1話 転移、そして。
目の前で、人が死んだ。
薄暗い坑道の中、僕達は銀を掘っていた。崩落しないよう、支えとなる柱を入れながらコツコツと掘っていたのだけれど、奥にいた同僚が急に倒れたのだ。慌てて近くに居た人を呼び、僕は遠巻きに眺めてた。だって、ガスが発生してたのなら助けにいったら死んじゃうだろ? 案の定、助けに行った人も息を確認しようと屈んでたら倒れた。確定だね。
「オイ、何が起きてるんだ、呪いか!?」
「…ガスが出てるんじゃないかなー。」
「がす?何だそりゃ。…どうするよ、監督呼びに行くか?やべえだろ。」
「あそこの窪みの中はダメっぽいからさ、ちょっと遠目からロープかなんかで引っ掛けて引っ張ってやるしか無いんじゃない?」
近くに居た新入りが走って監督の元へと向かった。ロープかなんかで、って言ってもそんな物は監督に言わなきゃ出てこないって事もあるんだけど。僕の手元にはツルハシとスコップ、そして掘ったものを入れておくトロッコのようなものしか無い。灯りはヘルメットに一日分の魔力が込められたヘッドランプが一つ付いてるだけ。ついでに言えば、身につけているのはボロボロのシャツと大事なものが見えない程度に破れつつあるズボン。そして首から下げているドックタグのような身分証だけである。
ああ、要するに僕達がこんな格好なのは銀鉱山で働かされているって事なんだけどね。
◇◇◇◇◇
僕が鉱夫になったのは、もう直ぐ高校受験といった年の頃だった。受験勉強をしている夜中に小腹が空いて、気分転換も兼ねて親の目を盗んで近くのコンビニまで行こうと玄関を開けたら、そこは…といった感じで。見慣れた家の前の道路がただ踏み固められただけの土の街道になってれば、何事!?と足元を見るために一歩二歩踏み出してしまっても仕方ない。気がついて振り返れば我が家は無く、見慣れぬ土地にいた。サバイバルの経験も無く、喧嘩すらした事も無い。小銭は持っていても食料は持っていない。近くには街の灯りも見えず、僕は途方に呉れた。
それでも道なりに行けばどこかにつけるに違いないと歩き始めたは良いものの、眠気に耐えかねて街道沿いの木に寄りかかり、寒さに震えながらも仮眠を取った。…それがいけなかったのだろう、気が付けば周りをむさ苦しいなんか映画で見る様な革の鎧を着たおっさん達に囲まれ、剣の柄で小突かれて目覚めを迎えるという状況になってしまった。
「WKETEYIUOPKCLAE!@%!」
「え!?何!?」
「etl;’etrwl?」
「言葉がわかりません」
「…jhgrtsdw。」
僕を柄で小突いたおっさんが渋い顔をして周りにいた別のおっさんに何かを伝えると、いつの間に来てたのだろうか、馬車っぽいものに板を取りに行って帰ってきた。それを僕に突き出すと一番下の空欄を指差した。板だと思ったらバインダーみたいなもので、読めない言葉で色々書かれた紙が一枚、署名欄が空白で挟まれていた。
「名前、書くの?」
「;’lkjhbvgfrt。」
おっさんは署名欄をコツコツとペンのような物で突くと、それを僕に渡して来た。やっぱりそうか、とよく分からないけども名前を書くと、紙がパーっと発光した。どんな仕組みなの!?と驚いてると、その様子が面白かったのだろうか、おっさんが少し顔を緩めながらペンを回収し、僕の手を引っ張って立たせてくれた。…後から思えばそれは鉱夫になる契約のサインをしてしまったという事になるんだろうけど、そのままのたれ死ぬか鉱夫になるかの二択しか正直その時点では選択肢が無かったと思う。そういった意味では助かりこそすれ、恨んでは無いんだけどね。
