女騎士、王女様と旅立つ
ここは、ブロムワーズ王国。
花が咲き誇る事で有名なこの王国に、ひとりの王女様がいました。
王女様はこの世の物とも思えぬ美しさ。
5キロ離れていても光が見えると評判のまばゆい笑顔の少女でした。
隣国のスマール王国の王子が、そんな彼女に一目ぼれをし、ぜひ結婚しよう、いますぐ結婚しよう、私、スマール王国の王子スマルジャッハは、花の王国ブロムワーズのブロムワーズ殿下のご息女、フローレアさまと結婚することを神に誓う、と国中に触れ回ったほどでした。
あまりの熱愛ぶりに、王様たちは皆ひいてしまいましたが、フローレア王女はくすくす笑って、
「面白い人ですね」
と、正直に言いました。
えー、という顔を浮かべていた国王も、王女の美しすぎる笑顔に「うんうん、そうかそうか。気に入ったか」と愛想笑いを浮かべざるをえませんでした。
それがいけなかった。「国王公認の仲!」という大義名分で、スマルなんとか王子は王国中に結婚することを触れ回ったのです。
言われてみれば、2人の年の頃も同じくらい。
なるほど、スマール王国との絆を深めるためには、2人の結婚は必定だろう。
あれよあれよ、と言う間に縁談はまとまり、気が付いたらフローレア王女様は女騎士と魔法使い、そしてなんだかよく分からない毛むくじゃらのもふもふした生き物をお供に、馬車に乗って結婚式の開かれるスマール王国へと向かっていたのでした。
ブロムワーズでは最上位の立派な鎧を身に着けた女騎士、エウレカ近衛兵団団長は、隣に座った王女と二、三言葉を交わした後、すぐに黙りこくってしまいました。
表情をかたくこわばらせ、王女の手を掴もうと伸ばしては手をひっこめ、何も言えずに、ただずっと馬車にゆられていたのでした。
「フローレア、さま……」
「なあに、エウレカ」
ようやく声を絞り出して、エウレカ団長は言いました。
唯一女らしい、のどぼとけの無い喉を鳴らします。
「……こたびのご結婚、まことに……お、おめでとうございます」
「あら、ありがとう、エウレカ」
「はい、花の王国フロムワーズが、スマール王国とこのような形で手を結ぶのは、政治的にも非常に有益な事であると、存じております。……軍事的観点から見ましても、地中海を隔てた大帝国をけん制するために、この両国の同盟は非常に有効な手段と考えられまして、しいては……」
そんな団長を苛立たしげな眼でじとっと見つめていたのは、魔法使いのローブに身を包んだマリーン。
そして微笑ましそうににこにこしながら見つめているのは、彼女のとんがり帽子の上にもふっと乗っかっているなんだかよく分からない毛むくじゃらの「じいや」でした。
「ええのう、若い衆は」
「じいや、嫁入り前の姫様の貞操の危機」
「ええではないか、成り行きに任せよう」
「じいや、お目付け役としてそれでいいの」
じいやは、もふふ、と笑いました。
「ねぇ、エウレカ」
「……はっ」
「今日はいい天気ですわね」
「……はっ、おっしゃる通りで、フローレアさま」
そのとき、フローレアさまの手は、エウレカ団長の手を優しく包みました。
「フロムワーズとお別れになる日が晴れていてよかったわ」
「ふ、フローレアさま……ッ!」
「だって、愛する祖国の姿と……一番親しい友達の顔を、こうやって瞼にしっかり焼き付けて去る事が出来るもの」
「い、いえ、そんな、わ、私のような……ッ!」
泡を食ったエウレカ団長は、思い切って、フローレア王女の柔らかな手をぎゅっと掴みました。
子供が泣いて逃げてしまうほどの騎士の鋭い目でしたが、そんな目で至近距離から見つめられても、フローレア王女は王女の品格をそこなわない、柔らかな笑みをたたえていました。
「なあに? エウレカ、言いたいことがあるのなら、おっしゃって」
「その、お、お、王女様、わ、私は、貴方に生涯、この身と剣を、捧……」
「あー、オホン、オホン」
