10話 メイドさんと退役
僕はそれなりの地位になった事で治めるべき土地というものを下賜しようという話をずっと貰っていたのだけれど、どうせずっと戦場にいるし、土地なんて貰っても管理も何も出来ないし、そもそも異邦人だから身内も紙袋さんしかいない。その紙袋さんだってずっと僕の隣にいる訳だからね。ああ、王様とか紙袋さんの兄弟とかお姉さん達とは縁を切ってます。だって、裏切り者だの誑かしてどうのって煩くて、紙袋さんももういいから無視しようとか言い出す始末だったし。紙袋さんのお母さんはもう他界してるそうだしね。という事で、結局のところは殆どお金や貴金属類、後は併呑した国の宝物庫に眠っていた名剣や魔法の品なんかを貰ってたりした。…時には亡国の美姫を、という話になったりしたんだけど、僕の背後霊の様に斜め後ろに立ってる事が多い紙袋さんの青筋を見て言い出した後に慌てて撤回する様な感じで、結局身の回りを世話してくれる小姓というか、メイドさんを一人拾った位だったりする。
メイドさんの名前はエレーナ。なんて事は無い、僕が将軍として攻めた街のスラムにいた子だった。気さくに話が出来るように見えて、幼い頃に拐かされて身代金を要求したのに払って貰えず、親にも誘拐犯にも捨てられた事で心の底からは人を信用する事ができないという子だった。
僕はどちらかといえば童顔だったりするし、着ている鎧も立派な将軍という感じでは無く、冒険者の格好だったりもしたせいか、街を落とした後に現場視察という事で街を歩いていたところに彼女に出会ったのだ。勿論、隣には紙袋さんもいたし、他の副官も一人簡易な格好でついて来てたりしてたんだけど。彼女は小汚い格好はしていたけれど、自分で身に付けた靴磨きや回復魔法を使ったサービスで自立しようと道端で商売をしていた。そこに地廻りが絡んだ所を助けた訳なんだけど、お礼に、と靴磨きをして貰ったのが出会った切っ掛けだった。一応、お礼とはいえ、道具箱の上に乗っていた木の板に書いてあった料金を払って、ありがとうと頭を撫でて去っただけなのだけれど、それが彼女にとっては新鮮だったらしい。実は、触れた相手の感情が何となくわかるらしい彼女には、大抵下卑た感情やら尊大な感じ、それにケチをつけようとしている感覚が伝わってきたりするらしいのだけれど、僕からは安堵とか、感謝の気持ちしか伝わって来なかったらしいのだ。それに、何かこう、懐かしむような感覚とかだったり。…まぁ、懐かしいという感情の出処として、靴磨きってのは小さい頃お父さんの靴とかをお母さんと一緒に磨いたりした事があったからなんだけどね。その後に僕が馬に乗って軍の隊列を先頭を切って行軍しているのを見てビックリしたんだとか。それで、僕の隊で一時的に現地採用した洗濯女の中に混じって僕に会いに来たりして、二十代の中頃の僕からすれば十代前半の彼女には特に性欲も湧かないというか紙袋さんに全部吸い取られているというか、そんな感じだったのも功を奏したのか、友達として仲良くなったんだよね。しかも、紙袋さんともしっかり仲良くなったりしたという事もあって、どうせ天下孤独の身の上みたいなものよねとメイドさんとして雇う事になったわけだったりする。
ちなみに、顔は十人並みとはいえ、気さくで僕について来始めてから栄養が充分に取れるようになったせいかしっかり育ってスタイルも紙袋さん並みに抜群になって来たおかげで、僕の部下で独身の連中からはアイドルみたいに扱われていたりする。…勘違いして突撃して玉砕する男達が絶えないのはお約束というものだろうか。