僕は馬車の荷台で武装したおっさん達の中にぽつんと座らされ、最寄りの町に連れて行かれた。そこに待っていたのは現代の建物とは掛け離れたような石造りの建物が並ぶ町並みだった。とはいえ、街道沿いに道を挟むように数軒の建物があるだけで、僕は固くて不味いパンを一欠片渡され、その後はたった一日そこの建物の中で雑魚寝した後はすぐに鉱山に連れて行かれたということもあって、じっくり観察したり、町並みを眺めて歩くとかそういった事が出来た訳じゃ無かったりした。
◇◇◇◇◇
鉱山での一日は、朝の点呼から始まる。
真冬でも雪も降らない暖かい所にあるこの鉱山は、山の中の昔の坑道を利用して僕ら奴隷の住む場所を作っていて、下手するとというか僕の寝床なんかは自分で掘らされてそこに藁を敷き、一枚しか無い毛布を掛けて寝かされていたりする。奴隷になったとはいえ、何も取り上げられなかったこともあって、今でも塒の足元にはここに来た時に来ていた服やスニーカー、財布なんかが入った頭陀袋が一つ、転がっている。この頭陀袋もツルハシやら毛布やら何やらがまとめて入った、新人セットとでもいうものだろうか、それが入っていた袋だったりする。それ以外のものは何一つとして持ってないし、手に入れる機会もない。
閑話休題というか、そんな寝床から這い出して十人一組のセンパイ一人プラス同時期に入った九人で構成された班で全員揃ったのを確認すると、トロッコを引いてきた監督から班長が朝と昼のパンとスープを受け取る。受け取ったパンは朝のパンは食べつつ、残りは腰袋に水筒と共に入れて坑道へと持っていく。…まぁ、全部食べちゃって夜まで腹を空かせる奴もいるけど。
充電というか、魔法を込め直されたヘルメットにツルハシやらスコップやらを担いで昨日の続きを掘りに坑道を降りていく。太陽の光を浴びれるのは朝、塒から今掘っている場所へと移動するほんの少しの時間だけ。出る時はもう真っ暗になってるからね。最初は言葉も分からなくて何を言われてるのかもさっぱりだったから、班長からはだいぶ扱かれた。同期が何人か落盤や、朝起きたら死んでた、とかそういう感じで櫛の歯が欠けるかのように人が減っていく中で、僕と班長だけは病気一つせず、健康なままだった。二年も経てば使われている言葉くらいなら分かるようになり、三年目には意思疎通も問題無く出来るようになった。四年が終わり、センパイがある日突然いなくなって、監督からはアイツは卒業した、と言われた時からは他の班の班長として新人九人の面倒を見ることになった。
朝から掘り続け、昼間に飯を食う間だけ休憩を挟み、真っ暗になり、監督から今日の作業はもう終わりだ、と言われるまで働いた後は点呼をして班の人が全員いる事を確認した後、体を拭う水と布切れを少しもらい、晩飯を食べたら塒へと潜り込む。ヘルメットの灯りは魔法を込め直す為に回収され真っ暗な中、毎日ヘトヘトというか雑談をすることもあまり無い生活。それでも意思疎通まで出来るようになったのはセンパイのおかげかな。南無南無…。
というような日々をひたすら積み上げ、日本にいた頃の僅かな知識で危ない所に近付かずに切り抜けたり、偶然にも落盤に巻き込まれずに済んだある日、僕は仕事の後に監督から呼び出された。監督の部屋には初めて入ったけど、ベッドに机、ロッカーの様なものがあるだけでとてもシンプルだ。
「おう、タケト。今日も一日ご苦労。ところでお前、今日でここに来てから五年だ。」
「もうそんなに経ちましたか。」
「おう。で、だ。お前卒業な。」
「!?」
「卒業だよ。…なんだ、わかんねえか?」
「センパイが卒業、って聞いた時は死んだと思ったもので…。」
「ちげえよ!おめえな、契約する時に条件を見なかったのか?」
超強面の監督が怪訝な顔で僕を見上げる。いや、あの。
「僕、あの時文字なんて読めなかったもんで。まぁ、今も仕事で使う字くらいしか知りませんけど。」
「内容も確認しねえでサインしたのか!?」
「ええ、言葉もわかりませんで、武装したおっさん達に囲まれて、署名欄をコツコツされただけなもので。」
