ドン・ヤマタノオロチと不毛なる戦い
「そこの女騎士は、ブロムワーズ王家の者です。粗相をしたことをお許しください」
「王女さま……」
服を剥かれ、裸になったエウレカは、恥ずかしそうに俯きました。
しかし、ヤマタノオロチは言い返します。
「フフフ、しかし、我々古代竜の領域に無断で足を踏み入れた者を、このままタダで返す訳にはいきませんなぁ」
「なら、卓球で勝負をしましょう。よろしくて?」
にこっと微笑む王女さま。
その目映い光はヤマタノオロチの邪心を打ち払い、ほとんど洗脳に近い形によって「卓球したい!」という心を植えつけたのでした。
「ぬう、そうか、約2ヶ月ぶりの更新ですっかり忘れておったが、ここはスパ・リゾート。温泉で勝負するなら卓球ということか」
「……ならば、私、角行がお相手しんぜよう……!」
しゅるんっ、と、首のひとつが回転すると、槍を持った若者に姿を変え、王女さまの前に降り立ちました。
歩兵「いけー! かぎゅぅぅぅぅ!」
桂馬「ほうほう、温泉卓球とは、また風情のある勝負ですなぁ」
「私が8人全員をお相手いたしましょう。その代わり、あまり長くなりすぎますとエウレカが可哀想なので、それぞれの首に対し、13点の同点から始めることにします。2点先取した方が勝ちとなります。ルールをご説明いたしましょうか?」
角行「ふっ……全知全能の我には十戒を解くことすら無意味……! 来るがいい!」
王女さまは、滑らかな手つきで白いピンポン球を握りしめ、ふわっと小鳥を空に解き放つように、真上に放り投げました。
すうっと息を吸う王女さま。その細やかな動作の優雅さたるや、風船のようにふわりと浮かびあがって見えるほどです。
遥か天井付近まで飛び上がったピンポン球。ゆっくりと胸元に落下してくるそれを、流れるような動作でサーブします。
「お題! 鮭を燻製にしたおつまみ!
スモーク・サーモンッ!」
「「「「「「「「なにぃぃぃぃぃ!!!」」」」」」」」
8つの頭が声を揃えて驚きました。
まさか、お題が出されるとは誰も思っていなかったのです。
お題と同時に放たれたピンポン球は、緑色の卓球台のうえでいっそう白く輝き、ウサギのように鮮やかに飛び跳ねると、角行のラケットをすり抜けて、洞窟の奥へと飛んで行きました。
先制点を許した角行は、がくっと膝をつきます。
角行「ぐぅっ……な、なんだ、いまのは!」
銀将「これは……まさか、山の手線卓球ゲーム!」
歩兵「知っているの? 銀将!」
金将「有名なゲームだ、歩兵……山の手線ゲームの要領で、お題に沿ったアイテムを言い合いながら、卓球のラリーを続ける」
飛車「お題が言えなくても、球を打ち返せなくても失点となる、まっこと恐るべきゲームよ……」
銀将「格好つけてルールを言わなくていいと言ったのはこっちじゃからのぅ。さすがの角行も虚を突かれてしもうたようじゃ」
香車「でも鮭を燻製にしたおつまみって、スモーク・サーモン以外に何かあるのかな……」
ゆらり、と立ち上がる角行。
「ふっ……まさか、この我に悪魔の遊技をもって無辜の聖戦をしかけてくるとは……あるいは次元干渉者によって起こるべき歴史が書き換えられたのか……」
「おっしゃっている意味はわかりませんが、サーブ権はそちらですよ?」
白いピンポン球を潰しそうな勢いでぎゅっと握りしめ、角行は余裕を失った表情で
「よかろう……! 我が邪神の炎によって、その虚勢、打ち砕いてしんぜよう!」
ばっと空高くピンポン球を投げ放った角行。
ピンポン球は天井の鍾乳石に当たって跳ね返り、また別の鍾乳石に当たって跳ね返り、誰にも予測できない、複雑な回転をしながら落下してきます。
角行は、その複雑な回転をするピンポン球にさらに回転を加えるべく、胸の前で山なりにうねる変則的なラケットの振り方をします。
「はぁぁぁぁぁッ! お題、お家で簡単に作られるカクテルの種類!
ジン・バック(ジン+ジンジャエール)!」
パキャアアアアアン!