すぐ向かいに居た魔法使いのマリーンは、わざとらしく咳払いをしました。
もちろんわざとです。
王女と騎士団長は、ばっと別れてお互いに別々の方向を向きました。
「いい加減にしてください、ね?」
気まずそうに俯く騎士団長と、すこし顔を赤くして外の風景を眺めている王女様を、魔法使いはじとっとした目で睨みつけました。
「むふふ、おしかったのう、エウレカ。もうちょっとじゃったのうー」
「じいや。2人にもしもの事があったら、お目付け役が何言われるかわからないわよ」
「ええじゃないか。うちの姫をアホ王子と結婚させるなんて、王国中の誰も望んでおらんのじゃから」
「じいや、肝心な事を忘れている」
魔法使いのマリーンは、ぽりぽり、と頬をかいた。
「騎士団長は女だから」
「それがええんじゃ」
じいやは、もふふ、もふふ、と笑っていました。
* * *
そんな百合百合しい一行を乗せた馬車は、やがてチューリップの咲き誇るチューリップ山を越えて、オニユリが白い斑点を作るオニユリ大湿原を越え、一面紫色のスミレソウ平原に差し掛かったあたりで休憩をとる事になりました。
エウレカ団長は、近くの小川で身体を洗っていました。
胸には女性的なたわわな膨らみを持ちながらも、腹筋は6つのブロックにくっきりと割れ、ひきしまった理想的な筋肉を惜しげもなく外気に晒しながら、濡れた布で汗をぬぐっています。
「王女様……私は貴方の事を、一生お守りいたします……王女様……」
ぶつぶつと、なんども繰り返し練習してきたセリフです。
じつは、出発前にも同じセリフを練習していたのですが、けっきょく言えずに団長は落ち込んでいたのです。
その姿があんまりにも可哀そうだったので、王国のみんなはエウレカ団長を一緒にいかせてあげたのでした。
むう、と不器用なエウレカ団長は、唸りました。
「素振りのようには上手く行かぬ……」
顔を拭きながら、ため息をついたのでした。
一方、フローレア王女さまも、そんなエウレカ団長の姿を木陰からこっそりのぞいてため息をついていました。
柔肌の王女では決して手に入れる事の出来ない、団長の素晴らしい肉体美は、いつまで眺めていても飽きません。
小さい頃、一緒にお城の大浴場に入っていたときは、ほとんど変わらなかったのに、いったいどこでこんなに差がついてしまったのでしょう。
特に、胸のボリュームに自信のないフローレア王女さまは、はぁ、とため息ばかりついてしまいます。自分の方が栄養のあるものを食べているはずなのに、不思議で仕方ありませんでした。
そうしていると、茂みががさがさ、と揺れました。
「あら?」
ひょっこりと、黒髪の小さな女の子が通りかかりました。
フローレア王女さまとばっちり目が合ってしまい、びくっと肩を震わせた女の子。
「あらあら、まあまあ」
王女さまがこのとき浮かべたまばゆい笑顔の光は、地中海を隔てた大帝国からも観測されたと言われています。
しかし、黒髪の女の子はたじたじでした。ぼろきれのようなツギハギだらけの服を着ている彼女は、職人が三年かけて紡ぎあげた朝露の糸を裏生地に使ったオートクチュールのドレスをまとった王女さまを、警戒しないわけがありません。
「う、う、ううぅ~」
たじたじと身じろぎしながら、王女さまから一定の距離を置きつつ、通り過ぎようとしている女の子。
ちらちら、と王女様の方を気にしながらも、山のどこかへ歩いていきます。
「まあ、可愛い」
王女さまは、ついついその女の子を追いかけていってしまいました。
「いけないわ、お夕飯までには帰らないと……いけないわ、けど……どうしましょう」
などとつぶやきながら、ふらふらと女の子について行ってしまったのでした。
* * *
「大変です、エウレカ団長」
魔法使いのマリーンが、単調な口調で淡々と語った。
「フローレア王女がいません」
そのときのエウレカ団長のうろたえぶりといったら、見ているこっちが可哀想になってくるほどでした。
