第十一話『目覚めの兆候』
ピンポーン
呼び鈴に飛び起きてパジャマのまま玄関のドアを開ける。
「うえーい、お前も今日受験日だろ?確か同じところ受けるはずだったから、迎えに来てやったぞ」
コージは当然とばかりに感じで中に入って来る。
今日は2月25日。
知らない奴は知らないし、知ってる奴は知っている。そりゃそうなんだが、たぶん知らない奴の方が多いと思う。受験生なんて案外少ないものだ。
ともかく今日は大学の二次試験の受験日。
それから数日、飯の材料を買うためにスーパーに家を出ることはあったが、ほとんどは家で勉強、もしくはゲームをして過ごした。
超越者とも出会うこともない平穏な数日、ずっと『共通』を消していたから、出会っていても気づかないのだが。
ちなみに流には一度も会わなかった。食堂の前まで行っては、帰って来るという行動を繰り返したが、今のところ成果もない。
「来るのはいいんだが、ちょいと早すぎないか?」
今から支度して丁度いいくらいで、誘いに来るには早すぎる。
「いいじゃん、いいじゃん。もしかしたらまだ寝てるかもしんなかったしさ、今なら、もしまだ寝てたとしても間に合うだろ」
「そうだけどさ……いくらなんでも起きるだろ……」
僕は洗面所に移動し、そそくさと着替え始める。
「怪しいもんだ? お前結構、寝坊で遅刻してんじゃねえかよ」
「ふん、いいじゃん。今日は起きてたんだから」
洗面所の入り口からコージを睨む。
「ま、それもそうだ」
コージは屈託のない笑顔を浮かべる。
「じゃあ出るぞ。お前と話した分時間をロスしているからな」
もともとギリギリまで寝ている予定だったが、そんなことは口には出さず、コージをのこしたまま部屋を出る。。
ガチャリ
コージが部屋から出た後、ドアに鍵を掛ける。そして受験会場に向けて、ひとまず駅へと歩きはじめた。
「コージ、今日までなんかあったか?」
「なんか? あぁ『次元』についてか? だったら何にもないなあ」
コージは残念そうだった。
「なんにも? 本当に?」
「あぁないな。どうした? めずらしくしつこく聞いてくるじゃねえか。『個人』は何度も使ってみたぜ。すげえよなあ、これ。地面をいきなり砂にしたりできんだ」
コージに自慢したげな雰囲気はない。そこがコイツのすごいところなのかもしれなくて、だけど、コイツは最後の最後で爪が甘いのだ。
「でも、気を付けろよ。こんなの知らない奴に見られたらロクなことになんないぜ」
僕は総釘をさす。
「心配するなよ。これでも俺は抜け目ねぇぜ」
コージは二ヒヒと笑い、その気楽な感じが余計恐かった。
「ならいいけどな」
それでもコイツは言った事に責任は持てる奴だからきっと大丈夫だろう、きっと。
駅に着くと同時に電車がやってくる。
それは遅刻寸前だったってことなのだが。
「ジャストタイミング!」
コージはのん気なもんだ。
案外大物なのかもしれない。そんなことを思いながら、電車に乗り込む。
田舎のせいだろうか、車内は満員には程遠く、まばら参考書に向き合っている学生が見られるくらいで、これと言っていつもと何も変わらない。やっぱり知らないやつは知らないのだな。
僕はコージはボックスに向かい合って座り、鞄から参考書を取り出す。
「さて問題、アミラーゼは何を何に分解するでしょう?」
「でんぷん……マルトースに?」
試験直前くらい自信をもってほしいがなぜかコージは片言である。
「一応正解……なんだよ、その自信のなさ」
「いいじゃねえかよ〜。それより次々」
「あんなあ、……まあいいよ。じゃあ次な、次。では問題……」
何もなければこのまま受験会場へ着くはずで、しかし、人生はそう甘くないみたい。
ギギギー!ガタン
電車が派手な音を立てながら、急ブレーキをかける。
僕は慣性に耐え切れずにコージに向かって突っ込む。車内では悲鳴に似た声が上がる。
「「ぐふっ」」
腹に頭突きを食らったコージと、食らわした僕、どちらもうめき声を上げる。
首がひん曲がるかと僕が思った以上、コージはきっと腹が陥没するかと思ったのかもしれない、コージは未だ青い顔をしていた。
しかし、コイツがいたから良かったものの、もしも椅子に直接突っ込んでいたら……。
どうなっていたか分からない。そう思ったら急に腹立たしい。
一体何があったのか、きょろきょろ周りを見る。まわりは凄然とした様子から、水を打ったかのように静かになっている。
でも、どうして電車は急に止まったのか?。
コツコツコツと靴の音が聞こえてきて、その疑問の答えは前の車両からやってくる。軍隊服の若い男、僕の頭の中で開かれた略式の裁判では、コイツは有罪で弁解のは余地なしだ。
しかし、明らかに危険そうな男に、僕は何もできずじっと席に座っている。他の乗客も同様に席に座り、歩く男をちらちらと見ているだけだ。
『共通』を発動させる。まるっきり手を出す気はない。死にたくはないし、怪我もしたくない。それにこっちもただの学生、特に武術を習ってもいないのだ。
それでもチカラを発動させたのは、どこか奢っていたのかもしれない。
餅は餅屋、すぐに警察が来るだろう。そう思って動かない。本当は恐怖で動けなかったのかもしれない。
オーラは赤色で、超越者ではなかった。安心はできないが、それだけで少しマシな気がする。
「あのクソババア、俺を馬鹿にしやがって。何が『働きなさい』だ。壊してやる。みんな壊してやる」
そんな声が男から聞こえて、同時に頭に鋭い痛みが走る。
「コージ聞いたか?あいつ頭がおかしいみたいだ」
痛みをこらえて、男に聞こえないように注意してコージに問いかける。
「何言ってんだ?あいつがおかしいのは分かるが、まだ何も言ってないぜ」
不審そうな顔でコージはこちらを見た。
「お前、『共通』消しているんじゃないのか?」
発動してるとしたら聞こえたはず、僕が『共通』により男の考えを読んでいる。そういうことなのだから。
「いや俺はずっと発動させっぱなしだから、たぶん発動しているはずだぜ」
コージにおどけた様子はない。それにおどけている場合ではないし、コージもそれはわかっているはずだ。
「でも、これって考えを読むチカラじゃないのか?」
「確かにそうだが、オーラの色で感情が分かるだけだろ? いままでずっと発動しっぱなしだが、声がい超えたなんてなかったぜ」
じゃあこのチカラは何なのか?
