!とか言って殆ど紙袋さんが対応していた。…どんだけ過保護やねん!というか、嫉妬してたんだろか。可愛いよね、いつも通り鼻が台無しにしてるけど。