12話 時は流れ
「じいちゃん? じいちゃん? 剣を教えて?」
「オリビアさんに習いなさい。じいちゃんもオリビアさんから習ったんだ。」
「た、タケト。我が言うのも何だが、まずはタケトが教えるといい。」
「そうかな?」
そういってコソッと紙袋さんが、孫は構って欲しいんだと耳打ちをしてくれた。紙袋さんとの子供の孫であるデリックはまだ七歳。親である僕の息子は十五歳でボーゼスのとこの孫娘さんと結婚しちゃって、翌年もう子供が出来るんだもん。早すぎるだろ。まぁ、僕の代わりに領主になって今は頑張ってるから、じいちゃんとしては孫の面倒くらいは見なきゃならないんだけどね。六十を前にして、僕もまだまだ毎日朝晩套路を一通りはこなしてたりするから、体が動かないとかそういう事は無いんだけどね。
教えるのはいいけどいきなり剣をもたせても仕方が無いというか、体力も無ければ体の大きさも足りないってことから、まずは僕と一緒に走ったりして基礎体力をつけてだな、とひたすら近くの林や砂浜を走り回った。…弱音、そりゃ吐くよなぁ。一応体の大きさにあった木剣を持たせて套路も一番基本の一つを教えて、としてたんだけどやっぱりそれでも子供には繰り返しの作業ってのはきついらしい。まぁ、紙袋さんが魔法も教えたりしてたから、気は逸れたりしてたとは思うんだけどね。
弱音を吐きつつも、デリックは頑張った。息子がたまに貴族としての付き合い、に連れて行く時以外は僕と紙袋さん、そして老いてもなお矍鑠として元気なボーゼス、最近は床についている事が多いボーゼスの奥さんもたまにボーゼスがわざわざ僕の家に連れてきてはデリックに魔法や貴族の間のマナーやしきたりなどを教えてくれていた。デリックは僕の家じゃなくてボーゼスの屋敷に住んでるのにな。正直僕はともかく、紙袋さんは滅びたとはいえ某国の王族だし、ボーゼスもこの国の元、がつくけど元帥だったからね。その奥さんもどこぞの国の伯爵令嬢だったんだとか。そんなメンバーでデリックを十五歳まで寄ってたかって鍛えたのだけれど、デリックの元服を見届けるかの様にボーゼスの奥さんが亡くなった。
奥さんの遺言で、僕の家の裏手にある崖の天辺にお墓は作られた。僕らも死んだらそこに作ろうって言ってたから、じゃあ儂等もそうするか、みたいな流れだったんだよね。先祖代々の墓に入らなくてもいいのかって聞いたんだけど、国が無くなってその土地も人手に渡ってしまったりしているらしく、どうせなら自分らのひ孫のデリックや娘や息子と思っていた僕らの側がいいと。
奥さんに懐いていたデリックも、我慢しきれず涙をこぼしていたけれど、元服したからにはと軍に入る為に出て行った。…というか、息子を一人ほっぽってボーゼスの孫娘さんもこっち(といってもボーゼスの方の屋敷にね)に住んでたから、二人一緒に出て行ったんだよね。メイドさん達を含めて五人ほど一気に減り、昔から仕えているという老執事さんとその奥さんであるメイド長さん、そして館の主人のボーゼスの三人になってしまった上に、これまでデリックを鍛えるのを生きがいの様にしていたのにそれまでしなくて良くなってしまったということが影響したのか、殺しても死なないと思っていたボーゼスも半年後には亡くなった。
「奥さんが寂しくならないよう、出来るだけ早くと急いだんでしょう。一人は寂しいですからね。」
しんみりとした顔でそういったのはディップだった。ドラゴンであり永い年月を生きる彼女もまた、ダンジョンで一人きりで寂しい思いをしてたんだとか。今では僕らと一緒にいるし、いざとなったら僕との間に生まれた娘を連れて帰るから多分寂しくないと言っていたけれど、ディップを残して死んでいくであろう僕達としては本当にごめんねとしか言いようがない。
朝早く起きては畑仕事を少しして、その後は釣りをしたりのんびりと過ごす生活。たまに年寄りの冷や水と言われながら周辺のモンスターや獣を間引いて来てはその肉を燻製にしたり干し肉にしたりと楽しんでいた暮らしも、毎日楽しそうに家事をしていたエレーナが七十歳で亡くなると、一気に寂しくなった。僕と紙袋さんもとても仲がいいんだけど、エレーナが憎まれ口を叩いたりするのがいいリズムになってたんだろうね。ディップの冷静なツッコミもそれはそれでいいんだけど。
