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王女さまと湯けむり温泉旅行


 ここはブロムワーズ王国のサクラ温泉谷。

 旅の途中のフローレア王女さま一行は、マックス・ハウスで働いていた美少女魔物達を、それぞれの故郷に送り返す旅をしていたのでした。(本来の旅の目的は、すっかり忘れていました)


 サクラ温泉谷で小さな温泉旅館を営んでいたサンショウウオの主人は、いなくなったと思っていたサンショウウオ娘が戻ってきたことに感涙。

 王女さまご一行を快く宿に泊めてくれたのです。


「フローレア王女さま、ここは私が食い止めます、はやくお湯にお入りください!」


 フローレア王女さまを背後にかばいながら、女騎士のエウレカ団長が銀の剣を抜きます。

 エウレカ団長が身につけているのは、バスタオル1枚。たわわな胸が、結び目を自ら解いてしまいそうなほどぶるんぶるんと揺れています。


「きゅん、エウレカ、私のために……うれしい!」


 フローレア王女さまは光を放つような微笑みを浮かべ、エウレカ団長の背中に抱きつきました。

 一糸まとわぬ姿の王女さまに抱きつかれて、エウレカの背中に2つのこぶの、言いようのない幸福な感触がむにゅうん、と広がりました。


「ふ、フローレア王女、さま、あまり、お、お近づきになられては……!」


 エウレカ団長は顔を真っ赤にして、剣をがくがく震わせていました。

 ラブラブな2人の様子を、美少女魔物達は指をくわえてじっと見ていました。

 誰もが王女さまのお背中を流したい、あわよくば一緒にお風呂に入りたい、と狙っています。

 それは可愛い美少女魔物が大好きな王女さまも一緒でした。


「でも、私もあの子達と一緒にお風呂に入りたいですわ。ダメ? エウレカ」

「ダメです、王女さまのお肌を、人前にさらすなど!」


 王女さまを守る為に、エウレカ団長は自ら盾になろうとしていたのです。


「お前達は、全員この私が相手だ。10人まとめてかかってこい!」


 そう言って、胸をぶるんっと震わせるエウレカ団長。

 美少女魔物達はその男らしさと、抜群のプロポーションに、一同顔を真っ赤にしてしまうのでした。


 そのとき、フオちゃんが水しぶきをあげ、ばんざいをしながら突進してきました。

「ふごー! オンナキシー!」

 腰の方にゆくほど太くなる寸胴体型ですが、肌のきめ細かさとぱっちりしたお目々の愛らしさに、思わず見とれてしまいます。

 剣をも恐れぬ無邪気なハーフオークの突進に、エウレカ団長はあっけなく懐への侵入を許してしまいます。


「ふごー! オンナキシ、ダイスキ! オレ、オマエノコト、マルカジリ!」

「うっ、フオ、やめろ、囓るな! 私には、王女さまをお守りするという使命が、あるのだ……!」

「ううー、メガネメガネー」


 さらに、にゅるにゅる、と岩の影からなにやら白い触手が伸びてきました。

 なんと、マンドラゴラさんは曇ってしまうのでどこかに置いといたメガネを探して、四つん這いになって探し回っていました。

 フオちゃんよりもさらに真っ白い、植物のような白い肌に、切っても切っても生えてくるさらさらの長髪がかかって、うねうねと周囲を探っているのでした。

 その白い触手は、やがてエウレカ団長の両手首に絡みつき、動きを封じてしまいました。


「ま、マンドラゴラさん、よく見るんだ、メガネは頭の上にかけている! 頭の上だ!」

「ふごー! ムニュンムニュン!」

「フオ、やめろ、バスタオルが落ちる! ほらみろ、落ちたではないか! ……くっ、殺せ!」


 触手モンスターとオークの連携に、女騎士のエウレカはやられ放題です。

 美少女魔物達は、きゅぴーん、と目を光らせました。

 群れを成して、一斉にエウレカ団長に飛びかかって行きます。


「今だ、それー!」

「うわぁぁぁ! お、王女さまー!」


 一方、魔法使いマリーンはのんびりと隅っこの方に浸かり、サクラを眺めながら、日本酒をちびりちびりとやっていました。

 三角帽子の上には、じいやを乗っけています。

