第三十四話『ダイブ』
「やっぱり……、でもそれがサキらしいちゃ、サキらしい」
呆れたような、でもどこか優しい声だ。ただ、答える声はない、そこには答えられる者がいなかった。目に見えるのは剥製のように、停止する二つの影だけ。
「サキのセイコウをしんじるしかないよね……。うまくいってても、ジカンはないし、できることをやるしかないよ」
誰に言うわけでもなく呟いて、スキャナは歩き出した、少年の近くまで行くと足を止める。彼の肩に手を当てて目をつぶった、『個人』に意識を集中していた。
『個人』は確かにあるが、体内に物体としては存在しない。三次元で超越者と同じ座標、四次元では異なる座標に存在し、意識することで発動できる。
発動すると四次元に存在する精神という名のエネルギーを喰って、動き始めるのだ。
精神はこの世にもともと存在しない、いわば無色で独自なエネルギー。そのためどんな色にも染めることができる、スキャナは、それを自分自身で染めるのだ。自分をエネルギーに溶かし、流すことによって、相手の精神に侵入する、それが彼女の『ダイブ』。
ただし、それは多くの危険を内包する。
まず相手に触れなければ、発動できず、最低限の生命維持能力を残して、ほとんどが相手にエネルギーとして流れるため、『ダイブ』している間、彼女の抜け殻は極端に無防備になる。
それに侵入できても、相手の精神界では何が起こるかわからないのだ。
危険をあげれば果てしない。
それでも今、スキャナは能力を発動させた。
――キィィン、カン、ダンダン、キン、キン
絶え間なく金属がぶつかる音が聞こえて、ゆっくりとスキャナは目を開いた。
ベンチがあって、ぽつぽつと木が見える、どこにでもありそうな公園だった。
空はひび割れて、その隙間からは漆黒の闇がのぞき、空の欠片が星のように浮かぶ、前にあった黒い塊は今はない。もしこれが現実世界なら、空が割れているだけで、十分に異常だが、あくまでも、ここは精神世界。暴走した超越者の中は初めて、そのことを差し引いても、別段おかしくはなかった。……ただおかしくないのは景色だけだった。
目の前、広場とでもいうような広い行き止まりで、同じ姿で同じような大剣を持って、モノクロの白黒逆転した二人の読人が剣を交えていた
スキャナは光景を呆然と見る。
彼があのように剣を使えることにも驚くが、それはまだ彼の隠れた特技だったとかこじつければなんとかなる。それより心の中に自分もう二人抱えていること、そのワケが分からなかった。
いわば人の臓器が人の形をしているようなものなのだから。
……だからどうしていいか、スキャナには分からない。
――シュッ、スパン、カン、カン、キィーーーン、バッ
剣戟は続いた。白髪の読人が袈裟切りに切りかかると、それを黒髪の読人は横払いに剣でたたき落とす。追撃しても、白髪は一歩下がって回避し、切り返す。黒髪は予測してたかのようにそれを剣で受けて、ギリギリと剣を押しあう。しかし腕力も同じなのか睨み合って停滞、そして二人同時に後ろに跳び、距離を開けた。
そして、二人そろってスキャナの方を向くと、剣先を突きつけた。
「「誰だ! 何をしに来た」」
大声に、スキャナはハッと我にかえる。
「あなたこそ、いったい……?」
「「質問しているのはこっちだ」」
完全なハモリで二人の読人は言う。
「……スキャナ、ドクトをたすけにきた。キミたちはわたしをしらない? ドクトならわたしをしっているはずなんだけど」
「「我らはお前を知らない。だが、我らは読人だ」」
スキャナには敵意はないと判断したのか、剣を地面に突き刺して、手を離す。剣は光の粒になって消えた。
「ドクトなのにわたしをしらないの?」
信じられないといった様子でスキャナが言う。
「「そうだ、我らは読人だが、お前らが言う現実の読人とは違う。『個人』を司り、それを体現する臓器のようなものと思ってほしい」」
あっさりと自分たちの正体を明かしてしまう。
「でもドクトは『個人』を使えないんだけど……」
しかも、あまりに二人が言いきるものだから、何だか否定しづらい。
「「それはそうだ、それを封じるがための我らでもあるのだから。そういえば……お前がここに来るのは二度目だろう? 一度目に来たときに触れた黒い塊、あれがいつもの我らだ、あのときも、我々は『個人』を封じていたのだ」」
二人の読人は何も隠さず、ただ淡々と事実だけを告げる。まるで意思のないロボットのようだ。
「「ふうん。でも、ならなんでイマはたたかっているの? 別にそれならくろいカタマリのままでいいじゃない、わざわざくるしいオモイしてたたかわなくてもさあ」
「「……そうしないと、チカラが溢れるのだ。何もしない状態ではエネルギーが溜まり過ぎて不安定になる。だからこうするしかない」」
仕方ないと、二人の読人は同じモーションで手を振る。
「てか、チカラをふうじるとか、ふうじないとか、ドクトはチカラをほしがっているのにそんなヒツヨウがあるの? キミもドクトのイチブならわかるでしょ!」
「「根本的に違う。たとえば、お前は生きることに理由を求めるか? それと同じだ、我らはこう作られたのだ、だから、こう在るしかない。我らは読人の一部だが、その事には逆らえず、逆らおうとは思わない」」
そして、二人の読人は同じ動作で、指を鳴らす。手には再び大剣が握られていた。
「「確かお前は、『お前の知る読人』を助けにきたのだな。だが、我らはその方法は知らない。むしろ、そいつにとっては我らは敵だ、なんせチカラを使えなくさせているのだから」」
二人の読人ははじめて見せる表情として、皮肉げに笑った。
「でも、ならどうしてわたしにいろいろおしえてくれたの?」
最後の疑問を口にする。
スキャナはこの世界において、コンピータウィルスのようなもので、彼らの存在意義を破壊する可能性を多く含む破壊すべき対象であり、ましてや親切にする相手には程遠い。
なら、どうして?
