第四十五話『進まない話』
「で、俺らは友だちになったわけ」
優羅の提案で、目的の部屋までの道のりの間コージは自分との出会いを語っていた。
「でもなんかあれだ――照れるもんだな」
コージは頭を掻く。
「でも、話すつっても本人なんだよなあ……」
コージと並んで歩く、前には修羅と咲も並んで歩いているが、廊下にはコージの声と、たまに自身の相槌が聞こえるだけで、それが少しさびしかった。
「んー次どうしよ? 読人といえば、とりあえず『流』のこと話せばいいのか? お前が何を忘れて、何を覚えてんのかイマイチよく分かんねえから…………あんまあてになんねえんだけど――」
不意に足が止まった――しかし止めたのではなく、止めさせられた。
「『流』……?」
口に出しても分からないのに、その言葉は蜘蛛の糸のように巻きついて、ずっと頭の中で響く。
「……おーい、読人ーッ!」
耳元で叫ばれて、はっとなるくらいにその言葉には『何か』ある。
「…………ああ、悪い。ちょっと呆けてた」
それでも今は考えを打ち切る、今の自分にわかることではなかった。
気付くと、廊下に並んだ内の一つの扉の前で優羅が立ち止まっていた。
「もう、ついた。続きは中に入ってからだ」
ポケットから免許証のようなカードを取り出し扉近くの壁に通すと、無音でスムーズに扉は開く。
広い……。
部屋に入って一番に思ったのそれだった。中は変哲もない会議室のような場所に、ロのような形に長机が並べられている。大きさからいえば、二十人以上がゆうに入れるスペースがある。
その真ん中に乱雑に書類が山になっている。
「適当に座ってくれ」
咲、優羅、僕、コージの順で席に着くが、優羅はきょろきょろと周りを見回していた。
「――手伝いを頼んだやつがいるはずなんだが……」
しかし、部屋には連なってやってきた四人以外誰もいない。
確認すると、優羅は携帯電話を取り出して、ぽちぽちとボタンを押し始める。
なぜか紙の山からピリリリリッと音が鳴った。
部屋に居るほとんどがびくんと跳ねるのだが、優羅だけは平然と携帯をしまって、とことこと紙の山の前まで動くと紙の山を動かし始めた。
「読人、コージ。おまえたちも手伝ってくれ」
コージも僕も言われるままに、紙の山を隣にどけていく。
紙の表紙には小学校の名前だったり、町の名前や旅館のパンフレットなど脈絡のないさまざまなものがあるが、もともと自分は物知りだったのか、思い出はないが、全てが知識にあった。
「うっ……ううっ……」
紙の山が少しずつ隣に移ると山の中から小さな呻き声が漏れ始めた。
そして山が完全に無くなると、気を失った小柄な女性が出てきた。
白衣を着た、細いメガネをかけたみつ編みの、大雑把にいえば委員長のような風貌、しかしいかんせん紙の山に半分埋もれては委員長には見えなかった。
「……うう……む? むむむ??」
意識をとり戻した女は紙を大雑把に払い、むくっと起き上がり、メガネをかけたまま目をこする。
「梅……、なんでそんなところで寝てるんだ?」
優羅が呼び掛けて溜息をついた。
「梅じゃないです……小谷です」
まだ立ち上がれないまま、梅と呼ばれた女性は的外れにしか思えない返事をする。
「いや、おまえは小谷梅だろう? それより、もう連れてきたぞ」
優羅は俺を一瞥して、また梅と呼ばれた女性を見る。
「だから梅って呼ばれるのは嫌なんです……よ? およ…………よ?」
最後が疑問形に跳ね上がり、梅は立ちあがって、なぜか僕に向かって敬礼する。
よくよく見ると彼女からは尊敬の眼差しが向けられていることに気づく。
「えっと小谷さん? もしかして知り合いだったりします?」
「もッもちろんです。読人さんは偉大な大先輩、いや大先生、師匠といっても過言ではないです。小谷なんて呼ばず、以前どおり梅とお呼びください」
下ろした敬礼を再びビシッと決め、ものすごい勢いで頭を下げて、手を前に出す。
「ぜひ握手をお願いしますッ!!」
どうしたもんかと近くにいる優羅を視るが、やればいいんじゃないと目が告げていた。
「はあ……」
よく状況を飲み込めていないが、とりあえず手を取ろうと一歩踏み出す。
「あっ……」
踏み出した足の下には紙があった。足を下ろす前に認識したが、踏み出した足は止まらない。
紙を踏んだ足はずるりと滑り、その勢いで体は前に飛び出し、手を突き出した梅にぶつかる。
「くそっ……」
とっさに手を床について、なんとか梅を押しつぶすことだけは避けたが、これでは僕が梅を押し倒したようにしか見えない。
「貴方になら何をされても構いませんから」
なぜか梅は手を胸に重ね、頬を染めて目をきゅっと閉じた。
「あはは……」
僕は上半身を起こして、周りを見る。
コージはにやにやと笑い、優羅は冷ややかな視線を送ってくる。それにずっと俯いていたはずの少女すら、なぜか頬を膨らませ、まるでリスみたくなって怒っている。
それを見ると、なんとなく記憶を取り戻すまでに、まだまだかかりそうな気がした。