 タオルで目隠しをしているのですが、鼻血がだらだらとマリーンの頭の上まで垂れてきて、マリーンはちょっと迷惑顔です。


「じいや、あんまり血を流すと魔法に使えなくなる」

「むふふ、ええのう、温泉は天国じゃのう」


 あるとき、魔法使いマリーンはふと気づきました。


「あれ、数、減ってない?」

「ん? どうしたのじゃ?」

「私はちゃんと食糧を計算していた。美少女魔物が少なくなった気がする」

「ふむ、わしは気づかなかったがのう」

「じいや、ちゃんと魔物代表として監視しといてよ?」

「監視したいのは山々じゃが、これじゃ無理じゃぞい」


 タオルで目隠しをされたじいいやは、ぷんすか、と怒りました。


「しかし、聞いた事があるぞい。サクラ温泉谷には活火山があって、そこの洞窟にはこの温泉谷一帯を仕切るドン・ヤマタノオロチが棲んでいるという話じゃ」

「ドン・ヤマタノオロチ?」

「大酒飲みの怪物じゃ。毎年大量の美少女達がヤマタノオロチの元に生贄に捧げられ、帰ってこなくなるという」

「ふーん……そんな話は聞かなかったけど」

「まあ、ずーっと昔の話じゃからのう。かくいうワシも、昔はそりゃあイケメン魔物として美少女をきゃーきゃー言わせとったもんじゃ。けれども最近はネットとかデリヘルとかが充実するようになったからのう」

「………………」


 懐かしそうに過去を話すじいや。

 マリーンはじいやが何を言ってこようが無視することに決めました。


 そんな王女さまご一行を、生け垣の影からじっと観察している影がありました。

 覗きではありません、なんと、マックス・ハウスのトカゲ男です。


(くっくくく……まんまとひっかかりやがって)


 トカゲ男がここにいるのには実は理由があったのです。


 * * *


 ここはサクラ温泉谷でも最大のスパ・リゾート《蛇の道は蛇》。

 むわっと熱気のこもるサウナのようなダンジョンの奥に、巨大な怪物ドン・ヤマタノオロチはいました。


 胴体から8つの首がはえた巨大な竜の怪物は、それぞれの首が見目麗しい美少女魔物達をはべらせ、金の甕からがぶがぶと酒をあおっています。


 しかし、8つの首は好みの女の子がバラバラ。

 それぞれまったく別の方向を向いて、自分の女の子達と楽しんでいました。


「おい、トカゲ男。聞いた話じゃあ、お前のマックス・ハウスは潰れたそうだな?」


 中央の一首、王将が言います。

 王将は首に半人半蛇の乙女、ラミアをぐるぐる絡みつかせていました。

 彼の目の前には、手もみして媚びを売るトカゲ男の姿がありました。


「へっへっへ、いやー、そんなこたーございやせんよ、ヤマタノオロチさまぁ。リニューアルをする為に臨時休業しているだけでさぁ。ご安心ください、ヤマタノオロチさまには、今後とも活きの良い美少女魔物を仕入れてきますので、マックス・ハウスのトカゲ男を、どうかよろしく――あひぃ!」


 ひと抱えもある巨大なお猪口が、トカゲ男に投げつけられました。

 トカゲ男の後ろの部下たちもびくっと震えます。


「おいトカゲ男、この飛車様の女が角行より1人少ないというのは、どういうことだ!」


 ドン・ヤマタノオロチの一首、飛車が白い牙をむいてなにやらぷりぷり怒っています。

 巨乳好きの飛車は、1メートル級の巨乳を持つ牛娘たちに顔の左右を挟ませながら、トカゲ男にクレームを言いました。


「ふん、能なしめが喚きおるわ。牛の血を引きし乙女ばかり集まるは、神代より希なる事ぞ?」


 碁盤の目が描かれたヤマタノオロチの胴体の反対側には、黒い角を生やした角行がいます。

 角行は翼を持った美少女魔物の銀色の髪のにおいをかいでいました。天使や悪魔が好きな中二病なのです。


「あはははー角行! お前なにいってんのかさっぱり解んねぇし! おい、桂馬! 通訳するし!」

「牛女ばかりより好んで集めるのは至難の技、と言っておるでござる」


 木の精ドリアードの花色の服のにおいばかりかいでいる香車と、ケンタウロスや鹿角の乙女と馬のように首を擦り合わせている桂馬は、いつも一緒にいますが、こちらも女の子の趣味はまったく違いました。


