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第五十四話『前置きとして』

「ふふふっ」

 隣を歩く流が不意に、でも幸せそうに笑った。

「どうした? お前、やっぱ今日どっかおかしいな……」

 本当は『今日の彼女』以外を紙の上でしか知らない。そのことにどこかチクリとした傷みを感じる。

「別におかしくなんて……。すこし、くだらない意地を貼ってたなって馬鹿らしくなっただけ。まったく、どうして――」

 なぜか僕は何も言葉を返せない。

「なにしんみりしちゃってんのよ ……これじゃいけないでしょ。読人は私に憎まれ口を叩かなきゃ……そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ……」

 

「行こうぜ、今日は行きたいところがあるんだろう」

 明らかにどこかおかしい彼女にすら、僕はそんな言葉で言葉を遮っていた。

「うん、そうだ……ごめん。ちょっと疲れてるのかな、……うん行こう、もう大丈夫」


 流に連れて行かれたのは特別な場所じゃなくて、近所のそれなりに新しい、何度も来たこともあるだろうショッピングモールだった。

 もしここで流と特別な思い出があったとしても僕は覚えていない。

 でも、何かあるわけでもなくて、流がは言うにはいつも通りに、店を回り、調子を取り戻した様子の流は

「バイトが最近忙しくて、なかなかこっちの方まで足を延ばす機会もなかったし、それに今日の思いつきだったから、なかなか暇な奴もいなかったのよ」

 なんて理由《言い訳》を話した。

 彼女をおかしく感じたことも気のせいだと思い始めてきた、夕暮れ、めぼしい店はあらかた見て回り終えた。

「ああっ、もうこんな時間。もうそろそろ帰らなくちゃ」

 帰りたくない、そんなニュアンスに聞こえた。気付かないふりで携帯で時間を見る。

「ん、そうだ。そろそろ帰ったほうがいいか、日が暮れるのは早いしな」

「……こんな言い方じゃ、ずるいよね」

「所詮読人だし、そんなことも思わない……か。でもさ、はっきり口に出したら、読人は困る?」

 わけがわからない……、それでも流は僕に答えを求めて、当然答えなんて僕が持っているわけもなくて、だから流は勝手に自己完結させる。

「ふふ、大丈夫。きっと……、今は気にしないでも。そのとき隣にだれがいるのか……。なんて私らしくない」

 流の声は小さく、いまいち聞き取れない。

「……意味深に言ってみたりして……、読人のいうとおり、今日は私、どこかおかしいのかも。もう帰ったほうがいいのかも。ふふ、でも、まだ帰る気なんてないわよ」

「……いやまあ、それはいいけどさ。でも全部見て回ったんじゃ……、もう行くとこ残ってないだろ?」

「あ〜わかってない……。どこに行くのかが、大事なんじゃないでしょ? 誰といくかでしょう」

「お前分かって話してる? それじゃ……俺と来てることが大事だってことになるんだが」

 照れ隠しに、そんなことを言うと、彼女は否定せず真っ赤な顔になって。

「ふ、ふん読人にしては鋭いじゃない。そ、そういうことよ……」

 なんて言って俯いた。

「え……えっと……あ〜うん、えっと」

 僕もそんな反応をさせるために言ったわけじゃなお、だからどうしていいか分からなくなって……。もしかして流にしてやられた、なんて思ったりした。

 でもそれにしては流の顔はゆでダコみたいに真っ赤だ。

「こほん、えっとさ、それで言いたいことがあるのよ。今日のしめくくりというか……。あんまりこんな真面目な感じで話したことないし、どう言ったらいいかわからないんだけど、でも言わないと『終れない』の」

 彼女の声の変化に僕は気付かず、次の言葉を僕は促す。

「あ、うん。なんだ? 早く言えよ、聞いてやるから」

「……とにかくここじゃね。だからさ、ついてきてよ。最後にさ、そこではっきりさせよう」

 振り向いて彼女は歩き始める。

「待て、そこってどこだ」

「大丈夫ついてきたら、分かるよそんな遠い場所じゃないし」

 言われるままに流について辿りついたのは、何の変哲もない近くの公園だった。

 幼い頃から遊んだ、関係が変わってからも、記憶がなくなってからも、何度も訪れた、そういえば特別なのかもしれない場所で。

 でも今はそのことすらも、僕の頭の中に情報としてあるだけで、僕の経験としてはない。

 先を歩く、流の表情は見えず、ただなぜかその背中だけが寂しかった。

 公園の真ん中の噴水の前で、流がくるりと振り返る。

「うん、ここでいい……、あのさ――読人……ごめん」

 決意した様子で、彼女は僕に謝罪する。

「何がだ? そんないいなり、らしくない」

「やっぱ優しいんだ、でも――ごめんね、でも、知ってるんだよ、全部さ」

「はぁ何がだ、全部って……。勝手に納得すんなよ」

 聞き返した時点でうっすら気付いていたのかもしれない、気付きたくなかっただけなのかもしれない。

「読人の今の状況よ。――また記憶を無くしたことも、どうしてそうなったのかも――全部」

 言葉はあまりに乾いていた。

「そう…… 知ってたのか。じゃあどうして、知らないふりを……」

 言葉は届かない。

「ふふふふふっ、やっぱだめだったのよ。あんなのを残しておいたのが……。例えそれが『前のあなた』の意志だったとしても」

「どういうことだ? 何が言いたい。そんなんじゃ分からない、わかるように話せよ」

「言えないよ……、近づかせないためにも……さ。ねえ読人、一つだけでいいから聞いてほしいんだよ、ひねくれ者の私が、今だけは素直に言うから」

「ああ」

「あのさ――」

 晴れていたはずの空は既に曇り始めていた。

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