ぐるぐる考えている間に大柄な男性が立ち上がった。
「お前か、電車止めたのは?こっちは忙しいってのによお!」
男はツカツカと軍服男の前まで歩き、軍服の襟首を掴む。
「うるさいな」
軍服男はつぶやくように言った。
再び痛みと共に「まずは右足」、俺にしか聞こえない声が響く。
マズイ。
すぐに乾いた音がパンと響いて、撃たれた男は、太ももを押さえて床に倒れ込む。
軍服男の右手には、拳銃が握られていた。詳しいことは分からないが、コンバットマグナムと呼ばれるものだと思う。ルパン3世で次元が持っているものだ。
軍服男は再び撃つつもりなのだろうか。ガチャリと撃鉄を引き、再び男に狙いを定める。
「次は頭」
聞こえるはずのない残酷な声が僕の頭に響く。
はあ受験に行かなきゃならないのにな。
僕は今頃そんなことを思う。少し前まで手を出さなくて良い立場だったのに、でも、今は知ってしまった、状況を変えるチカラを見つけてしまった、気づいてしまった。
砂がないからコージの『個人』も役立たない、今この状況で。
はあ、めんどくさい。でも人を目の前で助けられる人をあきらめるなんて……
まっぴらごめんだった。
僕は姿勢を低く下げて飛び出す。
「悪い!」
心で謝って、床に倒れている男の腹をおもいっきり蹴飛ばす。
「うぐっ」
男は赤い筋を残して滑っていく。
軍服男は気が動転したのか、そのまま引き金を引く。
パン
音と共に、男の頭があった位置に穴が開く。
撃鉄を上げて、次に僕を狙った。
神経を研ぎ澄ませると、男が自分のどこを狙っているか、知ることができる。
その心に響く声を信じて、僕は男に向かって駆け出した。
「左肩に弾が来る」
わかった瞬間に、僕は男の足へスライディング。
僕の頭の上を銃弾が飛んでいくが、それに構っている暇もない。
そのまま男の足に、自分の足を叩きつけるようにぶつかった。
衝撃に男は無様に倒れ、カンカンカン、拳銃が手から離れ、転がっていく。
その方向は男の向こう側だ!
「はあはあはあ」と男はもがくように進み、拳銃を再び掴む。
男の眼は血走っていた。
やばい、僕死んだ。
本当に死にそうな時は逆に冷静になるのか――。
腕で顔と胸を隠すように守り、恐怖に固く目を閉じる。
「…………」
しかしいつまで経っても銃声は鳴らない。恐る恐る目を開く、そこには拳銃を持ったコージが立っていた。
「へへ」
見上げるとコージはにやにやと笑っていた。
男を蹴り飛ばし、コージは拳銃持ってゆっくりと近づいて、その拳銃の撃鉄を上げる。
男の額につき付け、今にも打ちそうな構えでにやにや嗤う。
パーーン!
それだけで男は気を失う。しかし実際に拳銃の引き金は引かれていない、コージが口で言っただけだ。
「なんてな。はっはっは」
コージは笑っていたが、男は気絶してピクピク痙攣している。
「コージ。やりすぎだ」
僕も笑っている。
「お前も人のこと言えないぜ。いきなり飛び出すなんて」
二人で笑っていると、まわりから自然と拍手が湧く。足を撃たれた男性の姿もその中にあって自分の行動に後悔はなかった。
めんどくさくてもやってみるもんだ。
飛び出して良かった。今はそう思った。
ただ恐かった……
初めて書いた戦闘シーンですが、どうだったでしょうか。小さな戦闘シーンだったので練習も含めて書かせてもらいました。これからはバンバン戦闘シーンがありそうな予感です。