二人の少年は無表情に戻って、小さく呟いた。
「「…………この世界にはまだ我ら以外に人格を持つ者はいる。そいつならきっと」」
少年たちは戦い始めた。答えないことが、彼らの解答。
スキャナは見ていないだろう二人に一礼だけすると、それ以上何もいわず、何もせずに、立ち去った。
二人の思いをスキャナはなんとか受け止めることができていた。
銀髪が去っても、二人の読人は、受けては攻めて、攻めては受けてを繰り返して、戦っていた。
「あれで良かったのか」
白髪の読人が問いかけた。その間にも剣は踊るように動く。
「良かったのだ。我らは誰に作られたのかわからない、それでも我らも読人なのだから」
黒髪の読人が言うと、白髪の読人はニヤリと笑って、何も答えずそのまま剣を躍らせた。
スキャナは歩くだけでよかった、道は一本で迷うことはないのだから。
ここが現実なら、そんなことにわざわざ何かの意思を感じ取ろうとするのも馬鹿げている。しかし、ここは精神界なのだ、そんなことにすら意思はある。
彼は望んでいるのだ――誰かが自分の奥底に訪れるのを。
スキャナはそのことに気付いていて、まっすぐに歩いた。
公園というより、すでに森の中のようで、たくさんの木で割れた空はもう見えず、その中に無理やりに柵で道が作られている、スキャナの周りの彼の世界はそんな様子だった。
大人二人が並んでは通れないだろう、細い道をスキャナは進む。
進むうちに、道は広くなって、木の数も減り、再び公園になってくるが、人気はまるでなく、そのことをスキャナは不審に思った。
彼女は二人の読人に驚いたが、別に精神界に人が出ないわけではないのだ、驚いたのはその人物が本人だったからで、人が登場したからではなかった。
この世界は、あくまで何でもありなのだが、一応のルールはある。
どこまで行っても、ここは精神の世界、世界が本人である以上、大きな矛盾が起こるため本人はふつう登場しないしできないのだ、だからスキャナは驚いた。
しかし、それが本人以外なら話は大きく違ってくる、同じ人物ですら二人でも三人登場できるのだ、同じ人物が二人いると、誰に否定できる? 本当にある、この世界の事実は、自分がいることの認識だけなのだ。
出会って間もないスキャナにも、この世界の主人というべき少年の強さは分かる。彼女もまた、まともな道を歩いてきたわけではないから。
「はは、まだいたむかあ」
左肩を抑えてフラッと揺れる。
「でも今は……そんなひまじゃないから」
考えをしまうと、痛みも治まった。
「どうしてなんだろう」
スキャナが疑問に思うのはこの世界に誰も登場しないこと、彼はこの一本道で誰かを導こうとしている、なのに誰もいない、それでは何も導けない。
今はスキャナがいるが、彼女はこの世界からすれば交通事故のような予想不可能な出来事。
誰かに会いたいなら、思うまま読人が作ればいいのだ。この世界においてなら、それが可能で、もっとも楽なことなのだから。
スキャナは歩きながら考えた、しかし答えは出なかった。
もしすべてが正しいなら、読人は人に会いたくて会いたくない。見せたい心があるけど、見せたくない。そういうことになる、それはどんなことなのか、スキャナにはわからなかった。
答えはでないが、道はどんどん太くなり、景色は公園らしさを取り戻す。
「ん、ここしってる……?」
そこは漣公園だった、スキャナも咲と何度か来たことがある。
なぜ彼の精神界がこの公園なのか、それはスキャナにはわからないが、ここが大切な場所であることはすぐにわかった。
なぜなら、そこに少年がうずくまっていたから。
今回は少し先の予定も立てつつ、書けたように思います。
まだまだ読人の精神界には秘密がありそうな、そんな予感です。どうぞお楽しみに。