第十二話『B視点』内藤編
新米刑事、内藤 隆は心底悩んでいた。
内藤は不幸だ。
アニメや漫画に書かれるくらい派手に不幸なのではなく、微妙に不幸だった。
たとえば試験を受けるとする。すると毎回当日になって高熱のヘロヘロになり、その結果が出るまでに相当ヘコむのだ。その癖、結果はそう悪くない。
今日は刑事になって初めての勤務である。
小さい頃から憧れて、ついになった刑事。大きな事件が起こって、それをババーンと解決する自分。そんな憧れでなったその職業の実際は違っていた。
張り込みや署内での書類整理、地味な物がほとんどである。
しかし、ある日、彼は自分の意思と無関係に突然物語に巻き込まれた。
「漣大学前駅付近、電車内にて軍服の男が突然車掌をナイフで切りつけ、未だ車内にいる模様。漣署の署員は至急向かわれたし」
スピーカー飛ぶ早口の命令で、署内にいた同僚達が行動を開始する。
「内藤!お前もぼーっとしていないで早く行動しろ!分からないなら、パトカーの準備でもしておけ!」
先ベテランの高須からげきが飛ぶ。
「はッはい!」
内藤は駆け足でパトカーに向かった。
運転席に乗り込みエンジンをかける。エンジンはすぐに音を立てて温まっていく。
言われなければなにもできない、そんな不甲斐なさを嫌が応にも感じてしまう。
高須が乱雑に助手席に乗り込んできて、やっとそんな思いも打ち消せる。
「次こそは」
そういう思いを込めて内藤はアクセルを踏む。
初陣の内藤と、須藤を乗せてパトカーは現場に向かって発車した。
「とにかく線路沿いに漣大学前駅まで行ってくれ」
高須がシートベルトを締めながら命令を飛ばす。
車内は、通信器から絶え間なく聞こえる報告と、サイレンの音で、すさまじい。
高須はその中から必要な情報だけをメモ帳に書きこんでいく。
対して内藤には運転だけで精一杯で、その報告を聞いている余裕はなかった。
高須を見て、内藤はますます経験の差を感じるのだ。
停車している電車はすぐに見つかるが、そのときすでに内藤の手は緊張で汗ばんでいた。
ブレーキをかけ、電車から見えない位置に車をつける。高須とともに静かに車から出て、内部から見えないようにコソコソと近づく。
「パンッ」
一号車から破裂音が聞こえ、内藤は声を上げそうになったその口を手でふさぐ。
高須は何もなかったように、二号車に近づき、入り口に足をかけた状態で振り返る。内藤の心臓はドクドクと高鳴り今にも破裂しそうだった。
「車内を通って、銃声のした車両に突っ込む。早く来い」
内藤はこんな状況で高須の足を引っ張っている自分を、もっと嫌いになった。こんな自分を変えたい、それが内藤の今の願いだった。
車内には乗客は一人も見えない。
一号車から見えないように、腰をかがめて拳銃を構えて飛び込む準備をする。
内藤は決意した。
「僕に……僕に行かせてください。……お願いします」
「自信……あるんだな?」
自信がない奴は成功しない。今までの内藤に、どうみてもそう見えなかった。
「……はい!」
緊張はあるが、高須の目には今までと違って見えた。
「ならいい。俺はお前に続く」
それだけ言って高須は内藤の後ろに回った。
内藤は一号車との境にある扉を開ける。
「ぱちぱちぱち」
聞こえたのは拍手の音だった。
真ん中には乗客に囲まれて二人の高校生が立っている。一人は不良っぽい服装で、もう一人は野球少年のような服装だ。
内藤は夢でも見ているのかと思った。
もしかしたら自分はドアを開けた瞬間に殺されてしまったのか、そんなことまで考えた。しかし、二人の青年の足元には、情報にあったとおりの軍服の男が転がっている。
内藤はそれを見て、やっと途端現実に引き戻される。
車両に飛び込む前の勇気はすっかり、どこかへ飛んで行ってしまったようで、内藤はまたおろおろしている。
「こういう場合どうすればいいんでしょう?」
「バカヤロー! とりあえず軍服の男を捕まえんだよ」
内藤は言われるままに乗客の輪に割って入り、軍服の男と自分とを手錠でつなぐ。
「すいません。ここで何があったんでしょう? その……事情聴取も兼ねて署までご同行願えますか?」
