第十三話『心眼』
「本当に大変な目にあったな」
二次試験は散々だった。たぶんセンターが良かったから、受かっているだろうと思うが。
「確かになぁ。でもよかったじゃん。大学に電車が襲われたって連絡がいっててさ。それより読人、二次試験できたか?」
コージはニコニコとしている。表情からして、二次試験はうまくいったようだ。
「あんまり」
なんとなく空を見上げる。
のっそりと闇が広がろうとしている中に、月がぼんやりと浮かんでいるのが見えた。月は太陽の光を反射して、これから、夜の闇の中で輝くのだろうか?
果たして自分は月なのか太陽なのか、だれも答えを知らないだろう。そんな問いを自分の中で何回か反復させて、考えても仕方ないと思ってやめた。
今は家への帰り道。
事件のあと、どうなるのだろうと不安だったが、どこかから大学に連絡がいっていたようで、あの電車に乗っていた受験生は全員、別室で受験させてもらえた。ただ僕は落ち着いて受けることができなかった。事件で使った『共通』について、ついつい考えが飛んでしまうのだった。
「なあコージ」
僕は足を止める。
「ふえ?なんだ?」
コージも少し歩いて足を止め、後ろに振り返る。
「電車内でのこと覚えているか?」
「お前が飛び出して行ったことか?それなら俺も言いたいことがある。次からはいきなり飛び出すのはやめろよ。びっくりするじゃねえか」
「いや、それはそうだけど。俺が言いたいのはその前」
「その前?」
「……」
コージは目を瞑って考える素振りを見せた。
「覚えてないなら、さっさとそう言えよ」
諭すような口調を心がける。
「はっは。悪いな、さっぱりだ」
コージは手を使って大げさに表現する。
「俺の『共通』についてだよ。あの犯人の考えを電車の中で、俺は聞き取ることができたんだ」
「ああ、そういや言ってたな。あれ本当だったんだ。じゃあお前もしかして試験で使ったんじゃ……」
「そんな卑怯なことはしない。ただな、試験前にそこらへんにいる受験生で、ためしてはみたんだよ。だが聴こえなかったんだ。オーラの色は見ることはできたんだが、どうにも声みたいなものは聴こえなかった」
「へえ、じゃあさ、電車の中のは気のせいだったんじゃね?案外自分の心の声とかさあ」
「それはないと思うぜ。なんせ飛び出したのは、犯人の心を聴いて、我慢できなくなったからだしな。それに銃弾を避けれたのも、狙われてる位置をあらかじめ知ることができていたからだしな」
「そんなカラクリだったのか!ドッチボール感覚で避けてんのだと思ってた」コージは真顔だったが、本当にそう思っていたのだろうか?
「お前なあ。俺にそんな身体能力あると思うか?万年帰宅部だぞ。俺の運動能力を甘くみんなよ」
「そうかあ?お前、結構体育とか成績良かった気がするんだけどなあ」
「文化部の奴よりは良かったが、それでも野球部だったお前に比べたら勝負にもならないと思うぜ。お前、銃弾をドッチボール感覚で避けれるか?」コージをちらと見るが、体形からして僕と根本的に違っている気がする。
「たぶん無理だな。だって弾が飛んでいるの見えなかったし。まして見えねえもんは避けれねぇよ」
「そうだろ。ならお前が避けられないものを、何のカラクリもなしに俺が避けられると思うか?」
「……確かに」
すぐにコージが納得したのが、少しむかついた。
「話が少し反れたが、そこでだ、今から咲のところに行こうと思うんだが。お前はどうする?来ても退屈だと思うが」
「もちろん、ついていくぜ。お前と俺の仲だろ?」
今までこの言葉に僕は何度も救われたと思う。
「そうだな。俺とお前の仲だもんな」
なんとなく、いつもは口に出さない言葉を口に出してみた。
「なんだかゴキゲンだな!」
コージは僕が口に出したことを機嫌のせいだと判断したようだ。
本当はいつもの言葉の『お礼』のつもりだったのだが、そこまで口に出すのは恥ずかしかったのでやめた。
ピンポーン、ピンポンピンポンピンポン……。
もちろんベルを鳴らしているのはコージである。僕はそこまで落ちてない。
「はい、はーい!もう誰がこんなに連射してんのよ」
咲のイラついた声が聞こえる。
コージはそれが聞こえたとたんにベルを鳴らすのをやめた。
ドアが開いて咲と目が合う。
「あら読人君と……。ニット君じゃないの」
咲が自分の名前を覚えてくれていないことに、コージが抗議の声を上げた。たぶんベルをバカみたいに鳴らしたコージへの、咲の仕返だろう。
