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第六話『予兆』

「んっ……朝かあ……んー」

 ゴキッ

「おうッ」

 眠れないと思っていたのに、いつの間にか寝てしまっていたようだ。本当に遠足前みたいで、嫌になる。

 今は10時、案外やればできるものである。いつもと違いさっさと布団から抜け出して、身支度を始める。

 洗面所で顔を見た。三百六十五日中、三百六十五日、年中無休で張り付いている顔に特に驚きはしないが、満足できる顔か? と聞かれたら、「微妙」と答えるだろう。

 悪くはないと思うが、良くもない。もうすこし目つきが良かったら……それは何度も思った。

 今はもう達観し始めているが、中学のときはそこまで割り切れず、いろいろ試した。

 何をしたのかは今はもう思い出したくない。

「ふう」

 あほらしい……僕は何をしているんだ、どうも変な日、やっぱりどこかで興奮しているようだ。

「ふああ」

 大きな欠伸を一つかまして、顔を洗った。まだまだ水は冷たいが、目を覚ます目的もかねているなら、それでいいのだろう。

 のんびりと部屋に戻ると、すぐさま服を着替えを始める。

 いつも着ているギターのプリントの赤い長そでのシャツに、その上から安っぽげな皮ジャンを着て、ジーパンをはく。

 ちなみにギターは弾けないし触った事もない、いままでずっと帰宅部。

 ついでに言うと、安っぽげな皮ジャンとはコージのいい分で、実際本当に安い。なんとなく言い返せないことが悔しい。

 着替え終わって、現在10時半、いつもならゲームの電源を付けているところだが、今日同じ事をしたら、時間を気にせずにしてしまいそう出怖い。だから、することがない。

珍しく暇だ。

「……」暇だな

「……」やっぱ暇だな

「グーー」そうか、お前も暇か。

「グーーー」腹減ったな。

 集合が1時だから、まだ2時間以上ある。すぐに家を出たら、飯を喰う時間は十二分にある。食堂なら確か朝から開いていたはず、腹は減っているし、ここは行くべきだろう。

 流に朝から会うのも……別に悪いことをしたわけではないんだけど、なんとなく気まずい。

 まあしかたない、最後にそう思って家を出た。

 トコトコと食堂まで歩く並木道には、相変わらず人気がなく、なぜか淋しい。

 自分がほわーっと肉体と切り離されて飛んで行くようなカンジがして、少し嫌な感じ。

 でもそのおかげか、すぐに食堂までの道のりがいつもよりだいぶ短く感じた。

 

 ガラガラガラとドアは、けたたましい音を立てる。

「いらっしゃい」

 流の声が聞こえる。

 やはり時間帯なのか、店内は空いていて、2、3人客が居る程度。

 昨日と同じ席に着くと、すぐに流が向かってくる。僕と目があうと、外へとずらす。

 いったいどうしたのか。二日連続で顔を合わせたから?

 僕も会いたいと思っているわけではないが、流のことは嫌いではない。むしろ好きなほうかもしれない、人間としてはだが。

 昨日、流が最後に言った言葉がすべての答え、でもそれを聞き逃した僕が流の気持ちになんて気付けるわけもなかった。

 誤魔かすように、やけに爽やかな笑みで流は言う。

 その笑顔は僕に不快な気持ちしか残さない、それがどうしてなのか、僕にはわからない。でもその笑顔が嫌いなことは確かだった。

「めずらしいわね。朝からここに来るなんて。たしか朝ご飯はいつも食べないって言ってなかったかしら」

 言葉にもやけに棘がある気がする。

「……ああ、いつもはな。でも今日はな、特別な日なんだよ」

「へー初めて聞いた。珍しいこともあるわね」

「さあ、どこが珍しいんだ?」

 僕が首を傾げると、質問をされた流も首を傾げた。

「うーん、どこがだろ? わかんないけど、なんかそう思ったのよ」

 なぜか今日流はぎこちない。本当にどうしたのだろう?

「ふふっ」

 心配をよそに流は突然笑い出す。今日は本当におかしい。

「なんで笑うん……だ?」

 流の笑顔を見た瞬間、口が動かなくなった。その微笑みはさっきみた爽やかなものとは違って、とても綺麗だった。初めて流の顔をこんなにしっかりと見たと思う。

 しかしなぜか既視感がある。いつ見たのだろうか、こんな笑顔を、そしてどうして忘れたのか。僕がいつだったか思い出すよりも早く、流は次の言葉を紡いだ。

「読人は変わらないわね……ごめん、今日、私どこかおかしいみたい。どうしたんだろ?」

 流は目を赤くしていた、僕に悟られないように顔を少しだけ俯けて。

 いつの間にか既視感がどうかなんて、どうでもよくなっていた。

「あ……流?」

 呂律もうまく回らないし、何をいえばいいかすらわからない。頭にはカッカッカッカと血が昇る。

「そう言えば朝食を食べに来てたのよね。洋食と和食どっちにする?」

 流は、食堂に来たばかりのものよりは大分マシとはいえ、僕の嫌いなさわやかな笑顔を顔にはりつけていた。

「……和食。納豆抜きで。」

 泣いていたのは僕の気のせいだったのか? 僕はそんなことを考えて勝手に納得した。

 納得したかった自分を満たすただの自己満足だった。

「わかった。じゃあ伝えてくる」

 そういって流は厨房の方へスタスタと歩いていく。

 再び流がお盆をもって現れるまで、流が見せた笑顔と少しの泣き顔で、僕は不覚にもいっぱいいっぱいであるのは言うまでもない。

「お待たせ」

 お盆にのせた朝食を机におくと、すぐに厨房へ下がる。

 客は俺一人なのに、どうして昨日みたいに俺の前に座らないのか。不思議に思ったが尋ねはしない。もし聞いたら僕が流にいてほしいみたいだから。

 それでも僕は朝食を食べながら、顔を合わしたくないはずの流がいないと、調子が狂うことに気づいて、どうしてそんなことになるのか不思議に思った、朝食を食べ終わった頃にはすっかりそんな気持ちもどこかへ消えていたのだけど。

 食べ終わると、僕はいつものように流に料金を払って店を出た。

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