「なっ、なんだってッ! それは本当か、マリーン!」
「冗談にならない冗談はいわない主義なので」
「なんという事だ……ッ! この私がついていながら……ッ!」
団長は、自分の不徳の致すところ、といった表情で悔やみました。
今ごろ王女はお腹を空かせていないだろうか、獣に襲われていないだろうか、と心配ごとばかりが胸を埋め尽くしていました。
魔法使いのマリーンとじいやは、ちょうど野営と夕飯の準備をしていたため、王女さまがどこかに行ってしまったことに気づかなかったのでした。
「この辺りには、人をさらう魔物が出現するらしいぞい」
「じいや、そういう情報は隠しておいた方がいいと思うの」
「魔物の仕業か……おのれ、王女さまをたぶらかすとはッ! 待っていてください、王女ッ!」
「どこにいくの、エウレカ団長」
「探すのだッ! 草の根わけでてもッ!」
「まって、日が暮れるわ」
そう言って、魔法使いのマリーンは大きな古い本を取り出しました。
一体なんの本かと思って、タイトルを見ようと思っても、背表紙すらありません。
なんとパピルスの紙を束ねてできています。
それは日本で言う所の神田町の古本屋をいくら巡っても見つからないような古い古い古文書。大昔に火事で焼失した伝説の魔法都市の図書館にあった、唯一の生き残りと言われる魔導書でした。
「探し人を見つける魔法を使う」
「おおッ!」
「エウレカ団長、今から言う物を持ってきて」
さすが大昔の魔導書だけあって、その準備も大がかりな物でした。
エウレカ団長が森をかき分けてマムシやキノコや薬草などの材料を持ってくるのと、マリーンが土の上に大きな大きな魔法陣を書き終えるのとは、ほぼ同時でした。
魔法使いのマリーンは、パピルスの魔導書を広げてぶつぶつと呪文を唱え始めました。
ぼんやりと不思議な光が足元の魔法陣を照らし出します。
「あとは、この円の真ん中で『乙女の純潔』を捧げれば、魔法は完成する」
「そうか、これで王女の居場所がわかるのだな、でかしたぞ、マリーン」
「エウレカ団長、『乙女の純潔』よ」
ちらっと、団長の方に意味ありげな視線を向けました。
するり、と紫色の魔法のローブを脱ぎ、ふぁさっと足元に落としました。
華奢な腕を交差させて、胸を隠しているマリーン。
彼女の怪しげな眼差しは、団長をじっととらえて離しません。
「脱いで、団長」
「待て、マリーン」
「王女さまを助けたくないの」
「……ッ!」
「私、団長となら大丈夫だから」
じいやはマリーンの頭の上で、「ええぞ、ええぞ~」と興奮気味に騒いでいました。
王女さまを助けたいと言う気持ちが、団長の胸の中でどんどん膨らんでゆきました。
「くっ……マリーン、いくぞ!」
思い切って、かちゃかちゃ、と鎧を外したエウレカ団長。
彼女の豊かな胸が魔法陣の光にライトアップされて、マリーンはごくり、と息を呑みました。
「お、大きい……これがエウレカの……ごくり」
その胸の迫力に、じいやは「ぶはぁっ」と鼻血を噴きました。
その血が魔法陣に吸い込まれた瞬間。
しゅううん、と魔法の光は消え、どこからともなく地図が現れました。
魔法の地図です。
「あ」
「ん?」
「完成したっぽい?」
「え?」
ぱらぱら、と魔導書をめくって、魔術をよく確認するマリーン。
魔法陣の中心にて、『乙女の純血(おじいちゃんでも可)』を捧げるべし
「おじいちゃんでも可だった……」
「それ以前にもっと大事な所が間違っておらんか」
思い切り安堵したエウレカ団長。
脱力して、その場にうずくまって泣いてしまいました。
「うぐぅ……ひぐっ、ひぐぅ、よ、よかったぁ……。この身の純潔は、いつか王女様に、捧げるものと、誓っていたのだ……」
「ごめんごめん、そんなにガチ泣きされるとは思わなかった」
よしよし、と頭をなでなでして慰める裸の魔法使い。
