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マックス・ハウスのトカゲ男、現る

 ブロムワーズ王国の花の道を旅する、王女さまと女騎士。

 くっつきそうでなかなかくっつかない、そんな2人を乗せた馬車は、はじめて人間の街にたどり着きました。


「フオ、お前、人間の町ははじめてか?」

「おごご!」

 緊張した面持ちで、ぶるぶる、と体を震わせるハーフオークの女の子。


 自分と同じ身長の子供を見かけるたびに、王女さまの後ろに隠れたり、女騎士の鎧に顔をうずめたりしています。


「そのうち、友達ができるかもしれないな」

「おご!」


 元気にバンザイをしました。

 対照的に、ぼんやりと短くなった髪を気にしながらふらふら歩いているのは、マンドラゴラさん。

 ベリーショートになった髪の毛に、メガネがとっても可愛らしい女の子です。服は魔法使いのマリーンのワンピースを借りていました。


「マンドラゴラさん、大丈夫?」

「なんか……体がだるい」

「触手を思い切って刈っちゃったからな。ほら、負ぶっていってあげるよ」

「うん……エウレカ団長、愛してる」

「ははは、大げさだな」

「む」


 王女さまが少し嫉妬深い表情を浮かべました。

 最近、エウレカ団長が魔物の女の子たちに懐かれる度に、なんだかいい気がしないみたいです。


 そんな王女さまの様子にも気づかない、お目付け役の魔法使いマリーンは、地図を見ながらむーん、と唸りました。

 ブロムワーズ王国とスマール王国を繋ぐ街道は、2リーグ(地平線までの距離の2倍。9キロ強)おきにこういった宿場街が立っています。

 馬車で旅をする時に、ちょうど野宿をしなくてすむような間隔で町が築かれている、といった感じです。


「この遅れは、結婚する気ないフローレア王女といつまでも告白できずにうじうじしているエウレカ団長のせいね。最悪」


「けっきょく昨日は野営になったからのう」


「必要物資を買っていく。シャンプーとかシャンプーとか、あとシャンプーとか」


「まあ、本当に必要なものがあったらそのうち思いつくじゃろ」


 そう言って、お目付け役たちがその辺の雑貨屋さんにふらふらと立ち寄っていく間。

 フローレア王女とエウレカ団長(+2名の魔物少女たち)は、町を楽しげに見回っているのでした。


「どうかね、騎士の旦那! 綺麗な奥さんと娘さんのために、おひとついかがですか!」


「わ、私は、旦那などでは……」


 果物屋の商人に呼びかけられて、エウレカ団長は戸惑っていました。

 フローレア王女さまも、かあっと顔を赤らめてしまいます。


「そ、そうですわ、エウレカ、そういう事にしましょうか」

「な、なんですか、王女さま。どういう事になさるおつもりです」

「私が王女だと知られると、なんだかとても窮屈な思いをしてしまいます。そこでエウレカの奥様、という事にしていただけませんでしょうか?」


 なんとも、王女さまらしい可愛らしい提案でした。

 エウレカ団長は、腕にしがみついてくる王女さまの柔らかな手を握りかえして、気恥ずかしそうにそっぽを向きながら言いました。


「お、王女さまがそれで、よろしければ……」

「ダメです、エウレカ。今から私はあなたの妻です。今から私の事はちゃんと、フローレアと呼びなさい、これは命令ですよ?」

「はっ、しかし、そのお名前で呼んでは、王女さまの正体が周囲にバレてしまいませんか?」

「エウレカ、あなた本当に頭が固い子ですわね? いいのですよ、それですべての問題は解決するのです」

「いったい、どの問題が解決するのでしょう?」

「もぅ、エウレカったら。私を困らせないで?」


 困った顔をして、団長の腕をつねり返すフローレア王女。

 とつぜんいちゃいちゃし始めた2人に、果物屋のおじさんは笑顔を若干ひきつらせて、果物を前に差し出していた手をゆっくりとさげてゆきました。

