第二十二話『また』
「遅かったじゃないですか。それに人の話は最後まで聞きましょうよ」
金髪の男は皮肉げに笑みを浮かべ、僕たちに立ちふさがる。
「どうして……追いかけてくる気配なんてなかったのに」
「貴方ならわかるはず。貴方も超越者なのでしょう?」
「――『個人』。それが貴方の……」
「ご名答。当然逃げても無駄ですよ、どこまでも追いかけて見せましょう」
男の悪魔のような笑みは止まらない。その表情に苛立ちを覚えて、僕は「じゃあ戦うしかない」となけなしの勇気を振り絞って咲にまっすぐと言った。『個人』のない僕にどこまでできるかわからない、でもここで引いたらダメだと思ってしまったのだ、……それが正しい選択かどうか考えずに。
思いを現実に変えるために、僕はそれを言葉にした、それは自分への誓いだった。
「読人だけでも逃げて、貴方が彼と戦う必要なんてない」
彼女は僕を読人と呼んだ、エンプティではなく、読人と。いままで一度も使ったことのないあだ名だ、もしかしたら彼女は僕のあだ名を忘れていたのかもしれないし、覚えていて、僕に組織なんて気にせず逃げろと言ったのかもしれない。それでも僕は……。
「ふふ、連れの男の子はやる気満々みたいです。超越者のようですが、成りたてというところでしょうかね。その子はゴッデス、貴方の護衛と考えていいのでしょうか、民間人には手を出すなと言われていますが――未確認物質のメンバーなら話は別です」
男の顔はより凶悪に歪み、目はより一層濁る。
もう無理だ、覚悟を決めてしまった。それにどうして咲を見捨てて逃げられるのか、答えは絶対にNOだ。
僕は行動を始める、『共通』を発動させ『心眼』で男を見るが、やはり超越者の心を読むことはできなかった。僕は身構え、男の動きに注意を巡らせる。
互いの視線がぶつかった瞬間、身体中の血が沸騰し始める。気が付くと男へ向け走っていた。
男は変わらぬ体勢でトランプを弄ぶ。チャンスとばかりに咲の隣を駆け、スピードそのままで男へと走り続け、もう一歩のところで足を止めた、それは本能の警鐘、人が持っていた防衛本能の結果だった。
男は手札から一枚カードを引き、破り、捨てる。
その時に勝負は決まった、もしかしたら向き合った時点で勝負は決まっていたのかもしれない。後ろから咲の悲鳴にも似た声が響く。
「待って!彼は護衛じゃない、それにメンバーでもない。――私を連れて行ってもいいから……」
どうして何も起きてないのに、咲は僕を信じてくれないのか。しかしそれもそうだ。後ろから咲はすべてを見ていた。
「おもしろくないです。せっかく殺れると思ったのですが」
後ろから声が聞こえた。首筋には冷たく鋭いものが触れている。――僕はもう男の人質だった。
「で、どうするんです?私はその場にいる彼女以外のメンバー全員殺すように命令されているのですが」
男は相変わらず冷たい声で淡々と告げる。
「彼を殺せば私も死ぬわ」
咲の声は震えていた。それは僕に『個人』がないせいだった。
「そうですか。なら貴方が来るという条件で、彼を見逃しましょう。それでいいですか? これでも私は嘘はつきませんから、安心してください」
「……分かった。絶対よ、彼には絶対に手を出さないで」
咲は一歩一歩僕と男の方へ近づいてくる。
「彼女に感謝してくださいよ、情けない騎士さん」
足手まといの僕を、蔑むような目で見て男は言う。
それも僕に『個人』がないせいだった。
咲は、こんな不甲斐ない僕をただ心配し、僕の代わりになるため近づいてくる。
「『また』だ、『また』、誰かが僕を庇って傷つく。それでいいのか?」
不意にそんな言葉が頭に浮かんだ。
すいません。どうも更新が遅くて、というか定期的に読んでくれてる方っているのかな。最近疑問な今日この頃です。当然引き続き書いて行きますよ。
ただ一話ごとが短いんですよね、僕の場合は。
とにかくまた二十三話でお会いしましょう。