じいやが喜びそうな百合百合な光景でしたが、じいやはそのとき、現れた魔法の地図を見て唸っていました。
「むう……」
「どうしたの、じいや」
「魔法の地図によると、王女の居場所は少々厄介な場所じゃな」
じいやは、急に、きりっと真面目な表情になりました。
「魔物の村があるのじゃよ」
「魔物の……村?」
嫌な予感に青ざめるエウレカ団長。
彼女の腕を、魔法使いマリーンは引っ張りました。
「急ぎましょう、女騎士。はやく王女を助けないと」
* * *
一方その頃。女の子についていって行方不明になっていたフローレア王女。
「あつ……んぐっ、に、苦い……ですわ……んぐっ」
王女は藁葺きのテントのような家で、椅子に腰かけ、変わったお茶を飲んでいました。
「ふぅ、変わった味のお茶ですわ」
「おごおご!」
声がした方を見ると、黒髪の女の子がお盆に白いお団子を載せて王女さまに差し出していました。
「あらあら。お菓子をくださいますの?」
「おご!」
「けれど、あまり遅くなると、お夕飯が食べられなくなってしまいますわ」
「おごー!」
王女様に抱き着いて、いやいやと首を振る女の子。
どうやらすっかり懐かれたらしく、帰って欲しくない様子です。
初対面の女の子と仲良くなれるのは、王女様の仁徳のなせるわざでした。
「ふふふ、そこまで言うのでしたら、いただきます」
白い大福に王女はかぶりつきました。
甘いイチゴがくるまれていたイチゴ大福でした。
「んー!」
王女は幸福そうな顔を浮かべて、口の中いっぱいに広がる甘味を味わいながら、苦いお茶を啜りました。
「はぁ……なごみますわぁ」
すっかり馴染んでしまった王女さま。
そのとき。
のっそりと、ブタ面の大男が姿を現しました。
「パパ―!」
女の子はブタ面の大男の胴体にしがみつきました。
王女さまはにっこり笑って、大男に挨拶をしました。
「あら、お家の方ですの? お邪魔しております」
「すんません、うちの娘がわがままを言いまして……」
「いえいえ。パパが帰ってきてよかったですね」
そろそろ戻らなくてはならない、と考えていた王女さまでしたが、ブタ面の大男は、大きな手のひらを向けて椅子に座っているように言いました。
「あの、外がもうこんなに暗くなって危険ですし……お詫びと言ってはなんですが、ウチに泊まっていってくださいませんか。狭苦しい小屋みたいな家で、本当に心苦しいんですが……」
「おごー!」
王女に抱きついてくる女の子。王女は大福をもぐもぐしながら、上品に微笑んだ。
「うふふ、どうやら気に入られてしまったみたいですし、そうしましょうか」
「ははは、助かります」
* * *
エウレカ団長たちは、魔法の地図を見ながら、光り輝く点を目指していました。
そこにあったのは、藁ぶき屋根の民家が立ち並ぶ村です。
しかし、人間の姿はどこにも見えません。
夕日が照らす家々の間を歩き回っているのは、ブタ面の魔物たちでした。
ふごー、ふごーと声を立てています。
そう、ここは『オークの村』だったのです。
エウレカ団長は、がしゃりん、と剣を落としてしまいました。
「どうしたの、エウレカ団長。王女さまの反応はあの中からするわ」
「くっ……!」
魔法使いマリーンが顔をのぞきましたが、エウレカ団長は何か恐ろしいものでも見たかのように、ぶるぶると肩をわななかせていました。
「ま、ま、まさか、オークの村だとは……!」
エウレカ団長は、どんな屈強な兵士にも立ち向かう勇気を持った、優れた女騎士でした。
どんな敵からも逃げた事のないその勇気が彼女自身の誇りであり、また彼女の率いる近衛騎士団の誇りでもあったのです。
「だが……オークだけは……に、苦手なのだ……!」
魔法使いマリーンも、じいやも、くびをかしげました。
エウレカ団長が、涙目になるほどオークが恐いのには、理由がありました。
