第二十七話『その理由』
「えっ今何て?」
咲の言葉は一語一句間違いなく聞き取れた。だからこそ、その内容を理解できず、気づくと僕は聞きなおしていた。
「だから――ここで私と暮らさないかって、で、どうなのよ?」
残念なことに何一つ間違えておらず、咲は相変わらずの笑顔で同じようなことを言う。
黙り込んだ僕に、咲は何を思ったのか、
「安心して家賃なんて取らないから」と全く安心できないことを言った。
僕がなぜ固まったのかその理由を彼女は全く理解していない。家賃とかそういう問題ではなく、問題は僕が男で彼女が女であることだった。
彼女がたとえ少女の容姿をしていたとしても、中身は二十歳で、僕は彼女のことが嫌いじゃない。それで同じ屋根の下で暮らすというのは非常にまずくないか? いや確実にまずい。下手したら間違いが起こる、どんな間違いかはあえて言わないが。
そもそもどういう道を辿れば、身の危険を避けることが、一緒に住むことにつながるのか。
それに、僕が狙われているのは、咲の大切な存在だからって話ではなかったか? 『大切な存在』なんとなく照れくさい。
だから、口に出すと恥ずかしい部分は全て省いた。
「狙われている二人が同じ場所で暮らすって逆にまずくないか」
それでも残った感情がくすぶって、目を合わせられなかった。
「普通ならね、でも貴方と私の関係なら話は違ってくるわ。狙われているのが、あくまで私である以上同じ所にいるなら、貴方はまず狙われない。同じ苦労なら直接私を狙うでしょう。それに、もし欠けた輪が貴方を狙うなら、前提条件として私を狙うより貴方を狙うことの方が容易である必要があるわ」
それはそうか。はじめから、僕を狙うのも彼女を狙うのも苦労として変わらないなら、僕を狙う必要はない。つまり言い換えれば彼女にはそれだけの守りがあるということ。
「わかったみたいね。私には身を守る術がある。たとえば……」
そう言うと着物の袂に手を突っ込み、ガサコソと何かを取り出した。
一回り小さい、ひさしぶりに見たそれは、――拳銃だった。
「でも、これを持つようになったのは、貴方が寝ている間のことだけどね。あのときも持っていたらよかったんだけど」
咲は少しだけ俯くと、顔をあげて、誤魔化すように、でも誤魔化し切れずに悲しい笑顔を浮かべた。
「いっても、これは一応で、一番の守りは、と」
そこまで言うと咲は手に持った拳銃を、ベランダへの出入り口にもなっている大きな窓に向けて、投げた。
反射的に目をつむると、バインと音がして、つづいてカチャと拳銃が床に落ちる音がした。
案の定、窓は割れておらず、そばに拳銃が落ちていた。
拳銃を投げた本人は目があうとウィンクを投げてくる。
いやウィンクしている場合じゃない、投げるなら、その前にそうと言っておいてほしい。
「ねっすごいでしょ? 窓以外も普通とは違っていて、理論的には対戦車程度の火力なら何発か持ちこたえるみたいよ」
『対戦車程度の火力』なんて言葉、生きてるうちに生で聞くとは思わなかった。
「それで、どうするの? まだ住むかどうか聞いてないけど」
この質問も三回目だが、そのたびに咲は嬉しそうな顔をしていた。
「いきなり言われても」
そして聞かれる度に僕は、困った顔をしていた。
「ま、それもそうよね、急いで答えは出さなくてもいいわ。その様子じゃ、どうせまだ動けないだろうし」
ならなぜ何回も同じ質問をしてくるのかと思ったが、その質問の答えも出ていないし、まともに行動できるまでには、まだまだかかりそうだったから、何も言わなかった。
それにさっき無理やり動いたことがいけなかったみたいで、身体中が一様にうずいた。
「でも不安になる必要はないわ、治るまで私が面倒を見てあげるし」
咲は一瞬どこか危なげな興味津々といった表情を浮かべて、しかし次の瞬間には真面目そうな顔をしていた。
「とりあえず今は寝なさい。少ししたら、夕ごはん持ってくるから」
するとすぐに部屋を出て行った。考える時間を僕にくれたのだろうか、ただ落ちた拳銃を拾うことを彼女は忘れていた。少女の新たな一面を見た気がして、何か嬉しい。彼女と一緒にいると信じられないことも多くあったが、流とはまた違った嬉しさがあった。
流? どうして流が今でてきたのだろうか。どうもまだまだ体調はおかしいみたいだ。
とにかく僕が今やらなくてはならないことは体を治すことと、これからどうするか考えることだ。
と言っても彼女の話を聞く限り選ぶべき道は一つしかないようだけど。
それでも選ぶべき道を選ぶ必要はないし、選ぶべき道に望んでいくのか望まずに行くのか、すべて選ぶことができる。
初めから答えはすべて決まっていた。その答えを心の中で確かめて、僕は再び短い眠りに落ちた。
これからどういう風に話を進めるか、今非常に悩んでおります。一応結末は何の気なしにきまってますが、そこはまるっきり触れずに最後まで行きます。あ、ちなみにまだまだ終わりませんよ。どうもあとがきは苦手です。何を書いたらいいかわからないですしね。とにかく愚痴って今回のあとがきは終わりです。次話の話をお楽しみに!