第二十三話『俺』前篇
でも僕に何ができる?僕が持つのは他の超越者より少しだけ優れた『心眼』である『共通』だけ、しかもこの力は超越者には使えない、今必要なのは超越者と闘うための力なのに。
だから僕には何もできない――逃げるしかできない。
「逃げるのは仕方ないんだ。そうだ、仕方ないんだ」
声にならない何かが、心で響く。
咲はこちらへと歩いている――僕の代わりになるために。
「だらしねえなあ。お前、ホントに俺なのか?」
声は響いた、嘲るような声だった。
そして、咲は消える、首に当てられている刃物の感触も、それに目の前に広がる景色も、すべてと供に。今広がるのは唯の闇、地面も空すらもない。唯の闇で、本当の闇。
それでも何もないはずの闇の中で、誰かの声は響いた。
「なにが『次元』がないだ、くだらねえ。じゃあ、お前のその体は何なんだよ。あの少女より大きく、力だってあるじゃねえか。お前に足りねえのなんて、覚悟だけだ。ホントに今逃げていいと思ってんのか? 答えろよ――くそガキ!」
「逃げたくなんてない!でも、でも俺に、咲を、咲を救う『次元』なんてない」
僕は喉がはち切れんばかりに叫んで、わめいて泣いた。
「あるわけないだろう……お前みたいな逃げ腰の奴に」
知らぬ者の声は平静で、まっすぐと心に刺さった。
「『次元』なんてなあ、覚悟の後から、付いてくるようなもんだ。どうしてお前みてえな奴が表になったんだ、ホント、ワケわかんねえ。でもな、お前は俺なんだ、だからいいか、覚えておけ。難しいことは考えるな、テメエに従えよ。お前はどうせ此処のことを、ほとんど忘れているだろうけど、それだけは忘れるな」
怒ったような声が響いて、僕はただ、言葉を噛みしめて頷いた。
「それでいい。忘れるな。それなら、今回だけは助けてやる。いいか今回だけだ。次に会うときは敵だと思えよ」
言葉が響き終える前に意識は急に落ちた。
私は歩いた。不思議と恐怖はなかった。
べつに死ぬわけではない、それなりに丁寧にも扱ってもらえるだろう、それでも今までなら、絶対嫌だった、時を止めてしまった両親を救うためにも、私自身の意思においても。
目の前にこの少年がいなければ逃げ出していたと思う。今人質になってしまっている少年は、今日一緒に買い物に来てくれた、まだ出会ってばかりの少年だった。風見読人という妙にやさしい、自分と奇妙な縁のある少年だった。
どうしてだろう? この少年の命の代わりなら、この金髪の男に従ってもいいと思える、もしかしたら一目ぼれなのかもしれないし、やさしくされた勘違いなのかもしれない。でもそれは、少年が生きていないと確かめられないことだ。きっと今別れても、いつかまた少年とは出会うだろう。
私と彼が超越者であるかぎり。人生もまたどこかで交わる(クロスする)だろう。そんな不思議な確信があった。もしかしたら運命なのかも、と淡い期待を残したまま向こうへ行くのも悪くないと思う。
だから私は、彼を束縛する金髪の男へ歩き続けた。少年は情けないような悔しそうな顔を、男は優越感のにじみ出た不快な笑みを浮かべていた。
少年の表情は私のせいで、そう思うと私も泣きたくそして悔しくなった。
あと少し人質交換は成立する。
最後に少年の顔を見て一歩踏み出した。
「おっさん、手を放せ」
口調の違う少年の声が聞こえた気がした。
一話ごとの話が短くなってきていますので、また話数を調節したいと思います。本当は一話ごと長く書ければいいんですが、そんなに一気に話を思いつかないもので。ハハハ。
とにかくご勘弁です。