 周囲の人々は、「王女さまだ」「王女さまと近衛兵のエウレカ団長だ」「ラブラブだ」と口々に噂しあっています。

 なんだか大変な現場に遭遇してしまった気がするのは、当然でしょう。

 果物屋のおじさんが手に持っている果物をこっそり片付けようとすると、フオちゃんは、「あー!」と言って団長のズボンをひっぱります。


「よしよし、フオ、あれが欲しいのか? すみません、それ1個ください」

「は、はい……(ちっ、逃げられなかった)」

「うー、団長……愛する私のためにブドウも取って……」

「それと……ブドウもください」

「はい、すぐに……」

「エウレカ、私には何をくれるのかしら?」

「ご安心下さい、宿に帰ったら、レベル99のシェフが素材を選び抜いた最高級の晩餐をご用意しております」

「もう、何も分かってないんだから!」

「お、王女……!? どうなさったんですか! 1人で歩くと危険ですよ!」

「あーあ、団長、女心が分かってない」

「おごー……」

 2人の魔物少女達も、心配げな表情です。


 * * *


 そんな一行が泊まったのは、この宿場町で一番大きな宿でした。

 レベル99のシェフの料理に舌鼓を打ったあと、2階の少々大きな部屋で宿泊することになります。

 王宮の部屋に比べればずいぶんこぢんまりして見えますが、旅の宿に贅沢は言えません。


「もーふー!」

「わーう!」


 子供たちは、ベッドに飛び込んでもふもふと転げ回っていました。


「だんちょー、きもちいいー! だんちょーも来てー!」

「おごーごごー!」

「はいはい、子どもは騒がしいな」


 どうやら、ふかふかのベッドがよほど気に入ったご様子。

 団長も巻き込んでひとしきりはしゃいだ後は、すぐに寝付いてしまいました。


 マンドラゴラさんはフオちゃんの頭を抱え込んだまま、フオちゃんはマンドラゴラさんの薄い胸に顔をうずめたまま、2人仲良く眠っています。


 じいやは、魔法使いの帽子の上でむふふ、と笑っていました。


「ええのう、2人とも、将来が楽しみじゃのう」

「じいや、今その発言は、単純に不審者と受け取られかねない」


 エウレカ団長は、魔物少女たちの相手をして、疲れがどっと押し寄せてきたのか、2人に言いました。


「すまないマリーン、王女さまの護衛は任せても構わないか」

「おけ、団長。しっかり護る」

「わしにお任せするのですじゃ、大船に乗ったつもりでな」


 もふもふのなんだか良く分からない生き物のじいやは、自信満々に言いました。

 本当なら胡散臭いはずが、なんだかとても頼もしいから不思議です。

 エウレカ団長もつい眠くなって、うとうととし始めました。


「いけないな、旅が長引くと、どうも気が張ってしまう」


 旅の間にすっかり着慣れてしまった鎧を脱ぐと、タンクトップとパンツ1枚の姿になって、女の子達と一緒の毛布に潜り込みます。

 誰もが羨むグラマラスで筋肉質な肢体を毛布の中に横たえると、いつしか彼女も眠りに落ちてしまいました。


 * * *


 朝――。


 目が覚めたとき、エウレカ団長はいままさに、触手めいたものに襲われていたのです。

 エウレカ団長の目の前に、なんだかうようよと触手めいたものがあります。

 エウレカ団長は、ぼんやりとその触手が右に左にゆらゆらする様子を眺めています。

 触手、です。


「マンドラゴラさん? ……ん?」


 不意に、団長の引き締まったヒップや、筋肉のぎっしり詰まった背中を撫でるように、もぞもぞ、と何かが動くのを感じます。

 犯人は、マンドラゴラさんでした。

 なんと、昨日ベリーショートにしたはずのマンドラゴラさんの触手が、たったひと晩でつまさきに届く長さにまで成長し、もぞもぞとベッドの上をまさぐっているではありませんか。

