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第三十七話『嘘』

「そして僕は自分を楔にして超越者のチカラを封じたわけです。意識が戻ったのはきっと父のおかげだったのでしょう。しかし、戻った意識もいつまで持つかわからなかった。だからそのとき僕はチカラを封じたんです、幸い暴走の影響で精神力は回復してましたから」

 無感情にそう話して、彼の昔話は終わった。

「……」

 スキャナは何かを呑みこんで、無意識に左肩を押えていた。

「こんなところですかね、僕のくだらない昔話は。それで何か質問はあります?」

「あっ……うん」

 スキャナは、はっとした様子で左肩から手を離して、平常を装う。

「うーん、いろいろとききたいことはたくさんあるんだけど……すごく気になったのは、どうしてイマかれがボウソウしてるのかってこと、イマキミが『個人』をふうじてるなら、カレはボウソウしないはずでしょ? あとはキミがキミジシンをクサビにしていじょう、イマそとでアバレているのはダレなのかってことかな。まあ一番の質問はどうやれば読人が個人を使えるようになるかってところにもどるんだけど」

 幼い読人は腕を組んだ。

「はい、まあ、いい質問です、八十点くらいですかね」

 困ったような表情で居て、少年はうれしそうだった。

「とりあえず『今暴れてるのは誰か』ってところから、簡単にいうとあれは偶然の産物みたいなものです」

「グウゼン……?」

「そう、彼は僕が封じられたことによって生じたノイズみたいなものです。おっとまあそのおかげで、僕も今生きれていられるわけなんですが、封印の目的が僕が死ぬである以上、それも邪魔なだけで、加えて何の手違いか意識体も二人できてしまったようですし」

 少年は笑った、相対的にスキャナの表情は暗い。

 その表情のままスキャナは言う。

「そもそも、しぬことがモクテキなら、どうしてフウインしたの……? ヒドイいいかたなのはわかってるけど、メンドウなことしないで、チカラすべてでジサツすればよかったんじゃないの?」

「ええそうですよ。でも、意味ならきちんとあるんです。僕は封印という過程を経ないと死ねなかったんです」

 そこまで言って少年は首を傾げる。

「うーん、口で言ってもわかりませんよね。まああんまりきちんとした説明もできてませんけど……、でもこれは見ないことには分からないでしょうし。――うんそうです、その時をもう一度再現するなんてどうでしょう。ここは良くも悪くも精神界ですから、チカラもなんとか使えますし」

 スキャナの返事も待たずして、少年は立ち上った。

 その右手にはいつの間にかシロクロの読人が使っていた大剣が握られていた。

「一応の痛覚もあるわけですし、一度っきりですからよく見ていてくださいよ」

 少年は大剣を掲げる。

 その行動に、なぜかスキャナはぞっとする。ギラリと光る剣への恐れなのだろうか。

 それに対して少年にその恐れはなく、日常の一コマのように手に持った剣をゆっくりと振り上げる。

 撃鉄を上げる動作、スキャナにはそれと目的を同じくする動作に見えた。

 そして少年は何の躊躇なく、感慨もなく、無感情に、冷徹に、容赦なく、引き金を引くのだ。

 ――銃口が自分の左手首を向いているにもかかわらず、それを当然知っていて。

 弾が出る代わりに真っ直ぐに剣が振り下ろされた。

 ズシャッ!

 剣は余程切れ味がいいのか、皮膚を切り裂き、肉を切り裂き、骨すら呆気なく切り裂く。

 生理的に少年はビクンッと全身を引きつらせ、痛みで顔を歪め、だらだらと汗を流す。

 同時にボトンという『何か』が落ちた音、一テンポ遅れに狼狽したスキャナの声と液体の滴る音があった。


「さすがに……痛いものです」

 五体不満足になってしまった少年は、額に汗を流しながら、それでも他人事のようにそう呟く。

「スキャナさん? 目をそらさずにきちんと見ていてください」

 スキャナは吐き気を抑えているのか口を押さえて、それでも少年を見る。

 ――それはまるで、植物が育つ様子を早送りで見ているようだった。

 枝のように、骨が伸びそれに引っ張られるように筋肉も生える。ツタが枝に絡まっていくように細い血管が赤い腕に巻きついて、数秒後には何もなかったように左手は元どおり。

 真っ赤に染まった地面と、落ちた『何か』だけしか、過去を示さない。

「まあそういうことです。暴走している間は僕は死ねないんです、だって勝手に治るんですから。このチカラがある限り気絶もできません、だから封じるしかなかったんですよ。そうすれば、『個人』は封じられ、もぬけになった僕も死ぬでしょう?」

 少年は何の気なしに自分の一部だったものを蹴とばし、何の気なしにスキャナの前をうろうろと動く。

 スキャナはその時ベンチに座って俯いていた。


『死ぬでしょう?』

 その言葉だけがスキャナの中で何回も、何回も響いている。

 響きと一緒にわけのわからない言葉が頭を駆け巡っていた。


 死ぬことはただの結果?

