第三話『幼馴染』
食堂の少し古びたドアがガラガラと音を立てる。
店内が思ったよりも空いているのは時間帯のせいだろう。
前に来た時はもっと混んでいた気がする、あまりよく来ないし、確信もないが。
とりあえず空いていた席に着くと、看板娘が微妙に嫌そうな顔でやってきた。
「いらっしゃい」
ガンッ
看板娘が水をテーブルの上に置く、叩きつけるのほうが正しいくらいの勢いで。
ちなみにこの看板娘があまり来ない理由の1つ。
水野 流。看板娘の幼馴染、小中高と僕と同じクラスという、なんとも奇跡的な、それが彼女。
外見、人当たりはともに良い、僕という例外を除いたならば。
それに、彼女は何かと知らなくてもいいことを知っているから、あまり頻繁に会いたくない。なのに結構な頻度で会ってしまうのは何の嫌がらせ?
つまりは腐れ縁。
もし違う出会いだったなら、違う関係になっている僕らもいたのだろうか。
「……って何考えるんだよ」
「いや、あんたこそ何言ってんのよ。それで何にするの?」
「えっと、……じゃあ今日、タイムは?」
「はっ?」
その言葉に僕も「はっ?」と心の中で返してみる。
口に出さないのは彼女が恐ろしいから、怒らせたら、何を言われるか……。
相手はなぜか僕自身より僕のことを知っているのだ。
「何黙ってんのよ、それに今何時だと思ってんの、タイムの時間なんてとうに終わっているわよ!」
僕に黙秘権は無いらしい。
そもそもいきり立って、いったい何に怒っているのか?
それが気になって食べたいものが浮かびそうにないくらいだ。
いやそんなこともないけど、なんてセルフつっこみ。
「あんたねえ……食べたい物の一つや二つくらいあるでしょ? 人生終えた、爺さんじゃないんだから、育ち盛りでしょ?」
メニューを見て思案している僕を見て、あきれながらそう言った。
「そんなこといわれても……」
少しの間も流は待ってくれていたのだが、突然溜息を一つして
「もう、時間の無駄よ、無駄。私も忙しいの、だから私が決めてあげるわよ」
メニューを僕からふんだくり、
「ん~、じゃあ鯖の味噌煮でいいかしら」
一、二秒してうれしそうに意地悪そうに笑って言った。
「俺は青魚が食えない」
というか知っているだろう? 彼女はあくまで知らんぷりを通すようであらぬ方を見ている。
「はっ、いちいちあんたの体質まで知らないわよ。それならはやく自分で決めなさい」
本日二度目の「はっ」はいりました。
これ以上待たせると本気で怖い。
特にどれでもよかったので、メニューの一番上、ハンバーグを指さした。
はじめからそうすれば良かったような気もするが、そもそも客を脅かす店員というものがいてもいいのか、本気で疑問に思う。
「ふん」
流はそれだけで、伝票を持っていく。
適当に指で遊んでいる間に、彼女はお盆を持って戻ってくる。
「はい、どうぞ」
そっけなく、それでいて丁寧に料理を机に置くと、持ってきた彼女は僕の前の席に腰を下ろした。
「……仕事はもういいのか?」
「あんた以外に客なんていないでしょう」
なぜか威張るように言うが、それでも確かに彼女の言葉通り客は僕一人だ。
入ったときは二、三人居たような気がするが、自分の席は入り口の前なのに。
「ん〜、いつの間に出て行ったんだろ?」
「あんたが、ぼ〜〜っとしてる間にじゃない(フンッ)」
※最後の()は僕のイメージです。
やはり偉そうだ。
「まあいいけど、あんたがぼーっとしてようとシャキっとしてようと、私には関係ないし」
「でもさあモグ……?そういや今……バイト……ごっくん、してもよかったっけ?」
「私わね、当然あんたはだめだけど。(フンッ)」
※最後の()は〜です。
「差別ですか、しかも当然って……」
幼馴染との差にほんのり落ち込む。
「何言ってんの。私は推薦で受かってるからいいの。差別なんてないわよ(フンッ)」
※最〜す。
「それで、なんでそのバイトの許可を受けている流さんが、バイト中に席についてんの?」
「……いいじゃないよ。もう昼休みみたいなもんだし。それに一人じゃ『読人』が寂しいでしょ」
意地悪っぽく言ってみても、彼女には何のぶれもなく、むしろ嬉しそうに見える。
「今まで意地悪したくせに……」
「僕も一応客だ、なんだその『読人が』って」
言い返したいことはいっぱいあったのに、彼女の今の顔を見たら、なぜかどうでもよくなった。
「まあひとりで食べるよりはマシだし、せっかくそこにいるんだから話し相手くらいにはなれよ」
「まあそれくらいはいいわよ……」
流も僕の言葉を予想できていなかったのか、流は照れて顔をあからめた。
「それでなんか面白いことない? 最近暇すぎて苦労してるくらい、いい加減ゲームも飽きてきたしな」
「最近……? ずっとここでバイトしてるし、面白いことなんて特にないわね」
当然といわんばかりの表情である。
そもそも話すこともなく、よく座ったな。気まずくはないのだろうか。
なぜ受け身側の僕が必死に話題を探さなければならない?
「……暇だなんて言ってる場合じゃないんじゃない? あんた、まだ推薦組じゃないでしょ」
「ああそうだ。だがな、残念ながら余裕なんだ。また同級生、クラスはあるかどうか知らないし、一緒になるとも限らないが……な」
すると流な嬉しそうな顔をした。
「それは良かった」
あまりその顔が純粋で、何がそこまでうれしいのか、なにかの嫌がらせなのなんて思った。
それにずっと隣に幼馴染がいるというのも嫌なものではないのか。
少なくとも僕は嫌だ、たとえまだあと4年間は一緒にいることが確定してしまっていても。
「また同じクラスか? 学校から数えてかれこれ十何年同じクラスなんだから、さすがに飽きたんじゃ。それにお互い、嫌なところもたくさん知ってるし」
「そう? 私はいいところも同じだけ知っているつもりだけど?」
ありえない、当然のようにそんなセリフを彼女は吐いた。
「そうか……」
無意識の照れ隠しだったのか、込めるつもりはなかったのになぜか僕の言葉には否定的なニュアンスが含まれていて、
「せっかく…………なのに」
彼女がどう受け取ったのか、それはわからない。僕は言葉を聞き逃した、それに聞きなおすこともなかった。
だから本当に大切なことには気付かなかった。
「ごちそうさま」
そう残して席を立つ。
料金を払って、ただ一言だけ。
「またな」と聞こえないか聞こえるか分からないくらいの声で呟くのが僕の限界だった。