第二十話『守』
「でも変ね……」
「ん、何が変なんだ?」
僕は首を傾げる。
咲はいまだコーヒーに手をつけていない、それだけ、話に意識を傾けているようだ。
でも――それは何故?
「交通事故なのよね。貴方の両親が亡くなったのって」
「……あ、ああ」
声は完全には上ずっていた。
咲は何も答えない。
そのことが気まずくて……それでも何を言っていいかわからなくて、「交通事故がそんなに珍しいか?」と投げかけた。
咲はまた答えない。
「大丈夫? 調子でも悪い? コーヒーにも手をつけてないし……」
「――大丈夫」
咲からはもう迷いを感じられなかった。
咲は話を始める、何か決意した様子で。
「あのね、貴方のお父さんのことだけど……」
言葉の淀みは迷いではないようだ。
「……交通事故で死ぬなんて――ありえないのよ」
咲はあまりにも申し訳なさそうな顔をしていた。
「それはどうして?」
言葉の意味がわからなかった。
ありえないもなにも、父は現在、僕の前にいない。咲の言葉が正しければ、なぜ僕の前に父はいないのか、その疑問に答えが出ない。
咲は大きく息を吸って話し始めた、僕の知らない父の話を。
「貴方のお父さんも、超越者だったのよ」
頭の中の僕の父が少しずつ形を変えていく。
「それもかなり強力なね。彼は未確認物質の中で、暴走した超越者を鎮圧する部署にいたの。彼のいた部署は志願してもよほどの超越者じゃ配置されないような所だったのよ」
咲は誇らしげだった。
「彼の『個人』はそれだけ凄かったの。それこそ凄いとしか言えないくらい。彼のチカラなら交通事故くらいどうってことないの」
咲はうれしそうに言う。それはどうして? 今はいない僕の父の話で。疑問は尽きず、答えは出ない。考えても仕方がない。
でも、言葉は無責任だ。言うだけなら誰にでもできるのに、心に長く残って、忘れたことを思いださせる。それは孤独だったり、悪意だったり、だから嫌いだ。
僕は、唸るように言った。
「じゃあなんで父さんは今いないんだ……」
咲は黙って、気まずそうに俯く。僕は追い詰めるように問いかけた。
「ごめん……でもなんで、なんでそんなに信じられる?」
「貴方のお父さんには『現実逃避』という最強と言われる『個人』があった。それも根拠の1つ。それでもね――確信なんてないわよ」
「じゃあ、どうして? 何を信じるんだよ」
「なんとなくよ、なんとなく、信じるなんて、案外そんなものじゃないかしら。貴方はとにかく深く考えすぎなの」
咲は笑う。
「そうか」
僕はもっと何かを信じるべきなのかもしれない、初めてそう思った。
自動車学校と大学で更新が遅れてしまいました。
でもどうにか免許も取れましたし、次話からはもう少し早く投稿できるかもです。あんまり自信ないですけど。今日は愚痴で後書き終了です。