警察手帳を開いて見せるのだが、あまりその様子にあまり威厳は感じられない。
「これから受験なんだけど……」
二人の内不良っぽい方が困ったように言う。
「そういやそうだったな。受験しにいくとこなんだったっけ」
もう片方は軽い驚きの表情を浮かべている。
「うーん、どうしましょう?」
二人の学生に聞こえないように注意しながら須藤に判断を仰ぐ。
「いや来てもらわないと、困るんだが……」
須藤は頭をバリバリと掻いた。
「すいません……。やっぱり来て貰わないと……ダメみたいです」
「そうですか……」
不良っぽい青年が項垂れた。
「え〜それ無理っしょ〜ああ〜」
もう片方の青年は大げさに項垂れる。
「おうおう」
椅子から声がする。
「はい?」
そこでは大柄なクマのような男が、太ももに血のにじんだハンカチを巻いて座っている。
「コイツらは俺の命を救ってくれたんだ。俺が代わりに行くからそれでかんべんしてくれねえか?」
「その怪我は?」
太ももを擦る。怪我を見ただけで、自分もそこを怪我した気がした。
「大したこたぁねえよ。そこのバカに撃たれたんだ」
男は軍服男を軽く小突く。
「……いいですよね。須藤さん」
「まあいいだろう」
須藤も、しかめ面ではあるが納得してくれる。
「じゃあ二人とも行っていいから、一応名前と電話番号を教えてください」
「風見読人、電話番号は○○○―△△△―×××」
「的場浩二、△△△―○○○―×××だぜ」
手帳にメモする。
「あなたは撃たれているので病院に搬送しますが、診察後、事情聴取を受けてもらいます」
そうして男4人は車に乗り込んだ。
須藤と軍服男を、署に連れて行った後、病院で男の治療後終わり、男の話を聞いて内藤は悔しくなった。
自分はヒーローになりたくて刑事になった。
しかし二人の青年は、刑事でなくとも、間違いなくヒーローだったからだ、それが悔しかった。刑事であるのにびくびくしていた自分と、二人の青年、それを比べずにはいられない。
きっと二人には感謝状が送られるだろうと思った。それに送って上げてほしい、そうとも思った。
須藤が行った容疑者の身体検査で男はプラスチック爆弾を所持していた。
もし二人の青年が、コイツを止めなかったと思うと、ぞっとする。
あの二人にはどうにか感謝状がいくように知り合いに手を回しておこう。それくらいに須藤は青年たちに感謝していた。
そして今、須藤は意識の戻った軍服男から調書を取っている。
「ふざけるな!お前は親に『働け』と言われたから、それだけであんな騒ぎを起こしたのか!」
「……うるさい」
男の態度はふざけたものだったが、家にこもって守られて生活していただけの男である。すこし脅すとあっさり自供した。
そのことが須藤を余計イラつかせた。なぜこんなに簡単に罪を犯せるのか、それが古い人間の須藤には信じられなかったのである。
調書を取り終わった後も、須藤のモヤモヤは消えそうになかった。
調書
軍服の男(田辺 和也26歳)は俗にいう引きこもりであり、母親(敦子49歳)に『働きなさい』と言われたこと、それがことの発端のようだ。その後、母親を拳銃で重体にし、他の標的を求めて電車を襲った。電車を襲った手順は以下である。
1、線路に、針金で電車があると、管理センターに誤認識させる。
2、車掌が電車を止め、外に出てくる。そこをナイフで刺して行動不能にさせる。
3、電車の中心部へ爆弾を設置し、爆破する。というものだった。
ところが実際は、爆弾を設置するため、移動している最中に、田辺を不審に思った大柄な男性に掴みかかられた。そして結果、その男の太ももに向けて発砲し、次に男の頭部に発砲しようとしたところ、一人の青年に阻まれた。その後青年は、銃弾をかわして田辺にタックルし倒した。衝撃で田辺は拳銃を落とす。青年の友人らしき人物に拳銃ごと手を踏まれた。そして拳銃奪われ、額に当てられて、撃つような素振りをされた。男はその時にショックで気絶した。
須藤はこれに付箋を貼り付けて内藤の机の上においた。
「青年とその友人、あと撃たれた男性、その他の人物の名前を書きたして提出しておいてくれ。後は任す」