第二話『邂逅』
パジャマからいつもの服装に着替えて、すぐに家を出る。時計は一時半を回って、今もコチコチと一定のリズムで針を動かす。
1月の風は冷たく、これから寒くなるのか暖かくなるのか、それは神のみぞ知るといったところ。
冷たい風と枯れた道で気分は落ち込んで、下がるテンションにイラつきながら黙々と歩く。
意識と体が離れて、まるで「歩いている自分」と「考えている自分」が切り離されていく。もしかしたら、ぼーっとしているだけなのかもしれないし、本当に離れているのかもしれない。
ふと、何でも難しく考えすぎだと、昔誰か、あれは誰だったか、に言われたことを思い出して、一人心の中で苦笑いをする。
「ん……?」
遠くに、景色からポツンと取り残されたような青い塊が見える。その青はあまりに青くて、あまり近寄りたくない。なのに近づくうちに青いそれが、幼い子どもであることに気付いてしまった。
青いそれは俯いて泣いていた、泣いていた。
だから、僕は無視できなくて。
「どうしたの? どうして……泣いているの?」
覗き込んで見えた少女の、顔は白く、瞳は澄んで大きい。
可愛いというより綺麗なのか。
少女は大きな声で、僕の声も呑みこんで、今も泣いていた。
「うわああん。うわああん」
「話してくれないとわからないんだけど……」
焦って僕は頭を掻く。
外で見たら確実に不審者、冗談にならない。
「……ぐすぐす、ぐす、うん……? 誰?」
僕に気付いたからなのか、少女は泣きやんで涙を拭く。
「ただの通りすがり、君さえよければ力になるけど」
小さな子にそんな小難しいことを言う僕はやはりどこか変なのだろうか。
「うん……?」
泣きやんだ少女は首をかしげて、僕も同じように首をかしげた。
「……泣いている子を助けたいと思うのは、変なことか?」
少女は戸惑っているのか、何も言わない。
「まあ変って言われれば、変かもしれないんだけど……」
でも俺はそれでもいいと思ったわけで。
「変なおにいちゃん……」
少女はそれでも……ほんの少し、ほんの少しだけ笑ってそんなことを言う。
うれしく思う僕はロリコンじゃない。
なんてしょうもない否定を心で行う僕の心はどこで汚れたのか。
「話してくれる? どうして泣いていたの?」
「うん、あの……探しものを……。でも見つからなくって……」
「なにを? よければ俺も一緒に探すけど」
今も座こんだままの少女に手を差し出すが、少女はその手を取らずに、ひとりで立ち上がって、
「――もういいの」
ただそう言った。
「俺の事は気にしなくていいよ、困ってるなら言ってよ、今暇だしさ
「ありがとう……でも本当にもういいの……もう探しものは『見つかった』んだから」
僕の提案を断り、少女は道の向こうへと走っていく。
彼女の瞳は、なぜか妙な輝きを帯びていた気がして、一瞬目的を忘れそうになる。
「気のせい……だよな」
何もなかった、そう思い込んで、再び食堂へ向かって歩き出す。
食堂に着いたとき、時計はまだ1時半を指している。
ただ僕はそのことに気が付かなかった、家を出たのも、食堂に着いたのも同じ時刻だったことに。それに気付いたとしても僕は時計のせいにしただろう。
まだ何も思い出せていなかった。