ヤマタノオロチらしい、お酒をテーマにしたお題です。
まるで混沌とした複雑な回転をしながらも、精密機械のように卓球台のコーナーを目指して落下して行くピンポン球。
もはやどこに跳ね返るのか、放った本人にすら分かりません。
「ミモザ(白ワイン+オレンジジュース)!」
スパキャアアアアアン!
しかし、王女さまは予測不可能と思われたそのピンポン球を、軽くはね返したのでした。
「ぐおおぉッ!? ブラッディ・マリー(ウォッカ+トマトジュース)!」
まさか打ち返すとは思っていなかった角行。
苦しい姿勢で飛び込んでゆき、遙か彼方に飛んで行こうとするピンポン球を弾きあげます。それでも厨二病をくすぐるネーミングで返すのはさすがでした。
パカアアアアアァァァァン!
「……ぐっ、し、しまった!」
辛うじてリターンはできましたが、ピンポン球は王女さまにとって、打ち返すのに絶好の速さと高さ。
すうっ……と息を吸った王女さまは、バレリーナのように軽やかに飛んで、全力でその球を打ち下ろします。
どんな一球にも決して手を抜かない王女さまのスマッシュが、洞窟内に木霊します。
「カリムーチョ(赤ワイン+コーラ)!」
ズビギャアアアアアアアアン!
ついに、角行はそのピンポン球を追うことが出来なかったのです。
がくっと膝をついた角行。彼をあざ笑うかのように、ピンポン球は目の前でかつん、かつん、と跳ね続けていました。
「こ、この、我が……! ヤマタノオロチともあろう、この我が! お酒をテーマにしたお題で、温泉卓球で、敗北するとは……!」
「あなたは強かったわ……けれど、私の愛の強さが、それを上回っただけ」
きりっと、なにやらカッコイイ事を言う王女さま。
ヤマタノオロチの胴体の上で、エウレカ団長は恥ずかしくて、顔を俯かせてしまいました。抱き寄せられたおっぱいがむぎゅっと谷間をつくります。エウレカは無自覚ですがそれが王女さまをさらにやる気にさせました。
「さあ、次はどなたがお相手してくださるの?」
卓球ラケットを、剣のようにびっと向ける王女さま。
汗をかいたそのお姿は、なんと神々しい事でしょう。洞窟の内部なのに花々が咲き誇り、甘い香りが漂ってきました。
ヤマタノオロチの残りの首たちは、ぐるる、とお酒臭いうなり声をあげます。
桂馬「うっひょぉー! 王女さま、きゃわいいーん!」
金将「ええい、玉将! こうなったら、俺たちヤマタノオロチ全員でいきましょう!」
玉将「うむ……相手は温泉卓球の実力者だ、こちらも全力でぶつかるしかあるまい」
歩兵「ええー……ボクもう眠りたい……」
香車「寝るなふーちゃん、いっくぞー! ところでこれ、負けたらなんか罰ゲームとかあんの?」
銀将「ふむ、とくに何もないが、我らの沽券に関わる、ということであるな」
飛車「ぐぉぉぉー! ならば俺と勝負しろー!」
7本の首が、次々と人間に変化してゆきます。
王女さまは白ピンポンをぎゅっと握りしめて相対しました。
首がなくなって、ぐでーん、と横たわった胴体の上で、エウレカ団長は勝負の行方を見守っていました。
強がってはいますが、王女さまはか弱い女の子なのです。
8人を相手に勝ち抜く体力があるのか、気が気でなりません。
「エウレカ、こっち来て」
そのとき、魔法使いマリーン(の帽子にのっかったじいや)が顔をのぞかせました。
どうやら胴体にはしごをかけて昇ってきた様子です。
「マリーン、王女さまが……」
「いいから早く降りるの」
エウレカ団長の手を引いて、素早く胴体から降りたマリーン。
彼女は残されたヤマタノオロチの胴体を見上げていました。
4本の短い足と、長い尻尾が1本生えた、大きな胴体です。
すべての首を失った今は、動く事もできないみたいでした。
「マリーン、何を見ている?」
「エウレカ団長、王女さまを助けたい?」
「何を言っているんだ、当たり前だろう」
「じゃあ……これから起きることには、どうか目をつぶっていて欲しいの」
少し、悲しげな表情でうつむくマリーン。