エレーナは軍に帯同している女性達からも人気があるおかげで、色々な情報を僕に教えてくれている。特にお願いしているわけでもないのだけれど、進んでやってくれてとても助かっていたりする。軍の中で湧き上がってきてる不満や好意的に思われている事をしっかり把握出来るのはかなりの利点だよね。エレーナルートから上がってきたお願いを叶えたりすることで、エレーナの軍の中での立場の向上と僕の下の隊の環境が改善されて働きが良くなったりとウィンウィンな状態だったりする。そういうこともあって、僕に話を通すならエレーナと紙袋さんを納得させてから、が僕の部下になって長い連中の共通認識になっていたりして、僕が将軍としてしなきゃならない仕事もかなり軽減されているのだ。おかげで気楽に仕事させて貰っているので、結果も出せて万々歳。
そう、結果を出しすぎたのだ、僕らは。
ボーゼスに適当に成果を押し付けて花を持たせながらも僕らがどんどん国を落として(武力だけじゃなくて、部下達の伝で交渉して無血開城なんてのもあったりする)、あっという間に南方諸国を平らげてしまった事で仕事が無くなったのである。大陸を統一して内部が落ち着いてしまえば、もう過剰な軍は要らないのは自明の理だったりするんだよね。だから、先手を打って惜しまれる内に辞めようと思った。内部が落ち着いてしまってからとか言ってると面倒ごとに巻き込まれそうだし、今ならまだ他の将軍達も手に入れた権力を失いたくないというか、これからだ、みたいに思ってるのが目に見えている間にさっさと抜けちゃおうとしたのだ。戦も落ち着いていないというかまだ数ヶ国を残してるとはいえ、正直残ってるのは小国ばかり。ボーゼスは今では全軍を統括する元帥とかいうお役目だけど、最悪彼の手腕があれば楽勝だろうしね。そんなこんなでボーゼスに僕と紙袋さんとエレーナの三人で辞表を提出しに行くと、予想通り、それはそれは渋い顔をされた。
「五島殿、正気か? これから起こるであろう大小の内戦に、貴兄の手腕を期待していたのだが。」
「いやいや、僕は唯の成り上がりですしね。それに、流れ流されて右も左も分からないままもう三十前ですし、オリビアなんか…いえ、ごめん、言わないから、叩かないで。」
「タケト様、デリカシーってものをですね、もう少しご理解されないと。」
「ごめんなさい。」
カカカ、とそのやりとりに笑ったボーゼスは、惜しいがしょうがあるまい、と大きな溜め息を吐いた。
「正直五島殿の代わりはおらんのだがな。もう十年もしたら儂の跡目でも継いでもらおうと思っておったのだが…。」
「いえいえ、僕は凡才ですよ。周りに優秀な人が揃ってたから助かってただけですから。」
「…そういう謙虚な所も良かったのだがな。それで、辞めてどうするのだ?」
僕は何処か海辺の暖かい街の外れにでも土地を買って、ダンジョンを攻略したりのんびり暮らしたりするつもりな事を伝えた。少々人相手の仕事をし過ぎた気がする、と。
ボーゼスはそうか、と頷いた。そして、ちょうどいい、と将軍を退く際に貴族位と海沿いの明光風靡な領地を下賜すると言ってきた。そして、部下から希望を募って領地経営すればいいともアドバイスをくれた。僕の隊は結束力の高さが有名で、家族の様な感じな隊だったからね。貴族ともなれば面倒な事もあるけれど、色々と参内しなきゃならない事もあるからそういったところで顔も合わせられてボーゼスとの縁も切れないから、という事らしい。将軍を退く、という事で年金も沢山出るらしい。領地からあがる税金は多少国に納める必要はあるらしいのだけれど、ボーゼスが僕の為にと頼んでみる土地ならば確実に利益の方が上回る筈らしい。
面倒な事もあるみたいだけど、ボーゼスは気持ちがいい武人な上に恩人と言っても良い位の人だからね。僕は貴族位と領地の下賜を了承して、隊へ戻って除隊に向けての作業を始めた。