 その触手は、エウレカ団長の体の上も、隅々まで探っています。


「うー、メガネメガネ……」


 どうやら目を覚ましたばかりのマンドラゴラさんが、メガネを探してベッドの周りを探っていたらしいのです。


 エウレカ団長はすぐそこにメガネを見つけましたが、腕に触手がしっかりと絡みついていて、取る事ができません。

 かといって、女の子の髪の毛を引きちぎってしまうのは気が引けてしまいます。痛くしてしまうかもしれません。


「フオ、起きてくれるか?」

「ふごー?」


 むにー、とまだ眠そうなまぶたをこすって、フオちゃんは起きてくれました。


「ちょっと、そこのメガネをマンドラゴラさんにとってあげてくれないか」


 触手に腕を拘束されて動けない様子のエウレカ団長を見ると、フオちゃんは目をキラキラ輝かせ、頬を上気させました。


「ふごー!」


 そして、エウレカ団長のたわわな胸に飛び込んできたのです。


「おい、フオ。メガネを……それはメガネじゃない、私の服だぞ?」

「ふーごご、ふーごご」

「そんなに引っ張るな、伸びてしまうだろう、フオ。私の服で遊んでも、何も面白くないぞ?」


 しかし、フオちゃんは甘えたい盛りなのか、それともオークの本能なのか、団長のたわわな胸にしがみついたまま離れようとしません。

 エウレカ団長はやれやれ、と天井を向いて、触手とフオちゃんのくすぐったい攻撃にじっと耐えていました。

 そこに、パジャマ姿の魔法使いマリーンが現れました。


「おはよー、団長、近況報告。異常なし、以上」


 ぼんやりと部屋の様子を眺めた彼女は、困り顔を浮かべている団長とバッチリ視線が合いました。

 女騎士が、触手に両手を縛られて、オークにふごふごと懐かれています。何かよからぬ事を妄想したのか、キラーンと、と目を光らせました。


「あらあらー、エウレカ団長、朝から女の子達と何をやってるの?」

「むふふ、元気じゃのう」

「おい、冗談はいいから、はやくこの子達をどうにかしてくれないか? 起きられないんだが……」


 何事にも動じないエウレカ団長らしい、堂々とした指示をベッドの上から出しましたが、魔法使いマリーンは、魔法使いらしい奇策でさらりとそれをかわします。


「どうしたらいいのかしら。恐くて近寄れないわ。そうだ、王女さまを呼んでこよう。おーい! 王女ー! おきろー!」

 王女さまに対して気安すぎるマリーン。さっそくこの現場を王女さまに見せる腹づもりです。

 エウレカ団長は大慌てでマリーンを止めにかかりました。

「くっ、待て、マリーン! やめろ、まって、まってくれぇぇ!」

 触手とフオちゃんをはね返そうと体をよじらせますが、どうもできません。あうあうとあられもない声をあげてしまうエウレカ団長でした。

「やだぁぁ! エウレカの恥ずかしいところ、王女さまに見せちゃやだぁぁ! はずかしぃぃぃ! おねがいやめてぇぇ!」

「なんてそそる女の子なの、エウレカ団長。これだから虐めるのがやめられないわ」

「普段とのギャップがまたたまらんのう」

 またえぐえぐ泣いてしまったエウレカ団長。

 ひとしきりエウレカ団長をいじって楽しんだ魔法使いは、伐採魔法でマンドラゴラさんの触手をベリーショートにして、「冗談よ」と言いながら(一体何が冗談だったのかはわかりませんが)団長をよしよしと慰めてあげたのでした。


 * * *


「私の髪、また短くなってる……」


 マンドラゴラさんは、朝食の間、ずっと不思議そうに自分の髪の毛を触っていました。


 机の向かいで、王女さまに「はい、あーん」されながら、恥ずかしそうにパンを囓っているエウレカ団長と、にやにや笑みを浮かべている魔法使いマリーンしかその真相は知らないのでした。


 エウレカ団長は、朝食の後に従者達で緊急ミーティングを開きました。


「切っても切っても、すぐに伸びてくるな」

「ふむ、すぐに伸びないようにする魔法はないのかえ?」

「無理、伐採魔法でしつこく刈り続けるしかないわ」

「そうか、我慢するしかないか」

「慣れたら快感かもしれないわよ」

「快感を覚えるな、マリーン」

「1人で眠って貰うというのはどうじゃ?」

「それは可哀想だろう」

「むーん、面倒くさいわね」


 従者達の会話を聞いていたマンドラゴラさんは、うつむいて、その場から逃げて行きました。


 町外れの花畑でぼんやり光合成をしていると、短い髪の毛がわさわさと動いて、短い触手を精一杯伸ばそうとしています。


 どうやら、自分の触手が迷惑なのではないかと敏感に感じ、ひどく傷付いてしまったみたいです。

 大人びたマンドラゴラさんは、そのぶん人一倍、感受性の高い子でもありました。


「……わたし、要らない子なんだ、ぐす」


 そんな気持ちになってきたマンドラゴラさんの背後に、なにか邪悪な気配が忍び寄っていました。

 動物たちが次々と逃げ出してゆき、植物たちも逃げ出したそうに身をよじらせています。

 光合成をしながらよだれを垂らしていたマンドラゴラさんは、背後に忍び寄っていた影に、まったく気づきませんでした。


 はっと振り返ると、そこには、真っ黒いスーツを身につけた、謎の男が立っています。


「……誰?」


 不気味なトカゲ頭の男は、ギロリ、とマンドラゴラさんを見下ろして、口の端に笑みをうかべていました。


「ハロー、お嬢ちゃん……僕はマックス・ハウスの者です。行き場を探しているのなら、ウチで働いてみる気はない?」


 トカゲの指先が、さらさら、とマンドラゴラさんの切りそろえられた髪の毛をなでて行きます。

 マンドラゴラさんは、首をかしげました。


「……栽培ハウス?」

「ちょっと違うね、マックス・ハウス。……えっ、知らない? 変な話、超有名なシャレオツ系のお店なんだけど? えー、知らないの? キミ、今のうちに知っといて損はないよ?」


 トカゲ頭は、名刺を差し出して言いました。


「帝国に本舗を構える、『魔物喫茶』ですよ。あなたのような可愛い魔物っ子は大歓迎しますよ? お嬢さん」


 むう、と、マンドラゴラさんは唇を尖らせました。

 栽培ハウスじゃないのか……ざんねん。


 ……後半に続く

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