エレーナが亡くなってから、一年くらいした頃だっただろうか。デリックが十歳過ぎ位のとある子供を連れてやって来た。どうも、訳ありの偉いところの坊ちゃんらしく、鍛えてくれないかとかなんとか。八十を過ぎたじじいに何させるんだよーと一応形式だけでも抗議はしてみたものの、オブリン国の軍にいるデリックとしては中々いい環境を作れなくて四苦八苦したらしい。それならばどうなっても責任は取らないよと念を押してからデリックと同じ様に鍛えようとしたのだけれど、その子供は事もあろうに紙袋さんの鼻をバカにしたのである。確かに出会った当時ずっと鼻が鼻がって僕も残念だのなんだの思ってたけどね、今となっては旦那である僕にしかバカにする権利なんて無いんだよ、ふん。
そんなもんで、紙袋さんの鼻をバカにした坊主を僕は毎日立ち上がれなくなるまで扱いてやった。紙袋さんはもうちょっと手加減してあげたらとか優しいから言い始めたけれど、そんな紙袋さんにも更に暴言を吐いたりしたので僕はディップに回復魔法をお願いして死なない様にしながらびしばし全力で鍛えて上のいうことには絶対服従、清く正しく質実剛健。心からその精神が染み込むように扱いて扱き抜いてやった。うん。三日もすれば心が折れるだろうと思ってたけれど、五日も持ったのは根性があったと思う。紙袋さんはオロオロしながらも色々な気配りをしてあげてたけど、坊主が謝らないまま十日過ぎ、一ヶ月過ぎ、そして二ヶ月が過ぎ、坊主の性格もだいぶ矯正できて来たかなと思った頃に紙袋さんは体調を崩し、床につくようになっていた。そして、体調を崩して半月位経っただろうある日。
「タケト、ありがとう…。」
「なんだ急に、どうしたのオリビア。」
床に就いていた紙袋さんは僕の手を借りて体を少し起こすと、僕の手を弱々しい力でそっと握った。そして、切れ切れに、少ししんどそうにしながら今まで嬉しかった事、楽しかった事を呟いた。そのほとんどが僕と何をやったか、だった。僕はその少し辛そうな顔を見て、ぎゅっと一度抱き締めてから体をもう一度寝かせてあげた。
「もう少し、寝てて。もうすぐ夜だから、僕も来るから。」
「…タケト、愛してくれて、ありがとう。」
「お、おう。僕も、愛されて嬉しいよ。愛してる。」
僕の照れた様子に、ふふっ、と小さく笑った紙袋さんが起きる事は二度と無かった。
紙袋さんが起きて来ず、亡くなった事が分かった朝。坊主は呆然とその事実を聞いていた。暫くすると膝を落とし、とめどなく涙を流した。僕はその後三年坊主の面倒を見てやった後、デリックに引き渡した。もう子供を連れて来ても修行はしてあげないからね、と伝えるとデリックは苦笑していたけれど、そもそもデリックには全ての套路も教えてある。自分で面倒を見ればいいんだよね。坊主はどうやらその後、真面目に更生したらしいけど、僕の知ったこっちゃない。
そうして、家に僕とディップ、そしてその娘の三人だけが残った。
私達は確実にタケトさんよりも長生きですからと慰めてくれたディップ達と、その後十年は暮らしたかな。僕も寝たきりにこそならなかったものの畑仕事はもうキツくなっていて、たまに様子を見に来てくれる子供達や孫、ひ孫、玄孫達の相手をするくらいで、海を眺めてたりディップとのんびりくっついて座っていたりという生活を送っていた。
体のあちこちが痛み、もうそろそろ終わりなのかも知れないと思った僕はディップに頼んでこの世界に紛れ込んだ場所の近くまで連れて行って貰った。勿論、当時混乱していた僕が場所を完全に覚えている訳もなく、軽く八十年以上が経過した今では同じ街道沿いでも開拓が進んだり、逆に森に村が飲み込まれて消えたりと、地形が変わってしまったりしているから正確な場所はわからない。
この世界に紛れ込んだ直後はそれこそ三百六十五日働けますか!?って感じではあったけれど、その後幸せに暮らせた事で、僕はそこまで日本に帰りたい、とは思ってなかった。それでも最後、死ぬのかもと思った時には望郷の念が湧いた。とはいえ、実際にこの年で日本に帰されてもとっくの昔に死亡認定されているだろうし、親は勿論友達も殆どは亡くなってるか、生きていてもパッと見て分かる状態では無いだろうしね。無一文で暮らせる程日本は甘く無いし。
僕は暫く倒木に腰掛けて佇んだ。暫くすると、ディップが隣にちょこんと座り、僕に寄り掛かってきた。何も話しかけてくるでもなく、ただ、ほんの少しだけ、僕に寄り添うように。
体は痛む。でも太陽は暖かく僕らを照らし、気持ちのいい風が吹き抜けていく。棚引く雲をのんびりと眺めた後、僕とディップは家に帰った。
小さな、今は二人の女性だけが住む崖の上の小さな家の裏手には、小さなお墓が二つ、ひっそりと海を臨む位置に建っている。片方の墓碑の表には『異邦人、五島健人 ここに眠る』と記されている。