監督が頭を抱えた。
「バカヤロー、じゃあ、なんで自分がここに連れて来られたかも、給料の額も、年季も知らなかったってか!」
「…ええ。」
ブツブツと紹介者は誰だとか書類をめくる監督に掛ける言葉も無く、僕はその場で立ち尽くしていたけれど、どうやらこの穴倉暮らしはもう終わりのようだ。それでも一応気になったので、監督に聞いておこう。
「…あの、監督?見ず知らずの他人をこの場所に送るのって、どんな利点があってなんですかね? その時特に身ぐるみ剥がれたりもしなかったですし、単に仕事を紹介してあげるってだけじゃ利点が無さそうなんだけど…。」
「ああ、おめえ全然知らねえのか。…今までおめえの同僚がバカスカ死んでた様に、ここの仕事がかなりキツイ仕事なのは分かるな?」
「ええ。同じ日に連れて来られた人は十人以上いた様な気もしましたけど、気がついたら一人ですし。」
「本当はもう一人生きてんだけどな。そいつはもう二年年季が残ってやがる。まぁ、あの調子じゃあ生き延びるだろ。」
「うわ…。」
ああ、話が逸れかけたな、と監督は続ける。
「で、こんなキツイ仕事にゃあ好んでくる奴はいねえ。でも国としては貨幣にも他のものにも幅広く使われてる銀は掘らにゃならん。となるとだ、紹介するだけでもある程度の金額が紹介者に出る様になってんだ。そんで、キツくて危ない仕事で大体七割から八割の人間が体を壊したり事故で死ぬ。死んだら金は使えねえ。って事でよ、死んだ場合は紹介者に稼いだ額の一部から慰労金が払われる様になってる。」
「紹介者ボロ儲けじゃないですか。」
「ああ。この国じゃ、一般的な奴隷になるより鉱山奴隷になる方が嫌がられるくらいだがな、正直紹介料で即金になるわ、ほとんどの場合はかなりの額が後で手元に入るわで、盗賊達も農村部の口減しでも、鉱山送りにする方が選択されることが多いんだよ。まぁ、農村部の場合は元々農作業してて体力はあるしな、ここの方がマシな飯が食えるしってんで稼ぎに来る強者もいるがな。」
僕が浮かべた辟易した顔がツボに入ったのか、監督が笑ってるけど、怖い。人を殺しそうな笑顔なんですが。
「だはは、おめえならもう五年いけるんじゃねえか?大分慣れてきただろ。」
「出来ればもっと美味しいご飯が食べられる仕事に就きたいです…。」
「まぁ、この五年でおめえが稼いだ金額はよ、働かないでも四十年くれえは楽に暮らせる額だぞ?慎ましく暮らして持ち家があればって条件が付くがな。若くて体力があって、ってんで一番キツイとこに配属されたからな。」
「そ、そんなに!?」
「ああ。ハイリスクハイリターンだ。死ぬ率が高えからこその給料設定でよ、紹介者に少々行くったって殆どの人間はとっとと死んじまう訳だし、実質は対して払わねえでいいからな。こっちからすりゃあ諸経費全部入れてもだな、頭割で計算すると普通に働くよりもちょっと高えくれえしか払ってねえのと一緒だったりするんだ。
しかもだ、おめえらの飯とか、よっぽどダメになったら配給されてた服とかはよ、全部コッチ持ちだったからな。給料は生活費とか全く使わねえ状態で全額おめえの手元に来るんだ。」
生き残ったことで、あのおっさん達には最低限の儲け(紹介料のみ)しか発生させなかったって事だけは理解した。うん。
「つー事でよ、お前さんは卒業な。その身分証が銀行カードにもなってるからよ、街で銀行行って金引き落として使うといい。灯りを一時的に貸してやっからよ、荷物取って来な。」
「あ、はい。」
そうして僕は鉱山から解放された、んだけど。この世界に来てすぐこの鉱山に来ちゃったから、同期やセンパイと話したりした僅かな知識しかない僕は、一体どうやって今日から生きて行けばいいんだろうか。四十年持つ額って言ってたけど、拠点なんかないから実質はもっと短いだろうし、働かないとダメだろうしなぁ。