 一番年若い歩兵は、同じくレベルの低い美少女魔物が大好きです。スライムの女の子に膝枕してもらってまどろんでいます。ゼリー状の膝がひんやりと心地よさそうです。


「うーん、お姉ちゃん、あのね、ボク、お酒よりね、あまーいお菓子がほしいよぅ」

「歩兵、みんなが話し合いをしているのです、あなたも参加しなさい!」

「うえぇ、金将うるさいぃ~」

「まったく、卑しいスライム娘をお姉ちゃんなどと呼んで……あなたはヤマタノオロチとしての自覚が足りていませんぞ!」


 みんなの理想のリーダー金将は、きびきびと歩兵をしかりつけます。

 趣味も王道のケモミミ娘である金将は、メイド服のネコミミやイヌミミたちににごろごろと甘えられていました。


「ちっ、同じ首のくせに、なっとくいかねぇ、もう一度さらいなおして来い!」

「へ、へぃぃ! す、すみませんでした! いますぐ、ご用意いたしますんでぇ!」


 トカゲ男は、慌ててぺこぺこ平伏し、すっ飛んでいきます。

 くすくす笑うラミアに絡みつかれて、王将はため息を漏らします。


「おい、あんまり飛車このバカをつけあがらせるな」

「ひょっほっほ、良いではないか王将。酒はみんなで楽しく飲めねば意味があるまい?」


 いまは老人の銀将は、フェアリーや昆虫族のハチ娘たちを舌の上でころころと弄んでいます。

 もはや性欲の衰えた銀将は、小さな生き物を虐める快感の方を楽しんでいるのでした。


 活火山のダンジョンから出てきたトカゲ男。

 変温動物のトカゲは汗をかきませんが、特注スーツはダンジョンのひどい湿気でびっしょりと濡れていました。


「ちっ、トカゲ界じゃあ、俺の美少女魔物趣味を理解してくれるのはヤマタノオロチさまだけだ……なんとかご機嫌を取り続けなきゃあ、この業界じゃ生き残れねぇぜ」


 人間界から撤退したトカゲ男は、その後もこの業界で生き続けようと必死でした。

 しかし、ドン・ヤマタノオロチは8本の首によって好みが別々。

 しかも8人同時に持って来ないとうるさいのです。


 ちなみに、ドン・ヤマタノオロチはこの付近の温泉街を実質支配しているオーナーなので、ブロムワーズ王国でも3本の指に入る資産家です。

 彼の要求に応えられないようでは、あらゆる美少女魔物をご提供するマックス・ハウスの名折れです。


「けれど、マックス・ハウスに蓄えてあった奴隷女たちはもう使えねぇし……くそぉ、あんな事にさえならなきゃ、ん?」


 そのとき、トカゲ男は山の麓の方をゆっくりと進む馬車を発見しました。

 その馬車には見覚えがありました。

 そしてなにより、びかっびかっとモールス信号のように光を放っています。

 どうやら王女さまがころころと笑っているご様子。

 にたり、と口の端を吊り上げて、トカゲ男は笑いました。


「くっくく……イッツ・ラァァァァッキィイィデェェェェイ!」


 * * *


 温泉旅館の主人は、人目につかない廊下の奥で、しゅるり、と変装をときました。

 サンショウウオのエラをべりっとはがすと、なんとそれはトカゲ男だったのです。


「くっくくく……まんまと引っかかってくれるとはな……! ちょろいもんだぜぇ!」


 なんと、トカゲ男は温泉旅館の主人になりすまし、王女さまご一行を迎え入れていたのでした。


「牛女ちゃんは真っ先に確保した……あとはお詫びといって、1人ずつ新しい女の子を提供すれば、この俺の信頼も取り戻せるはずだ……! いけ、トカゲ共!」

「へい、アニキ!」


 そうしてトカゲたちは音もなく、美少女魔物達の眠る菊之間へとするする侵入していくのでした。


 もともとマックス・ハウスの奴隷たちだったので、どの女の子を連れて行くかはあらかじめ決めてありました。

 料理に薬をたっぷり含ませてあるので、当分目覚める事はないはずです。

 トカゲの部下たちは、苦もなく美少女魔物達を運び出して行きます。


「ふっふふふ……ん? これは」


 トカゲ男は、くかー、と仰向けに眠っているフオちゃんと、フオちゃんに抱きついてすやすや眠っているマンドラゴラさんに目を留めました。