かつて、彼女の憧れであった女騎士の前団長がいたのですが、その前団長はオークの王、オークキングに辱めをうけ、その後、行方をくらましてしまったのです。
「あの美しかった前団長の事を思うと、私は今でも、オークが、オークの事が……ッ!」
ふるふる、と震えるエウレカ団長。
当時の事を思い出しているのでしょう。
魔法使いのマリーンは、うん、と決意しました。
「仕方ないわ、エウレカ団長はそこにいて。じいや」
「うむ、それでは行こうか」
てくてく、と魔法使いマリーンは歩き出しました。
丘から真っすぐに集落に向かうと、オークのぶぎー、ふごー、という喚き声が家々から漏れていました。
すっかり日が暮れた村の中を通過して、魔法の地図を頼りに、王女の反応がある家の前までたどりつきます。
「ついたわ」
「ここじゃな。気を付けるんじゃぞ、魔法使い」
「わかった。王女ー! いるのー!?」
魔法使いが思い切った大きさの声で呼びかけると、家の入口にかけてあったクマの毛皮の暖簾がぱっと開き、中から光り輝かんばかりの王女さまが姿を現しました。
「あらあら、魔法使い。よくここが分かりましたね」
「魔法の力を舐めないでよ?」
王女さまに生意気な口を叩く魔法使いに、じいやは気が気ではありません。
王女さまの背後には、黒髪の少女がいました。彼女は新たな来客に怯えながら、ぎゅっと王女の服を掴んでいます。
「おご……」
「この子……」
魔法使いマリーンは、その黒髪の女の子の耳がちょっと尖っているのを見つけて、普通の人間ではないのではないか、という事に気づきました。
「人間とオークのハーフ?」
「ハーフオークじゃな」
「へぇ、いま家内は留守にしてますが」
と言いながら、奥から出て来た大男のオークは、ぽりぽり頭をかきました。
「家内とは、何度も激しい戦闘をしていたライバルだったんですがね。そのうちお互いを認め合うようになって、うちらの村はもう人間に危害は加えないようになったんでさぁ……それがこの前、ぐうぜん戦場で家内の姿を見かけて、こう、一気に燃え上がっちまいましてね。……結果、この子が産まれて、家内は騎士団をやめて村に住むようになったんです」
「なんと」
大男のオークは、足元にじゃれついてくるちっこい女の子の頭をぐしぐし撫でました。
「なんでももうすぐ、家内が昔お世話になっていたブロムワーズの王女様が、隣国の王子様と結婚式を挙げるっていうじゃないですか? それで家内も元近衛騎士団長としてこれに出席しないわけにはいかないってんで、隣国にすっとんで行っちまったんでさ」
「なるほど、魔物を連れて行くわけにはいかないから、1人で行っちゃったわけね」
「いえ、最初は娘も家内についていってたんですよ。……ところが、娘は家内以外の人間をほとんど見た事がないから、人間の町を恐がっちまって。途中でひとりで戻ってきちまったみたいなんです。そこをこのお嬢さんが見つけて村まで連れてきてくれたんでさぁ。いえ、本当にお騒がせしました」
ぺこぺこ頭をさげるオーク。
王女は、えへん、と胸を張っていばっていました。
「ふっふん、どうかしら。私だって、人並みに世間のお役にはたてるのよ?」
「うん、えらいえらいー」
「やれやれ」
魔法使いマリーンは超上から目線で王女さまを褒めて、じいやは呆れた様子でため息をついていました。
えばっていた王女さまは、ようやく1人足りない事に気づきました。
「あら? ところで、団長はどこにいるの?」
* * *
一方、エウレカ団長は、まだまだオークの村に入らず、丘の上でひとり苦悶していました。
「くっ……王女さま……いま助けに……しかし、あそこにはオークが……いや、恐れてどうする、私よりも、王女さまの身が危ないというのに……!」
オークの村に駆けつけようと心を奮い立たせていましたが、いつまでも怖くて入られないでいました。
そんな彼女の元に、何千回、何万回聞いても飽きる事のない、美しい鈴の音のような声が響いてきました。