エウレカ団長は、王女さまを助けたい一心で、こくりと頷きました。
「ああ、王女さまを助けるためなら、私のことなど気にするな」
マリーンは、真剣な表情で、こくり、と頷き返します。
* * *
「みんな、聞いて!」
ヤマタノオロチたちに声援を送っていた美少女魔物は、一斉にマリーンを振り返りました。
そこにはなんだか卑猥なヒモの結び方で縛られている卑猥な物体が、びくん、びくん、と痙攣していました。
むろん、それがヤマタノオロチの胴体であることは、美少女魔物達はみんな知っていました。
「みんなが、この楽園から出たくないっていう気持ちは、よく分かったわ……けれど、ずっと今のような生活を続けていけると本気で思うの? いつかヤマタノオロチに飽きられるかも知れない。いずれ年老いてしまえば、老後の面倒は誰が見てくれるの? そうなったときに、あなたたちはどこかに行くあてはあるの?」
美少女魔物達は、しゅん、としてしょげてしまいました。
それは、誰もが不安に思っていたことです。
女の子はずっと美しいままではいられません、年齢を重ねて行けば、いずれヤマタノオロチに飽きられるかもしれないのです。
「だったら……無理やり居場所を作ってしまえばいい」
マリーンは、胴体を杖でちょんっとつつきました。胴体はびくん、と痙攣します。
「みなさい、ここにヤマタノオロチの立派なモノがある」
「も、モノって……」
「今がチャンスよ、みんなの女の力で、ヤマタノオロチの子どもを授かるの!」
美少女魔物達は、目を見開き、口々に「そんなことができるの?」「そういうことね」と感嘆の息をもらしました。
「子どもを授かれば、ヤマタノオロチは母親のあなたたちを無碍に扱うことはできなくなる。そうすれば、老後も安心してここに居続けられる、あなたたちは永遠にここの居住者よ!」
さすが魔法使いマリーン、なんという奇策でしょう。
美少女魔物達の不安をうまく利用したのです。
彼女たちの目には、逃げようともがく胴体+尻尾が、もうヤマタノオロチの立派なモノにしか見えません。
ごくり、と美少女魔物達は唾を飲みました。
「さあ、首がない今しかないわ……既成事実を、つくっておしまいなさい!」
マリーンの号令と共に、美少女魔物たちは1人、また1人と立ち上がり、ヤマタノオロチの胴体+尻尾に果敢に、勇猛に飛びかかっていったのです。
* * *
一方、王女さまとドラゴン・ヘッドの戦いは佳境に入っていました。
斜め上を行く角行、俺様最強の飛車、一直線な香車、変わり種の桂馬と、次々に撃ち取られ、その体は無惨に横たわっています。やる気のない歩兵に至っては、ぐーすー眠っていました。
みんなの理想のリーダー金将は、王女さまと互角の実力を発揮。一進一退の攻防を繰り返し、ゲームはついに20セット目まで突入していました。
「ふふ……息が上がっていますよ、フローレア王女」
はぁはぁ、と肩で息をするフローレア王女。
浴衣も少しずつ乱れはじめています。
「負けては、いられません……私は、いつも守って貰うばっかり……少しは、あの人の役に立たなければいけないの……」
「なんという美しい情愛でしょう。あなたにそこまで愛されている相手は、さぞ光栄なことでしょう」
王女さまの脳裏に、エウレカ団長の微笑みが浮かびました。
けれど、もうふらふらで、立っているのがやっとです。
ぐっと、悔しげに歯がみする王女さま。
もう限界なのを見取ったか、金将は決着を早めることにしました。
「これでもう……終わりにいたしましょう」
無謬の天秤のようにピンポン球を垂直に持ち上げ、ラケットを持つ腕を交差させる金将。
しかし、高く投げ放つ従来のサーブは行いません。
ピンポン球を持つ腕をするっと交差させた腕の下へともぐりこませ、そのまま落下に合わせて体をひねります。
足首、膝、腰、と力を連動させ、ピンポン球を弾くために必要な最低限の動きによって、ラケットの角をぶつけるように最速の一撃を放ちました。
「お題……チーズ系おつまみと絶妙に合うドイツビール……!