 マンドラゴラさんの触手に襲われた思い出のあるトカゲ男は、びくっと身を震わせ、お尻からにじみ出る何かを慌てて手で押さえました。

 しかし、短くカットしたばかりらしい今なら襲われる心配はありません。


「ちっこいのは……ハーフオークか。惜しいな、ハーフの需要はねぇんだよな……けれど、この可愛さは将来有望だなぁ……むふふ」


 残された女の子を見下ろしながら、にまにまするトカゲ男。

 奴隷商としての、かつての血がたぎってきます。


「よし、ブロムワーズ王国で出店できねぇなら、隣国のスマール王国で再出発するまで……! 俺は必ずやり遂げる! 新生マックス・ハウス、起動だぁぁぁぁ!」


「そういう事か、トカゲ男……!」


 そのとき、トカゲ男の首筋に女騎士の剣があてがわれました。

 トカゲ男はすでに首と胴体が離れたかのように慌ててすっ飛んで行きます。


「は、はうぁぁぁぁぁ!」


 襖に頭を突っ込んで、ガタガタ震えるトカゲ男。


「ど、ど、ど、どうして……! お前たちの料理には、毒を仕込んであったはずじゃあ……!」

「ふん、いつ暗殺されるかも分からぬゆえ、こちらは常に毒味役を用意しているのだ」


 魔法使いマリーンが遅れてやってきます。

 彼女のとんがり帽子の上で、じいやが青い顔をしてがくがくふるえていました。


「あ・あ・あ、川の向こうでパッツンパッツンの美少女がユリユリ水浴びしておる~」


 どうやら相当な毒を食らって、幻覚まで見えている様子です。


「さあ、トカゲ男。美少女魔物達を連れ去った場所に、私を連れて行くんだ。さもなくばその首、長くは胴体についていられると思うな」


「む、無理です!」


 トカゲ男もさすがに命は惜しいようでしたが、ブルブル首を横に振りました。


「ドン・ヤマタノオロチさまの居城は、この付近一帯の温泉街の頂点に立つ、超高級スパ・リゾート《蛇の道は蛇》なんです!

 そのダンジョンの入り口は、最先端のセキュリティーで何重にもロックされていて、とてもとてもたどり着けやせん!

 指紋認証、声紋認証、暗号キー、カードキー、金属探知機……あらゆるゲートを通過しなければ、奥にいるドン・ヤマタノオロチさまの元に辿り着けなくなってます……!」


 むう、と腕を組んで考えるエウレカ団長。

 こんなときに、すっと奇策を考案してくれるのは、魔王使いのマリーンです。

 マリーンは考えるまでもなく、答えを出しました。


「けれど、美少女はヤマタノオロチの元に連れて行かれている……なら、私たちが奴隷の振りをすればいい……」

「い、いやそれが……ドン・ヤマタノオロチは好みがうるさくて、必ず『8人同時』に持って来ないといけないんでやす……」

「8人……」


 マリーンとエウレカ団長は、メンバーを見渡しました。

 あれだけいた美少女魔物達は、あらかた連れ去られてしまっています。


「人数が足りないな……」


 王女さまや、無関係の美少女魔物を連れて行くわけにはいきません。

 しかし、こんな時にも魔法使いマリーンはすぐさま妙案を発してくれます。


「大丈夫、いい魔法があるわ」

「さすがだ、マリーン」

「任せて」


 魔法使いマリーンは、にやー、と薄い笑みを浮かべて、トカゲ男を見下ろしていました。

 トカゲ男は「???????」と疑問符をいっぱい浮かべていたのでした。


 * * *


 こうして、一行は超高級スパ・リゾート、《蛇の道は蛇》に到達したのです。


 普段の甲冑を脱いで、生贄の格好に変装したエウレカ団長を筆頭に、マリーンと、リボンを結んだじいやがやってきます。

 リボンを結んで、なんだか楽しそうなフオちゃん、やる気なさそうなマンドラゴラさんに加えて、さらに新たな美少女魔物が3人やってきました。


 丸出しの太ももが恥ずかしいのか、ミニスカートを押さえています。お尻からはえたトカゲの尻尾は歩く度に左右にふよんふよん、と振られるため、スカートの端を押さえながらでないと歩けないのです。


