第三十五話『五分の一の、その一人』
俯いた少年は、スキャナが声をかけるより早く顔を上げて、じっと彼女の眼を見透かすように、貫くように見た。少年は小学校低学年そのくらいに見える、彼はスキャナを睨んだことを誤魔化すように笑う。
でもその笑み何かおかしかった。
人間も元々は自然にいた生き物である。超越者という単語を抜きにしても、第五感を備えている。
その本能がオカシイと告げるのだ。
何がオカシイか分からないくらいに、異常を異常で塗りつぶしたように、おかしくないことがおかしいと、第五感が警笛を鳴らしていた。
「――お姉さんは確か、スキャナさんでしたよね」
オカシイことなんてどこにもないとそう言いきるように少年はそう言った。
声も見た目も幼いが、振る舞いは大人のようで、なのにそれをおかしいと思えず、思えないことを、スキャナはおかしいと思った。そんな疑問を隠して平静に努める。
「そうだけど……キミもドクトだよね?」
「そうですよ。貴方の会った貴方を知らない二人の僕よりは、貴方の知っている僕に近い。なんだか謎かけしているみたいなそんな答えで申し訳ありませんが……」
ドクトと言われて否定しない少年はまた笑う、違和感で作られた笑顔で。しかし、その表情は今の読人の原型のようなどこか似通った、幼いパーツで構成されていた。
「また、イチブってことでいいのかな? わたしの知ってるドクトになにがちかくて、なにがとおいのか、よくわかんないんだけど」
スキャナが辿り着いた答えも当然そうなるが、少年は正しいとは言わず、ニコニコした笑顔を浮かべた。その表情はやはりスキャナにとって気持ち悪く、胃がムカムカする光景に見えた。
「そうですね……一度きちんと説明した方がいいかもしれませんね、えっと此処に来れたのは、確か貴方の『個人』の能力なんですよね?」
でもそんな様子に気付いた様子もなく、スキャナはそう思ったことを悟られないように、質問に答えた。
どうしてこの世界の読人が、この世界にとってイリーガルな存在のスキャナに優しいのか? やはり、それがスキャナの大きな疑問である。
「……うん、そうだけど」
「なら知っていると思いますが、精神界に自身が登場することはあまりありません、しかし不可能ではありませんよね。その世界の本人だけ、そのたった一人は自身として存在できます」
背筋を張って、自身満々、そんな様子で少年は言う。
「僕が言っても、あまり説得力がありませんが、僕の世界にとっても、それは紛れもない事実です。僕が特別なわけではありません、いや特別ではあるんですが、スタートラインは皆と一緒で、確かに一人でした」
「それはわかったけど、どうしてそんなこと、知っているの? わたしたちショタイメンだし、あまりわたしのようなタイプの『超越者』もなかなかいないでしょ……。もしかしてショタイメンじゃないとか……? あれ、そうだと、シツレイしちゃってるなあ。えっと、おもいだすから、ちょっとまってくれない?」
スキャナは「うーーん」と本気で頭を抱えていた。
「いえいえ、初対面ですよ……。この世界の仕組みを知っている理由も、後で話しますから。今はこの世界にいる五人の僕ついて話します。それできっと、貴方の知りたいことは全てわかるはずです、それでも分からないことがあったら、そのときに質問でも何でもしてくれてもかまいません」
少年はふいに立ち上がり、くるりと背を向ける。
「ただ、少し長い話になりそうですから、すこし行けばベンチがあります、そこで続きを話しましょう」
スキャナの返答を待たずして歩き始める。スキャナは後ろに続いた。
五分も歩かないうちに、ベンチは見える、二人ともが無言。
スキャナがなぜか少年をまだ信用できないことと、少年がなぜか急ぐように歩くこと、その二つが無言の原因だった。
少年はそのままベンチの端に腰かけ、スキャナも不承不承に、その隣に腰かけた。
「ありゃ、なぜか敬遠されてますね。まあ、仕方ないです、表の僕とは少し前に会っているみたいですが、僕とは初対面ですしね」
それが少年からギリギリまで離れたベンチの端っこに座った、スキャナへの正直な感想で、少年は『スキャナが人見知りを全くしないこと』を知らず、だからそれがよほどオカシイことだとは思わなかった。
「まだ何も聞かれてはいませんが、貴方の知りたいことは、暴走している僕を戻す方法と、表の僕に『個人』を使えるようにする方法ですよね? それもきっと今からする五人の理由を聞けばわかると思います。だから散々勿体ぶりましたが、今から話します」
「うん……よろしく」
スキャナが緊張した様子でそう答えると、少年は話し始めた。
「とりあえず、五人というのは、僕自身と、白黒の二人、それと裏表の僕です。えっとスキャナさんは、裏の僕以外には会ったことがあるはず……ですよね」
「うん……まちがいない。キミにはイマ、シロクロのふたりにはさっき、オモテのドクトにはそのマエにあった」
「はい、なら彼らがいるという前提で話しても問題ありませんよね。では、まず僕から……見た感じでは何歳に見えますか? なんだか女性みたいな質問ですが、他意はありませんので、ずばっと答えてくださって結構です」
「うーーん、小学三、四年生くらいかな?」
「はい、OKです、大正解です。確か九歳か十歳でしたね……結構前のことなので、あいまいですけど」
少年は頭はガリガリと掻いた。スキャナは、その様子が今の読人と全く同じことに気づいて、そのことで彼女はパズルの一ピースを埋めた。
「それで、僕はそれまでの読人でした、その時はたしか僕一人だったはずです。まあこんな状態になったのは、ほとんど僕のせいなんですけど、仕方ないってことでもあるんです。とりあえず聞いてもらえますか? 僕の昔話を……、すこしだけ数奇な物語ですが」
そう言うと少年は少し笑って、深く何かを思い出すように目を閉じた。
うーーむ……なんとなくですけど、今回の話は結構だらだらした感じになってしまいました。というより、いつも結構だらだらな感じになっているような気もしますけど……。
次話は少し期待してもいいものになりそうな、そんな予感です。いつもそんなことを言っているような気もしますが、これからもよろしくっす。