第四十七話『帳尻合わせ』
「これが私の知っていることだ」
優羅の語った過去は僕の想像をまるで超えている。
僕は、僕は元学者の親殺しで、一度その記憶を失って、そしてそれ以降の記憶も今回の記憶喪失で失ってしまったらしい。
「これ、マジ? えっこれマジにマジなんだよな??」
一緒に話を聞いたコージが不安そうに、僕に問いかける。
「……さあ、どうだろう? 俺が忘れたことだしな」
いくら冷静に考えても、それが事実であることは明らかで、少し前に梅が埋もれていた資料と内容は符合する。ひとつひとつは偽造のできる情報でも、その情報量が真実を証明していた。
「……そういや昔言ってたわ、昔記憶喪失になったって……、あんときはなんかそういうのにあこがれる年頃なんかな、って聞き流したけど……」
「そういえば咲、お前は読人から聞いていたんだろう?」
優羅の言葉にこくんとうなづいた咲は、一度爆発してから余計静かになってしまっている。
「そういうことだ。ま、最終的にこの真偽を定めるのは君以外の誰でもないのだが、とにかく、大まかな話はこんなところだ。情報元も君自身……言っても二回記憶失う前の君らしくない君だが」
なぜ忘れたのかそれは知らない。でも何を忘れたのかはとっくに分かっている。
『人』そのキーワードを含むものを僕は忘れたのだ。
「……気になることがあるんだけど」
コージが不意に優羅に話す。
「ん……何だ? 何かあるなら言ってくれ、そのために君に来てもらったんだ」
「いやそんな大したことじゃなくて、たぶん気付いてるだろうけど。読人の記憶喪失の、その一回目のやつ、その前と後、両方に水野の名前があるんだけど……? しかも記憶喪失の前とか彼女とか書いてるし」
「ああ……それか。それは本当だ、彼女は記憶喪失前後の両方に親しい唯一の人物になる。当然ここに来てもらいたかったんだが、それは少し事情があってな」
コージと僕が首をかしげる。
「私も詳しいことは知らないのだが……組織と彼女の間には契約があるらしい」
「ふーん……」
コージは聞いといてそれでいて興味なさそうに頷いた。
「割り込んでスマンかった、やっぱ仲が良いとは思ってたけど、そうだったんだな……。うーんでも、記憶を無くしてから、向こうは読人に忘れられてたのか……、……それで読人は何を忘れたんだ?」
コージは、少しだけ遠い目をするがすぐに何もなかったように元の顔に戻った。
「……それは、簡単にいえば『人』だ。自分も含めて人の係わる記憶」
出来るだけ何もなさそうに話したつもりだったが、優羅は悲しそうな顔を浮かべて頭を伏せた。気にするな、そんなニュアンスを乗せて僕はできるだけに笑う。
「そうですよ、梅の師匠ならきっと大丈夫ですよ」
梅がなぜか偉そうに無い胸を張る。
「そうだな……」
優羅もつられるように、悲しそうな顔をやめて、ふっと笑った。
「……今日はここまでよね」
ずっと黙っていた咲が唐突に声を上げた。
「時間も遅いし、それに読人のこれからについても話さなきゃなんないんでしょう」
彼女は何かふっきれたようだが、なぜか目が座っていた。
「そうだ……な、時間も時間だ。コージ、また呼ぶことになると思うがそれでもいいか?」
「ん、おっけーおっけー」
コージは軽く返事をする。
「ならここまでだ。梅も次の時も頼む」
「師匠の為なら、なんのそのですよ。……それよりも最後まで呼び名は梅なんですね……、まああきらめもついてますけど」
優羅は大して気にした様子もなく、僕の方を向く。
「たぶん部屋の場所は知ってるのだろうが、『人』全てを忘れたなら、それがどんな場所かは知らないのだろう?」
少しだけさびしい笑顔を優羅は浮かべ、同時に咲が唇を噛む。
「じゃあ、とりあえず解散か、読人、君は今日で退院していいそうだ。じゃあ帰ろうか。コージも外に出るまでは一緒に行ったほうがいいぞ、ここは見た目よりもずっと、ややこしい構造をしているからな」
「一緒に帰る?」
僕がそう聞くと、優羅はきょとんとした顔を一瞬浮かべ、すぐになるほどといった顔を浮かべた。
「ま、それもおいおいにな。ひどく最近のことだったからそこまで話してなかったな、とりあえずついてくればわかる」
「読人、どういうことだーっ?」
コージはひどく怒っているが、自分も状況はつかめていない。
「今日はやめてやれ」
優羅がそう言うと、しぶしぶコージは引き下がる。
「梅はどうする?」
「師匠はそこに居るんですよね。なら、私も……行きますですよ」
むっすーっと梅は言う。
「……部屋はあるし大丈夫か」
優羅が視線をやると、咲がうなづく。
そうして部屋を後にした。