「くっ、女体化までさせられるなんて、トカゲ、屈辱……!」

「似合ってるわよ、トカゲ男」


 なんと、禁断の魔法によって、トカゲ男と2人の部下は、見目麗しい美少女モンスターに変えられてしまっていたのでした。

 感情の起伏が少ない目を持ちながら、羞恥で眉をわずかにひそめています。

 頬を赤らめてもじもじする様は、なんとも妖しい雰囲気をかもしていました。


 一向に続いて、業者さんがえっほ、えっほ、と酒樽を担いで脇を通過していきます。


「……というか、最初から生贄じゃなくて酒樽を持って行く業者のふりをすればよかったのでは……」


 トカゲは独りごちましたが、今さら過ぎます。

 そうこうしている間に、ダンジョンの奥へと到達してしまいました。


「おほぉっ! なんという美しいパーティだ!」

「こんな美少女トカゲは見た事がないぞ! トカゲ男め、やるときはやるものだなぁ!」


 ドン・ヤマタノオロチが一斉に湧き上がります。

 色々な趣味を持っているとは言え、やはりトカゲ族にはトカゲ族です。

 皮肉にも、トカゲ男自身が一番ウケがよかったのでした。


「さあ、レッツ・パーティだ! 飲めや歌えー!」


 そのとき、女騎士は酒壺から勢いよく剣を抜きました!


「まて、ドン・ヤマタノオロチ! 私はお前によってさらわれた美少女達を助けに来た!」


 ドン・ヤマタノオロチが、ぴくり、と動きを止めました。

 それだけで、ダンジョンの全てが静まりかえったような気配がします。


 やがて、8本の首は口々にわめき立てました。


「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇ!(金将)」


「くっはははは! 相変わらず理想的なリアクションだな金将! 面白い余興ではないか、者ども、ひとつ、我々の真の力を見せつけてやろうぞ!(王将)」


「うーん、眠い……お姉ちゃん、耳掃除してぇ……(歩兵)」


「おーい! ふーちゃん、起きた方がいいし、なんか余興がはじまるっぽいしー!(香車)」


「ふっ、我が暗黒滅却連真魔装撃の前に、美しき堕天使はその黒き翼を散らして儚く散るのみよ……!(角行)」


「ごがあああああ! メシィィィィ!(飛車)」


「ふっふふふ、若いもんは活気があってええのう。どれ、わしも本気を見せてやろうとするかの?(銀将)」


「ふむ、では拙者も本気をだすでござるか(桂馬)」


 8つの首の満場一致で、ようやく重い腰をあげたヤマタノオロチの胴体。


 ぶしゃああああっ! と、溶かした鉄のように熱い血が飛び散りました。

 長年横たわっていたせいで鬱血していたのでしょう、その碁盤のような胴体は皮膚が裂けて、だらだらと鉄の血を流しています。


「くっ……こいつが、ドン・ヤマタノオロチ……!」


 花騎士のエウレカ団長は、その恐ろしい異様に身じろぎします。


 花騎士の剣は、もともとブロムワーズ王国の花園を害虫の手から守る為に発達した剣。


 虫属性には絶大な効果を発揮しますが、害虫を退治してくれる爬虫類にはほとんど効かないのです。

 むしろ、技によっては爬虫類を元気にしてしまうものさえあります。


 元より、勝負にならない相手だというのは分かっていました。


 しかし、それは作戦のうち。

 エウレカ団長がドン・ヤマタノオロチを引きつけている間に、残りの仲間が美少女魔物達を逃がす算段です。


「さあ、エウレカ団長がおとりになっている隙に、みんな逃げるのよ」


 魔法使いマリーンがいいますが、美少女魔物達は誰も動こうとしません。


 ついさきほど連れ去れた牛娘が、巨乳をむぎゅっと両腕で挟みながらいいました。


「私たちはみんな、ここから帰りたくないんです」


 魔法使いマリーンは、首をかしげました。

 牛娘はいいます。


「ここは本当に楽園のような場所なんです。山の上だから空気は涼しいし、地面は暖かいし、ヤマタノオロチ様はお金持ちだから好き放題させてくれるし。

 私、本当はもう村に帰りたくないんです。帰っても、畑仕事を手伝って、乳を搾られる毎日……だから逃げて来たんです。もう嫌、わたし、ここでヤマタノオロチ様と、一生過ごすことに決めたの!」