「エウレカー!」
はっと顔を上げると、フローレア王女さまが仲間を引き連れてやってきています。
王女は大きく手を振ると、ひとり団長の元に駆け寄って行きました。
団長は、言いようのない罪悪感と安堵感に、涙をこぼしていました。
「王女様……ああ、ご無事……でしたか……」
「どうしたの、エウレカ。何かあったの?」
地面にうずくまる団長の側に、王女はドレスが汚れるのも構わずに、膝をつきました。
顔を覗こうとする王女さまの視線から、エウレカは懸命に逃れようとします。
「……私は、今日ほど自分が生きている事を恥じたことはありません。私に、貴方様の騎士である資格はありません。なんという不甲斐なさ」
「ねぇ、何があったの? エウレカ」
「どうか、王女様は幸せなご結婚をなさって、スマール王国で幸せにお過ごしください……私は、この王国に残って、貴方様の幸せをずっと願っています」
団長はひどく落ち込んで、蹲ってしまいました。
王女さまは、一体何を落ち込んでいるのかよく分かりませんでしたが、彼女のつらい気持ちは手に取るようにわかりました。
団長の傍らにしゃがみ込むと、その肩を抱き寄せ、やさしく背中をさすってあげたのです。
「ううん、結婚はね、お断りしようと思っているの。エウレカ」
「……フローレアさま?」
意外なほど近くに王女さまの吐息を感じて、エウレカ団長の顔は真っ赤になりました。
「やっぱり、自分の好きな人と結ばれるのが一番だわ。私はこれから世界の色んな国をまわって、これは、という人を選んで、それからでないと、結婚はいたしません。だって、私はフロムワーズ唯一の王女さまですもの。相手はそのくらい慎重に選ばないといけないわ」
つきものが落ちたような顔で、団長は王女さまと見つめ合いました。
王女さまは団長の手を取って、ぬくもりを分かち合いながら、申し訳なさそうに告げました。
「わがまま言ってごめんなさい。だけど、それまで、ずっと私の騎士でいてくれる? エウレカ」
「あ……王女、さ……ま……」
団長は感無量になり、震えました。
魔法使いマリーンとじいやが、「くるぞ、くるぞ」と身構えます。
団長は、王女の柔らかな手を両手でぎゅっと握りしめ、真剣な眼差しを向けました。
呼吸を整え、決意を新たにして、言ったのです。
「わ、私は、誓います……この身と剣を、一生、貴方さまのために捧げ……うわぁっ!」
そのとき、横合いからハーフオークの女の子が飛びついてきました。
なんと、彼女は団長の鎧に、すりすりと頬をこすり付けて泣いていたのです。
「マーマー!」
「な、なんだ……この子は?」
「ママーッ! ママ、ママー! おごおごー!」
オークの鳴き声を交えながら、必死に甘えてきたのです。
それを見た魔法使いは、くすっと笑いを漏らしました。
「お母さんにそっくりなのよね」
「よきかな、よきかな」
じいやも、うんうん、と頷いています。
どうやら百合に年齢は関係ないみたいでした。
王女は、急にぷうっと頬を膨らませました。
「ふーんだ、よかったわねエウレカ」
「お、王女様?」
はっと我に返った団長を、王女さまは冷めた目で見下ろしてきます。
「ずっとこの村にいればいいじゃない」
「えっ……なんです、何を怒っているんですか」
「もうエウレカなんて知らない」
「おーご! おーご!」
王女さまは、ぷいっと冷たく顔を背けて、仲間たちの所に戻っていきます。
団長は、王女さまの背中を追って駆け出そうとしましたが、ハーフオークの女の子がしがみついてきて動けませんでした。
ハーフオークだけあって、人間離れした凄まじい力です。
「おっ、王女様、お待ちください……! 私は、王女様に生涯、この身と剣を捧げる所存で、これは、その、なにかの、間違いで……くっ……殺せ!」
こうして、一行の旅に小さなハーフオークの女の子が加わったのでした。