アンデックス・ドッペルボック・デュンケル……おほひょおおぉぉッ!」
金角はとつぜん腰がぬけ、その場にがくん、と跪きました。
ピンポン球は王女さまに届く前に、卓球台から外れてしまいました。
いったいどうしたことでしょう、ヤマタノオロチたちは、みな一様に苦しみだしたではありませんか。
しかしその顔は、なぜか恍惚にうっとりとしているようでもあります。
「な、なんだ……一体、はぅっ、何が……!」
「うふっ、あついぃぃ! ひゃぅ!」
「ど、胴体……! 俺たちの、胴体が……!」
「な、なんて事を……くッ!」
胴体とヤマタノオロチたちの間に、エウレカ団長がすっと立ちふさがりました。
エウレカ団長は、背後でヤマタノオロチの胴体に対して何が行われているのかあえて無視しています。
背後からなにやら美少女魔物達の卑猥なあえぎ声が聞こえていますが、全て無視をすることにしました。
「このまま勝負を続行しろ」
「な……ッ!」
ヤマタノオロチたちは、絶句しました。
いま、それどころじゃないだろう、的な目をエウレカ団長の背後に向けています。
体力の低い歩兵が、びくん、びくん、と痙攣しはじめました。
「ひぐぅぅ……やめて、もう、出ない、よぅ……」
「なんという……根こそぎ搾り取られるようじゃ……おのれ老人に無茶をするとそのまま天に召されてしまうぞ……」
8人のドラゴン・ヘッドがもがき苦しむのを、エウレカは心を鬼にして見守っていました。
「フローレアさま」
フローレア王女さまは卓球台の上にそっと手を伸ばすと、ピンポン球を1秒間に3回跳ねさせました。
にっこりと微笑んで、その表情は、いかにもやる気満々です。
「さあ、何が起こったのかはよく存じませんが、早く勝負を続行いたしましょう?」
ヤマタノオロチたちは、一斉に青ざめた表情を浮かべました。
洞窟内になんとも言えないにおいが充満し始め、ヤマタノオロチたちの悲鳴が木霊します。
もはや勝負にすらなりません。エウレカ団長は、天井を見上げて独りごちたのでした。
「哀れな……ヤマタノオロチ……」
* * *
その後、8人のヤマタノオロチたちは失神するまで胴体を弄ばれました。
美少女魔物達は、無事に全員おめでた。それぞれに赤ちゃんを授かったのです。
父親になったヤマタノオロチたちは、あれからお酒を断つようになり、8人ともすっかり人が変わったようでした。
「良い勝負でした、フローレア王女さま」
「ふふ、またいつでもお相手しますよ」
フローレア王女さまの微笑みは目映い光を放ち、母胎を通して子どもたちにも伝わります。これから生まれてくる子どもたちには末永く幸運が訪れるのでした。
「我々は、このリゾート施設《蛇の道は蛇》を、育児と保育のための施設として改装しようと考えています。我々8人はヤマタノオロチ・グループとして、これからは世の役に立つ事業を発展させて行きます」
「素晴らしい心がけだと思いますわ。王女として誇りに思います」
王女さまはすこし残念そうな顔をしていましたが、品格を損なわない、立派な態度で彼らを褒め称えました。
すると、黙っていたオロチ達が、口々に言います。
「王女さまも子どもが産まれたら、当施設にお越しください!」
「歓迎しますよ!」
「えっ……あ……」
王女さまは、エウレカ団長とちらっと顔を見合わせました。
なぜ団長の方を向いたのかは分かりません。
エウレカは、代わりに言いました。
「はい、王女さまはきっと元気な子どもを産んでくださると思います」
王女さまはぽっと顔を赤らめ、顔をぶんぶん振っていました。
「うん、そうね、エウレカ。うふふ」
にやにやが止まらない王女さまです。
「むふふ。ええのう、ええのう~」
フオちゃんの頭の上に乗っかったじいやは、上機嫌でした。
「オンナキシ、コドモ、ツクル?」
「……無理なんじゃないの?」
「フゴー? ヨク、ワカラナイ」
疑問符いっぱいのフオちゃんに対して、マンドラゴラさんは眠たげに答えていました。
「……あれ、なんで私が答えてるの?」
「ふごー?」
「いつもならツッコミ役はマリーンのはずなんだけど……?」
そう言って、きょろきょろと辺りを見回しました。
一方その頃。
魔法使いマリーンは温泉リゾート地の奥にいました。
彼女は人をダメにするマッサージチェアにはまったまま、動けなくなっていたのでした。
「あぁ~、ダメになるぅ~」
着衣は乱れに乱れ、口からよだれを垂らしています。
「これは、危険なアイテムだわ、こんなものを置いていたら人類の災厄にはやく、なんとかしないとあぁぁ~」
彼女は、それからヤマタノオロチに発見されるまで、マッサージチェアー地獄から抜け出せなかったのでした。