 牛娘のキレイな瞳からこぼれた涙が、胸の上に宝石のようにキラキラ乗っかっています。

 内心舐めたいと思いながら、マリーンはむう、と唸りました。


「なんだか、けっこう厄介な事になったみたいね……」

「うーん、どうすればいいのかのう?」


 そうこうしている間にも、エウレカ団長はドン・ヤマタノオロチによって追い詰められていました。


「ふん、鈍いでござる……!」


 桂馬のヒゲが伸び、エウレカ団長の両腕を縛り上げます。


 さらに、角行の首が剣のように鋭く動き、鋭い角によって斜め十字に切り裂きます。


「ぐっ……!」


 エウレカの服は容易く切り裂かれ、たわわな胸が露わになります。


「げ、げふん、げふん! けしからん!」

「むぅ、なんてナイスバディであるか!」


 飛車の長い舌が、べろーん、と残された布地を下から上へと舐めあげます。


「やぁ……お、おのれっ!」


 思わず女の子のような声をあげてしまいそうになるのを、すんででこらえたエウレカ団長。

 ほっぺたについた唾液が糸をひいて、エウレカ団長の目に涙がにじみました。


「お、おのれ……! 私は、ブロムワーズ王国騎士団団長! こんなことをして許されると思うな、怪物め、貴様を成敗してくれる!」

「はっはっはぁ、どうしてくれるのかなぁ!」

「生意気なことを言うこの口から閉ざしてやろうか」


 ドラゴンの長い舌が、徐々にスカートをずらしてゆきます。

 服を脱がされていくエウレカは「ひゃうん!」と若鮎のように敏感に反応してしまいます。


「あ、う、や、やめて、ふ、ふしだらな、やめないと、本気だす、から、怒る、からぁ……!」


 今にも泣き出しそうな目で睨みつけるエウレカ団長。

 しかし、それは相手にとって余興でしかありません。ますます興奮させて行くだけでした。

 ドン・ヤマタノオロチは口々に宣告します。


「いーねいーね、かわいーし、さいこーだしー!(香車)」

「ふふふ、さあ、まずは裸になり、首から下まで砂に埋めて、たっぷりと地熱を味わうがいいわ!(王将)」

「そして数種類の鉱物が含まれた温泉水で、じわりじわりと体の角質をそぎ落とし、健康的で若々しい肌に生まれ変わらせてくれる!(金将)」

「風呂の後も地獄はまだまだ続くでござる!(桂馬)」

「海の幸をふんだんに使った海鮮料理を味わい、その後は人をダメにするマッサージチェアで、思う存分貴様の脳細胞を破壊し、精神を汚染してやる!(角行)」

「ドリンクバーはご自由にどうぞ! さらにネットは無料! 各種ゲーム機の貸し出しも行ってるよ!(歩兵)」

「この地獄の誘惑に耐え切れた者は、いままで誰ひとりとしておらん! お前がどこまで持つか見物じゃなぁ!(銀将)」

「真の地獄を味わうが良い!(飛車)」

「や、やめろおおおおおお!」


 服を脱がされていくエウレカ団長。そのまま背中にひょいと乗せて、のっしのっし、砂風呂コーナーへと運ばれて行きます。

 彼女も美少女モンスター達のように、このまま人として堕落してしまうのでしょうか。


 そう思った直後でした。


「おやめなさい、ドン・ヤマタノオロチ」


 そこに、王女さまが現れたのです。


 なぜここに王女さまがいるのか、エウレカ団長には分かりませんでした。

 ただ、彼女は湯上がりらしく、ほかほかと全身から湯気を立ち昇らせていました。

 ゆったりとした浴衣に身を包み、美しい金髪を惜しげもなくこぼしています。


「そちらの女騎士は、私の同行者です。粗相を致しました事をお詫び申し上げますわ」


 そう言って、浴衣の胸元に提げていた金色のカードを、びしっとドン・ヤマタノオロチに突きつけます。


 なんと、それは《蛇の道は蛇》の永久フリーパスです!


「ご、ゴールドカード……! すべての温泉施設を無料でお楽しみいただける、永久フリーパス!」

「しかもそれは、株主のお客様に限り配布される、プラチナゴールドカード!」

「まさか、まさかまさか!」

「ヘタレ王子と結婚するために残念な旅をなさっておいでという、フローレア王女さま!」


 突然の株主の登場に、ドン・ヤマタノオロチはどの首も騒然となったのでした。


(続く)

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