「それで何の用事?長くなりそうなら中で聞くけど」
咲は家を親指で指した。
「じゃあお言葉に甘えます。たぶん長い話になると思うので」
すぐに咲は家の中に招き入れてくれた。
「それで話って?」
和室に腰掛けて話しはじめる。
「実は……」
僕は『電車での事件』と『自分の身に起きたこと』、そして『その後再び能力は使えなくなってしまったこと』を事細かに話した。
「あら、あれ読人君とコージ君のことだったのね」
話し終わってすぐ咲はそう言った。咲はなぜか事件について知っていたようだ。
「どうして事件について知っているんです?」。
「どうしてって。そんなのテレビで見たからに決まってるじゃないの。そんな都会じゃないんだから、見てなくても噂くらいにはなるわよ。たぶん、明日から二人は有名人になるわね。だって刑事に名前いったんでしょ?市長とかに伝わって表彰されるかもしれないわよ。間違いなく新聞には載るでしょうね。『お手柄受験生!犯人を制圧』とか、そんな見出しじゃないかしら」
明日の新聞を見たくなくなってきた。そんな僕とは正反対に、コージはうれしそうな顔をしている。コイツはそうとうの目立ちたがり屋だから、それも仕方ないだろう。
「それは仕方ないとして、俺の『共通』は一体どうなったんです?」
僕の顔にはきっと不安が大きく張り付いていたことだろう。
「あぁそれは別に気にしなくていいと思うわよ。私が言った『共通』のチカラは一般的なものであって、人によって誤差もあるわ。私の知る中にも心を読める人はいたしね。確かその人は『心眼』と言ってたわよ。簡単に言うと、ただの強い『共通』なんだけどね。これでも私は未確認物質の内じゃ結構上の地位だから物知りなのよ」
説明に自分の自慢を入れるな。しかし、そんなことはお構いなしに咲の説明兼少しの自慢は続いた。
「だから貴方が『心眼』が使えなくなった理由ってのも知ってるわよ。これはね、まだ貴方が、このチカラを使うまで『次元』に達してないのだと思うわ。身の丈に合っていない強力な『次元』は何かしらの代償を伴うから、貴方のなかの何かがそれを止めたのよ、きっと。初めて会った時に言ったかもしれないけど、私の『個人』が暴走しているのも、私の身の丈に合ってない『次元の力』だってことだからね」
彼女は何かをおもいだしたように悲しい目をした。
確かに『心眼』を使った時には頭に痛みが走った。代償とはそういうことなのだろう。
「要するにあれだ。火事場の馬鹿力ってやつだ。命に危険が迫ったことを知って将来使える力を先取りしたんだな、きっと」
咲の目に気付いていないコージが話をまとめた。
その言葉に、咲の瞳に力が戻る。
「ま、ざっくり言うとそういうことよね」
案外コージの言葉は的を射ていたようだ。
「とにかく私が教えられるのはここまでね。どう参考になったかしら?」
「十分です。ありがとうございました」
これだけの知識を持っているということは咲が上の方の立場の人間であるというのも、あながち嘘でもないのだろう。
「じゃあコージ、もう帰るか」
「ああそうしようぜ、でも腹減ったから帰りにどっか寄ろうぜ」
「じゃあ今日は俺がおごってやるよ。ここまで付き合ってくれたからな」
そうして家を出ようと立ち上がった。
「あっ」
咲がすっとんきょうな声を上げる。
一度見たような光景だなと思った。
「二人に言っておかないといけないことがあったのよ」
「なんです?」
再び僕とコージは腰を下ろす。
「実はね最近、未確認物質に所属している超越者が何人も襲われてるの。貴方たちも一応気をつけといてね。じゃあ以上ですッ。では、またね。またいつでもお姉さんを頼りなさい」
小さなお姉さんはとても物知りで頼りがいがある。それは信じても良さそうだった。僕達は席を立ちお礼を言った。
「また来ます。次はできたらなにも問題がない時に」
僕は滅多に見せない、本当の微笑を咲に見せて、咲の家から外へ出た。
外はもう闇の世界。
月と星だけが世界に明るさを与える。
太陽じゃなくても、月でも星でも、僕はいいなと思った。
自身が光っているのではなくとも、人に光を与えているのだから、
何も変わらない。
最近思うんですが後書きってなにを書けばいいんでしょう?次からは後書きもなんか書いていこうと思っています。「少しはじめるのが遅いんじゃね?」って思う人もいると思いますがお許しください。
ちなみに本編と全く後書きが関係ないことも多いかもしれません。