第五十九話『世界の秘密』
「じゃあどこから話せばいいのかしら……そうね。予備知識はあるはずだし、おおよそ気付いてるとは思うけど……、ここは、というよりこの世界が何かってところからはじめようかしら。あまり自慢にもならないのだけれど、ここは私の世界」
咲はまわりに浮かぶ多くの時計のオブジェクトに目を向け、どこか疲れたように言った。
「正確には現実の世界における、焦点を私に当てた世界ってことになるのかしら?」
咲がちらりと優羅を見る。
「そこでわたし? 急に言われても分かんないんだけど……、せめて修羅モード? のときに聞いてくれれば、もっと気の聞いたことを言えるけど……」
「別に気のきいたことは言ってほしいわけじゃないのだけれど……。うー……貴方の状況もあまり理解できていないのも、困りものよね……」
「あんまり深く考えられると、なんていうのか、私の中の罪悪感がふつふつと湧いてきちゃうんだけど……」
優羅がなぜか気まずそうにぽりぽりと頭を掻いている。
「ははは、ほんとは大体なら私にもわかるというか……。本当に二重人格ってわけじゃないし……、強いて言うなら、物に対する観点が違うってもんだし、えっ……ね」
咲の顔を見た優羅がビクンと跳ねた。
「えっとおー……――ごめんなさい? とにかく睨まないでほしいなーなんて……。私が悪うございますから」
優羅を睨んでいた咲がふぅと息を吐き、視線を和らげる。
「……いや、でもねっ、私がめんどいことには変わりないんだよ。修羅のときなら、そうめんどくも感じないかもしんないけど」
「……で?」
咲は再び元の表情でじっと優羅を見る。
「えっ、いやまあ、だから、やっぱごめんなさいというか、なんというか。反省してるから許して下さい的な……、あは、アハハハ……」
ちらちらと僕の方を見ているが、知らないふりをする。どうせ、とばっちりを食うのは僕なのだ。
「そ、それよりさ、本題、本題、えっと、この世界は何かってことだよね、確か。読人も早く知りたいでしょ」
「ああ……まあ……」
とにかくそれも事実には違いなく、あいまいに返事をした。
「もういいわ、もともと怒ってないし、からかってただけだし。それで、私の言ったとおりであってるの?」
「あ~まあ大体はあってるけど……正確には少し違うかなあ……、焦点を当てたってわけじゃなくて、この世界はあくまで咲という存在の中にある世界だから、いやまあ咲の世界である以上、咲に焦点があたってるってのも間違いじゃないけど……」
頭の中でただの知識として残っていた情報が優羅の言葉でつながった。
「えっと確信もないし、どこまで正しいのかよくわかんないんだけど。つまりここは三次元の世界で咲の存在と同じ座標にあって、しかし重ならないところ……なのか」
「そういうこと、つまるところ、縦横高さ以外の四つ目の異なる世界ってことよ」
ただ咲は渋い顔をして首をかしげている。
「咲、べつに精神世界ってことで問題ないよ? ただここが現実で、怪我をすれば残るってことだけ分かってくれれば」
「……いいわよいいわよ、じゃあ続きは私が話すから、しっかり聞いておくのよ」
少しふてくされて咲が話し始める。
「はいはい、まったく咲が話せって言ったくせに……」
「スキャナもあんまり余計なことは言わないほうがいいんじゃ……」
「『はい』は一回! 読人もしっかりと聞いているのよ」
「俺、とばっちりのような……いやまあいいけどさ」
幸いなことにその声は咲に届かなかったみたいだ。
「とにかくここは私の世界なの、まあそれはいいのよ、大事なのは、なんでここに来る必要があったかってこと。……それだけ今から話すことが危険だってこと」
「ま、少し大げさかもしんないけど、これ以上に盗聴される危険のない場所なんてないし、組織を裏切るにはこれくらいはしないとね」
いつもの緩い調子で優羅が言う。
「裏切る……」
その言葉を咲は反芻して、どこか落ち着いた様子で、
「そう、裏切るんだから」
それでいてなぜか笑顔で、そして話し始めた。
「――組織と、水野さんには隠していることがある。一方は利用しやすいように、一方は意地を張るために」
組織についての思惑は分からない。だけど、確かに最後のあのときの彼女は何かを抱えていた。
「どっちが悪いとは言うつもりはないのよ。だけど、私はあなたが決めるべきだと思うのよ。例え何がどうなるかにしても、貴方の決断なら私は信じることができるから」
「……それはもちろん咲が読人に惚れ――」
すぱーんと音がして、優羅は最後まで話せない。
「――だから昔話の舞台裏を少し話しましょうか」
テストやらレポートやらで投稿に時間がかかってしまいました。
いやもともと投稿は大分遅いんですが……、とりあえず頑張ります。