第三十話『強さを願うワケ』
「な、なによ、改まちゃって。やっぱり……私と同居なんて嫌かしら?」
「わたしと一緒に住むなんていやなの?」
咲は悲しそうに俯いて、スキャナは面白くてたまらないといった表情を浮かべて、二人とも僕を見る。勝手な想像で責められてもたまらない。
「いやいや、さっきいったとおりで、言葉に嘘はないよ」
ぶんぶんと手を振ると、咲は俯いた顔を上げる。
「じゃあ何、それって私に直接関係あること?」
「ないない――と言いたいところだけど、完全には言いきれないかな。本当は人知れず、こそこそとやれれば、かっこいいんだけど、他に当てもないし……もう言ってしまおうか」
「『強く』なりたいんだ」
「……ん、それはどういうことかしら、それだけじゃ、いまいちよくわからない」
本当は彼女は知っている、僕がどういう意味で強くなりたいと言ったか、しかしあくまで、しらを切るつもりのようだ。それなら、もう面と向かってぶつけるしかないだろう、思いを、決意を。
「もう、誰にも負けたくない」
咲の顔に棘のような感情が見えた。僕は地雷を踏んでしまった、いや知っていて踏んだ。
その感情の意味も、これから彼女が言うことも想像がついている、しかしあえて口を出さず、その言葉が彼女の口から直接出るのを待った。
「そう、なら聞かせてもらおうかしら、『強い』って何? 貴方がそう思う理由もわかるわ、わかるけど、それは焦って手に入れることかしら? 決意なく手に入れたチカラなんて脆いわよ、簡単に貴方を裏切るから」
やっぱりか、想像どおりの言葉。いきなり押し付けられた『彼女のチカラ』が起こした惨劇は、いまだに彼女を縛りつけていた。
「チカラに溺れるな」とコージに言い、彼女の惨劇も知っている僕にも、その言葉の正当性は理解できる。要するに彼女は思っているのだ、僕が『強く』なりたいのは、金髪に負けた過去を早く否定したい、焦りがあってのことだと。
焦っているそれは正しい、ただそれは、金髪に負けたことを否定したいがためではない。
「……決意はある」
僕が『強さ』を求めるのは、彼女を含めた守りたいものを守るためだ。守るとは負けないこと、だからこそ早く負けない力が必要だった。
「答えもある、『強い』ってのは選ぶ権利のことだろ?」
言葉を声にして、決意にエンターキーを押す。
「俺は守りたい。そのために……選択肢を捨てないために、『強く』なりたい」
「貴方は何を守るの? 一を守るってのは一を守らないことよ。一を救えば、どこかで一死ぬ。それがこの世界よ、それを分かってる?」
「分からない。ただ守りたいものは決まってる。それを守るためなら、俺はいくらでも殺す、殺して潰す、居場所がなくとも、世界を壊して歪めて、居場所を作ってみせる」
自分がここまでもあっさりと物騒なことを言えたことに驚いた。本当に自分は少し前までただの受験生だったのか、今では怪しく思う。変わらない過去は怪しく思えるのに、決まっているはずのない決意は本物だと、疑う余地のないものだとはっきりとわかった。
咲は呆けた顔をしていた。しかし、瞬きの間に、咲は、にっこりと笑っていた。モノクロ写真のような温かい笑顔、それだけは物騒な言葉に向けられたものとは思えなかった。
「貴方らしいといえば、らしいのかしら、まだ出会って間もないけどね。でも、貴方は狙われているかどうかも分からないし、そんなに気張っても仕方ないわよ」
少し間を開けて、スキャナが沈黙を破る。
「でもさ、けっかてきにどくとが『つよく』なることに、サキはさんせいしたんでしょ?」
スキャナ自身には意見はないようだ、あくまで咲の意見を追及するように、声からは賛成も反対も分からない。
「そういえばスキャナは協力してくれるのか」
不安になりつつ、まっすぐに答えを問う。
「わたしはサキさえいいなら、きょうりょくするよ」
「はあ、もう反対はしないわ……。どうやら私の早とちりだったみたい、ごめん、貴方をもっと信用しなきゃね。でも、協力といっても私にできることなんてしれているから、スキャナ、任せられるかしら?」
「ん、まあしかたないよねー。きょうりょくするって、いっちゃったし」
「なんか勝手に話進んでいるけど、どういうこと? あー、もしかしてスキャナ、前みたいに個人の分析してどうにか『強く』してくれるとか?」
「たぶん、それもするけど、いちおうしておくってぐらいかな。いまんところ、ふつうにたたかいかた、おしえようとおもってる」
「咲、どういうこと、戦い方教えるって?」
「むっなぜちょくせつわたしにきかない?」
少しだけむっとした様子で頬を膨らませるが、僕は見ていない、決して見ていない。
「んーと、口でいっても信じられないだろうし、どうすればいいかしら。そうね、百聞は一見にしかずって言うし、今日、実際に彼女から教わってみたらどうかしら」
「そうそう、そのほうがいいよ。じゃあドクト、10時にになったら、うごきやすいふくそうにきがえて、ここにしょうごうね」
提案に何の返事もしていないのに、スキャナは決めつける。
頼む以上、断るつもりもないが、これからこういう風に振り回されていくのかと、何の気なしに思った。それにスキャナは戦い方を教えると言うが、何をするのか全く分からないままだ。これからどうなるのか、前途多難である。
そんな不安を余所に、二人は朝食のかたずけを始める。
「貴方の皿も洗っとくから、部屋に戻って準備してくるといいわ。そうそう貴方の部屋は朝寝てた部屋の右ね」
「部屋はわかったけど、洗い物は悪いし俺も手伝うよ。流しに持っていけばいいんだろ?」
「きょうはいいよー、サキとやるし」
スキャナも咲同様、そう言ってくれる。
「でも悪いし……」
「じゃあ明日から手伝ってよ、とりあえず今日は免除ってことで、今日中に当番とか決めましょう」
「そうか、そこまで言うなら、今日は頼むけど。あ、そういえば動きやすい服装に着替えて集合って言ってたけど、着替え取りに、家に戻ってもいいのか?」
監禁されているわけでもないのだから、聞かずに取りに行けばいいのに、気付けば彼女たちに許可を求めていた。下っ端根性な自分が嫌になる。
「そんな必要ないわよ、部屋に入れば分かると思うけど、貴方の家の中のものは全部、部屋に持ってきてるから。あ、それと貴方の部屋は私の部屋の隣ね」
片づけながら、咲は言う。
「あは、悪いとは思ったんだけど、きっと一緒に暮らしてくれると思ってたしね」
悪びれた様子は全くなかった。
「……」
ここに来て、そんなハプニングがあるとは、思ってもみなかった。そういえば口に出すことも憚れる本たちはどうなったのだろう。
「荷物はプライバシーもあるし、業者に頼んだから安心してね」
本たちの生存は確認。しかしこれからひとつ屋根の下、暮らしていく以上、彼らは隠密に始末すべきなのだろうか。
「なんだか色々といたせり尽くせりみたいな……カンジだな」
上ずった声で呆けた事をつぶやいて、僕はいそいそと部屋を後にした。
祝三十話!
と言いつつも一話ごとがあまり長くないので、微妙な感じですが。ここまで読んでくれた方はありがとうございます。これからもよろしくお願いします、まだまだ続く予定です。