第四十六話『始まる前』
「ごごご、ごめん」
跳ねるように飛び起きて、倒れたままの梅に手を差し出す。心臓はバクバクと高鳴っていた。
「そそそ、そんな手を煩わせるようなことできません。私なんて、適当に転がっていればいいんです」
そう言って手をとらず、起き上がるどころか目をつぶって、もだえながらごろごろ転がり始め、リスのように膨れていた咲は、それを見て、なぜかぷるぷると震え……
「あーもうッ! 落ち込む暇もない。そもそもデレデレしすぎなのよ!」
――吠えた。
「……咲さん? ……えっとどういう――」
言い終えるより早く、再び咲が吠える。
「だから咲って呼びなさいって言ったでしょうッ!」
記憶を失ってから、初めて声を聞いたが、それも彼女には関係ない。
助けを求めて優羅を見ても、彼女は呆れたように顔を動かすだけだし、コージはポカンと口を開けたまま固まっていて、梅はいまだに悶えている。
「何きょろきょろしてるの」
ぎろりと睨むが、だんだん彼女の顔は俯いていく。
「……どうして……忘れたの……よ」
勢いが目に見えて落ちた。
「ごめん」
忘れた自分が悔しい、謝るしかできない。
彼女の震える体は目に焼きついた。
「…………ごめんなさい。謝らせたいわけじゃないの……、私はもう二度と――」
いつの間に側に来たのか、優羅が咲の肩に手を乗せると、ただ一言だけ話す。
「言わなくていい……」
ただそれだけで咲は微笑んだ。
「読人、悪いが今は聞かないでくれるか?」
ただうなずくと、優羅は
「そうか」
と言って笑う。
「さあ梅ッ! 悶えてないでさっさと始めるぞ」
優羅がパンパンと手をたたくと、くねくね悶えていた梅がビクンと一回跳ね、真っ赤な顔で起き上がった。
「梅じゃないです、小谷です」
服についたホコリを払いながら、一度終わった問答をまた繰り返す。
「さきほど呼んでいい……むしろ呼んでくださいと言っていただろう?」
「あれは師匠だけです。貴方に呼んでもいいとは言ってません、むしろ師匠以外は絶対にだめなのです」
えっへん僕に目配せして、梅は顔を赤らめる、コージはそれを見ていじけた。
「読人、最近モテモテすぎるよなあ」
それを聞いて咲と優羅が大きくうなずく。
「それはそうだ」
優羅はくっくっくと笑うが、すぐに真面目な顔になる。
「……だがいい加減本題に戻るぞ、時間も有限なんだ、それに読人も何も知らないというのは居心地が悪いだろう?」
「ほら梅、師匠も頷いているだろう?」
確かにと頷く僕を見てから優羅は言った。
「梅は初めからそのつもりでした! 勝手に私のせいで話が遅れているみたいに言わないで下さい」
それで合っている気もするのだが、梅はなぜか僕の方をじっと見ていて、うなづくとめんどいことになる予感をひしひしと感じて答えを濁す。
「誰もそんなこと言ってないだろう?」
見かねた優羅がそう言うと、梅は満足そうに指をパチンと鳴らす。
それを合図にして紙の山の麓、一番梅に近い一枚がひらひらと風もない部屋で揺れ始め、水の波紋が広がるように他の紙も揺れ始める。
「えっ……」
コージの驚く声が聞こえる。
紙の揺れは益々大きく、そしてその範囲を広げ――
パチン、次の梅の指を弾く音で、紙は地を這うようにして動きはじめる。
まるで意志を持った生き物のように、それぞれがそれぞれの場所へ動き、そして止まる。全ての紙が止まった後それらは一つの直線となっていた。
「そっちから順に古いデータでそこから先が本人以外のデータになるです……って、師匠? どうしましたです? 梅の顔に何かついてます?」
僕がよほど驚いた顔をしていたのか、梅はそう言って自分の顔を白衣の袖でこすっていた。
「いや……」
「――梅の『個人』は『人形劇』という。簡単にいえば無機物を生物とするモノだ。今回来てもらったのも彼女のそのチカラが君の情報を整理するのに有益だったからだ」
僕とコージの様子を見て、優羅は説明をしてくれる。
「ああそうです、師匠はキオクソーシツなんでした。そうですそうです、それで梅も呼ばれたんでした。ま、失踪に比べれば会えるだけいいってもんです」
嬉しそうに梅は話したが、その中にある『失踪』という言葉は違和感を隠しきれない。
「失踪……?」
疑問を優羅に投げかける。
「ああこれも難しい…………話せないのでなく、今はまだお前はきっと信じられない」
僕が首をかしげると、優羅は困った顔をした。
「とにかく近いうち、早ければ今日中に話せるはずだ。だから始めよう、君の昔話を」
後書きといってもあんまり書くことがなかったり……。
みんな後書きどうやって書いてるんでしょう?
いつも書こうとするんですが、毎回愚痴ってるだけのような気がします。