 死ぬことは望み?

 死にたくて死ぬ?

 死ぬべきが幸せ?

 死ねば殺さなくて済む?

 死ぬことが守ること?

 死ねば守れるの?

 死んでまで何を守るの?

 死んで何を恨めばいい?

 死ぬしかない?

 死ぬのはどうして? 

 死を恨めばいい?

 死の原因は何?

 死はこのチカラ?

 死を生むのは超越者?

 死んだから殺したい?

 死にたいのは殺したいから?


 チガう。殺したいから殺すんだ。

 

 スキャナははっと気付いた、それがなんなのか。気づいたら黙っていられなかった。

「どうして……『しにたい』……の?」

 スキャナは震える声で尋ねる。


「……死ななきゃ殺すからですよ」

 何も嘘のない、まっさらな笑みで、少年は答えた。

 

 スキャナは遠い日の咲を思い出す。

 ズタズタに壊れて、無くしたものを悔いて、無くした理由をも探す。

 少年もそうだったのか? この捕らわれた世界でたった一人で責められていたのか。

「でも……」

 光景を思い出したことを強く否定して、それを言葉にする。

「ちがう……あのコはこわれたとおもっているだけ。ホントウはなにもこわれていないのに、ただセキニンをかんじてるだけなのに、それをジブンがこわれたとおもってる。ジブンのしてしまったことをジブンでシマツしたくて、あせってる――それだけ。カノジョはダレもこわさないで、こわしたセキニンをとろうともがいてる」

 スキャナが咲といる理由。

 だからスキャナは同じような経験をして、最悪の解答をした少年を肯定できなかった。

 だからはっきりとスキャナは言いきるのだ。

「だからキミとはちがう、キミはもうこわれてる」

「……ええ知っていますよ、僕は壊れています。君に言われるまでもない」

 少年は当然だと、意地悪そうに笑った。

「じゃあ最後に答えてあげましょう、君の質問全てに。『どうして表の僕が暴走できたか?』。そんなの簡単です、『表の僕』が超越者として目覚めていただkですよ。当然、僕が『個人』を封じていただけで、『シロクロの僕』の封印さえなければ彼も『個人』は使えました」

 でもそれは……ただ拳銃に弾が入っているかどうかの問題で、撃鉄を上げて引き金を引かない限り弾が出ることはない。

 少年の言葉は続く。

「きっかけは貴方の言葉でした」

 引き金を引いたのは貴方だ、スキャナにはそう聞こえた。

「貴方の言葉に彼は自分の過去に何かあると疑い、『個人』を使える可能性を見出してしまった、それが暴走のきっかけです」

 歩きまわった末に少年は今、後ろを向いてしまっているので、彼の表情はスキャナには分からない。

「最悪でした、暴走を封印によって免れていた彼は、常に暴走と普通の境界の上にいたんです。『共通』だけなら大丈夫でしょうが、『個人』を使えば確実に暴走したでしょう、だから僕が『個人』を封じていました。なのにチカラを求めてしまった、その結果砂の中の砂鉄が磁石に引かれるように、彼の『個人』はより表面化してしまった。だから彼は暴走してしまったのです」

 少年は悩むように腕を組む。

「えーと、あとはどんな質問がありましたっけ? ああそうです、君はシロクロの僕に尋ねましたよね、『どうしてわたしにいろいろおしえてくれたの?』って。そんなの簡単です。彼らがそう作られていたからですよ、もちろん作ったのは僕。彼らに『個人』を使ってそうプログラムしました」

