第十六話『父と母』咲編
ブロロロ……キキッ
車が駐車場に止まり、後部座席から少女が降り、続けて彼女の両親らしき二人も降りた。三人とも幸せそうな笑顔を浮かべていた。事実、少女自身とても幸せな気分だった。
「咲。どこに行きたいんだ?今日はお前の好きなところに行っていいんだぞ。何でも買ってやるぞ」咲の父は優しさを含んだ微笑を浮かべてそう言った。
「幸一さん!あんまり咲に大きなこと言わないでよ。」
咲の母が彼にそう注意をすることは、彼ら家族の中ではよくあることだった。それでも、幸一は罰が悪くなって頭を掻いた。
「静ちゃん……いいじゃないか。少しくらいいい顔させてくれても……」
幸一は泣きそうな顔を自分の妻に向けた。いつもの二人のやりとりであった。
「はあ、まあいいわよ。咲、好きなだけパパに買ってもらいなさい」
静は呆れていた。幸一は咲と一緒に外出するとき、いつも言うのだ。しかしそれは甘やかしすぎである。咲の事を思ってこそ、静はいつも幸一にその言葉を撤回させてきたのだった。
しかし誕生日くらいそれもいいかなと思ったのだった。
「えっいいの?」
幸一は目を丸くさせた。
「今日ぐらいはいいわよ。咲の誕生日だしね」
「咲、今日はママ公認でお前に好きなだけ買ってあげられるぞ」
幸一は咲を抱きかかえて、飛び上がらんばかりに喜んだ。咲もうれしかったが、父は、どうしてここまで自分を大切にしてくれるのだろうか。幼いながらにそう思った。
幸一は父を知らない。なぜなら彼が物心つく前に彼の父は、はやり病でなくなっていたから。そのため彼は、母に女手一つで育てられた。裕福とはほど遠い生活ではあったが、幸一は不幸ではなかったし、父を憎む事もなかった。母は父が亡くなってからも父を愛しているように見えたし、母は精一杯自分を育ててくれているとわかっていた。彼は母に恩返しがしたいと思った。そのためにも一生懸命勉強して、いい仕事につこうと決めた。それはいつのまにか彼の夢になり、そのことを叶えるために、彼は全てを捨てようと覚悟した。
そうして彼は大学に受かった。彼は知らないが、そのときの彼の成績はその年の受験者の中でトップだった。大学は、彼を優等生として向かえた。全ての費用を大学側が負担してくれるという。その申し出を彼は喜んで受けた。しかし母に恩返しをすることは、ふいにできなくなってしまった。それは無理がたたったのかもしれないし、残酷な言い方をすれば運命なのかもしれなかった。母は幸一の高校卒業から三日後に倒れ、幸一の大学入学を待たずしてこの世を去った。母は彼の合格を喜んでいた。しかし彼女は彼の大学生姿を見ることはなかった。
それから幸一は生きる目的を失った。その後の幸一はまるで人形のようであった。
ただ何も考えずに大学と家を往復していた。彼の頭脳は彼の感情とは関係なく、知識を中に詰め込んでいった。彼の脳は長い間の勉強のおかげか、人間としては限界といえるスペックを誇っていた。
しかし、突然人形に魂は吹き込まれることになる。吹き込んだのは一人の女性だった。
彼女と幸一が出会ったのは高校生のときだった。彼女は幸一に好きであると告白した。彼女には幸一がいつも無理をしているように思えてならなかった。そんな彼を助けたい。そう思って彼に近づいた。彼の仕草から彼が何か使命背負っていると、彼女は知った。それからは、彼女は何度も彼に話しかけた。彼は勉強をしながらも、受け答えはしてくれた。そうするうちに、彼女は彼に惹かれた。
幸一は告白されたことにとても驚いた。彼女はクラス委員であり、先生にでも頼まれて話かけているのだと、そう思っていた。それにそうでなければ、友達の一人も作らず黙々と勉強をしている自分に、彼女が近づいてくる意味が分からなかったのだ。
しかし結果的に幸一は彼女を振った。
幸一は、彼女が勉強の妨げになると思った。自分には夢がありそれは自分の中で絶対だった。しかし振った理由はそれだけではない、決して幸一も彼女のことは嫌いではない。むしろ彼も彼女が好きだった。彼女は綺麗だった、学校に何人も彼女慕う男子がいたくらいに。しかしそんなことより、幸一が惹かれたのは彼女の内面だった。彼女が毎朝教室の花瓶に花を持ってきていること、彼女がいつも笑顔であること。その二つだけで、幸一が彼女に惹かれるには十分だった。
そして惹かれたからこそ、自分のようなものに付き合わせて、彼女を不幸にさせたくなかった。だから幸一は彼女を振った。
そして、彼女は素直に振られたことを受け入れた。ただその後も彼に友達として話しかけつづけたし、幸一はその事を受け入れた。
彼女は彼と同じ大学に入った。それは二人が意図した事ではなく、ただの偶然。それこそ運命なのかもしれない。
そして、入学してから再び幸一に出会った。
彼女がひさしぶりに出会った幸一は無残な燃えカスだった。
彼の母が亡くなったことは風の噂で聞いていた。しかし、彼がここまで落ち込んでいるとは思わなかった。そして彼女はなぜ彼がそうなったのか調べ始める。高校に戻って、担任に話を聞いたり、彼の親戚に話を聞いたりした。自分はやっぱり彼のことが好きなのだと、そのときに改めて知った。そうするうちに彼女は彼の夢に行きついた。
そして――その夢がもう叶わない事を知った。彼女は諦めなかった。新たな夢を彼に持たせてみせると、彼の母に誓った。それからの彼女はすごかった。彼を無理やりに、あっちこっちに連れまわし、いつも彼について回った。そのうちに彼は少しずつ彼自身を取り戻した。
大学を卒業し二人は会社を興こす。すぐに二人は結婚し、咲が生まれた。
そして幸一は新たに夢を手に入れた。それは「家族を幸せにすること」だった。
咲はたくさんのプレゼントを父に買ってもらった。プレゼント自体もうれしかったが、両親が祝ってくれていること、そっちの方が咲にはうれしかった。そして咲は今、車の後部座席で幸せそうに眠っていた。
車が交差点に近づいたとき、救急車のサイレンが聞こえる。
その音に咲が目を覚ました、やたら耳障りなその音に。
「もう家に着いたの?」
咲は目をゴシゴシと擦った。
「咲、起きちゃったか、まだ寝ててもいいんだぞ。まだ家まで結構かかるぞ」
咲の父がバックミラー越しに咲を見た。言い終わったときには咲はふたたびに眠っていた。
父はそんな咲の様子を見て、少し微笑んでまた運転に集中した。
次に咲が起きたのは、車が家に着いたときだった。
今回は咲編とはありますが咲の父についての話でした。登場人物がどんどん増えていってますがなんとかこんがらないようにしていこうと思います。
次話はいよいよ咲の能力が発動します。
もしかしたらまだしないかも、文が多くなるとその次になるかもしれませんががんばりますので、これからも引き続き読んでもらいたく思います。