 少年はその様子を見ていたらしい。この世界内ならある程度はチカラを使える、その言葉に嘘はないようだ。

「貴方の質問の答えはこれで全部、わかったはずです、彼に『個人』を使わせる方法はありません。彼を気絶させれば、暴走は治ります。まだ何かありますか? 」

 声はイラついているようなのに、少年はスキャナが口を開くのを待っているようにも見えた。

「うん、最後にもういちどおなじシツモンしてもいい?」

 少年は何も答えず、ただスキャナの目を見る 

「ねえ…………どうしてわたしにいろいろおしえてくれたの?」

 一瞬だけ誰も気づかないような一瞬だけ、少年は微笑んだ気がした。



「ええ答えましょう、言ったはずです、僕は生きていたら殺してしまうと」

 声のトーンは低く、今までの明るい様子はどこにもなくなっていた。

 少年の両手に剣が現れる。右手に持った剣は紅色、左手に持った剣は灰色だった。


「簡単な話です。貴方の言うとおり、僕が壊れていただけ。僕は憎いんです、このチカラが……。いきなりですけど、冥土の土産って言葉を知っていますか」

 右手に持った剣を適当に投げる。剣はヒュンと音を立てて空を切り、スキャナの目の前の地面に真っ直ぐに突き刺さった。


「このチカラを持つ超越者を、僕は憎くてたまらない、殺したくてたまらないんです」

 少年の眼はぎらぎらと光って、その言葉が冗談ではないことを示していた。


「だから、僕のために死んでほしい、そのお礼みたいなものだとおもってください。ただのきまぐれです」

 少年が左手に剣を構え、じわりじわりと近づく、説得はできそうになかった。

 彼はスキャナを憎んでいるのではない、あくまで超越者を憎むのだ、だからスキャナに説得なんてできない。スキャナだけではなく、超越者の誰にもできない。

 誰かを恨んでいるなら、そいつに頼めば何とかなるかもしれない。だから説得できない、その誰かが超越者という曖昧な全体像なのだから。



 少年から、ベンチに座るスキャナまでの距離は約五歩。

 スキャナもこれが冗談ではないと気づいている。だから彼を討つ覚悟を決めなければならない。

 ふたりの距離はじわりじわりと今この瞬間に縮んでいる。

 

 彼女は逃げるように立ち上がって、目の前に突き刺さった紅の剣を手に取った。

 条件を満たされ『個人』は発動し、スキャナは修羅となる。

 その瞬間、少年は修羅に向けて走った。射程圏内に入ると、袈裟がけに剣を振り落とす。

 

 キンッ! 全力で放っただろう、その灰色は火花を散らして紅に弾かれた。

 止まることなく灰色は横凪ぎに振われる。

 まるで野球のスイングのようなその剣を紅は受け流し、お返しとばかりに切り上げる。

 少年は一歩下がって回避。

 カンカンと剣のぶつかる音が響くが、互いに上下左右あらゆる方向に剣は振るわれ、受ける、避ける、流す、様々な方法で回避されて、どちらともかすり傷さえ負わない。


「なかなか……」

 剣を振いながら、少年が呟いた。

「話している余裕などあるのか?」

 鬱陶しそうに修羅はそう返事する。

 それだけの動きをしていながら、ともに息は全く切れていない。

「いえいえやはり貴方は御強い、元戦闘班第一班隊長ってのもなかなか侮れませんね」

 受けては返す、その波が一瞬だけ崩れる。

「……どこで聞いた?」

 低い唸るような声。

「さあ、どこでも聞けたでしょう? あのときは『欠けた環』が一番盛んな時期です、戦闘班もそれだけ有名なんですから。とりあえず貴方に気づいたのは、暴走した『表の僕』を突いた、その『突き』でしたね」

 今までより一際大きく、ぶつかった剣が鳴る。

「心を乱しても隙ができるだけですよ? でも大変でしたよね、『欠けた環』がしたことでも、超越者全体が責任を負わされるなんて。ま、とにかく共存を目指す僕らは、彼らを抑えつけなければならなかったわけで、そのために彼らをねじ伏せる戦闘班が居たわけですが」

 少年は馬鹿にしたようにフフッと嗤う。その音も剣のぶつかる音でかき消えた。

「何が言いたい?」

「いえいえ、参考に超越者を殺し続けた。貴方にその気持ちを伺いたいなと思いまして」

「……」

 キッと睨んで、修羅は強く剣を少年に叩きつける。

「まあ、だいたい想像はつきますがね、貴方がスキャナという面をかぶって修羅と名乗る時点で。でもよく考えましたね、自分を『個人』に見せかけるなんて」

 あからさまの挑発、そう分かっているのに、ヒラリと避けてへらへらと笑う少年の顔が修羅をイラつかせた。

「そうしたのは後悔でしょう、殺してしまった者への」

 ブツンッ! 何も切れていないのに、太い糸が切れた音がした。

「知った口を……」

 修羅の剣を動かすスピードが際限なく上昇していく。しかし少年の剣も合わせるように早くなり、剣が衝突し音を刻む。まだ余裕があるのか、少年はいまだヘラヘラ笑っていた。

「知った口を……叩くな!」

 修羅は完全に激昂していた。彼女に少年を殺すつもりはなかった、あくまで戦力を奪う、それだけのつもりだった。それも今ではどこへやら、動かす剣はすべてが急所を狙う。

 しかし少年はそれすら容易く回避するのだ。

 避けられるものは避ける、そうでないものは剣で受ける。でもどうして、ただの少年が訓練を積んだ兵士であった修羅の攻撃を避けられるのか?

 それすら彼の『個人』である。最も初めに生まれた、生命力を強くするチカラ、それにより彼の身体能力は常人の及ばないほど強くなっていた、それが技術なく力だけで圧倒できるほどだったのだ。

 だから今すごいのは彼ではなく、技術だけでそのでたらめな身体能力を跳ね返す修羅の方である。

 殺さない覚悟を持って、でたらめな力に互角に渡り合っていたのだから。

 

 しかし、その覚悟を捨てたことによって勝負の行方は彼女には傾き始めていた。

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