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キャンドル・ミッドナイト

作者: はに

広涼、という造語があるならつけてみたいというくらいにここは広々とした草原と木立、そして点在する家が見える。とても清々しい。何もないところですが、というのは日本人らしい表現だが、ぼくはそんな言葉を言われようとなかろうと、なんでもあるような気がした。実は昨日止まったコテージのおかみさんが美人だったから話に釣り込まれたとかではない。少なくとも半分くらいは。

 セミはサワサワと揺れるように鳴き続ける。耳を澄ませば、ひぐらしも居るようだ。本州育ちのぼくには、ジージーとけたたましく鳴くものだと思っていたから自然というのは多様なのだなと知る。予備知識と体験では大きく違う。その実感は個人個人なのかもしれないが、鮮やかだった。

 今や、国内のインフラは登山地以外はほとんど整備されている。とくに、訪れたこの地では便利な国道ができていて山間をうまく抜けられ距離も短くなっている。一方、獣も横切るらしいが。

 ふと空を見上げると鳥が飛んでいたので、構えたカメラのシャッターを押しながら、ぼくはファインダーの奥で空に舞う猛禽類であろう鳥を捉えた。それは、みごとなほどに薄く透ける風切り羽を持っていた。もっと詳しければ、なにか特定できたのに。ちょっと惜しい気持ちになりながら、その場をあとにした。

 自転車で走っていると、せせらぎの音が聞こえる。どうやら沢があるようだ。目印の駐車場の看板を発見し、自転車を停める。トイレが汲み取り式なのが環境に配慮した結果なのだろうと勝手に推測した。

 沢へくだると、水の透明度に驚いた。とめどなくあふれる、いきおいのなかで苔が揺れていた。魚はヘリの茂みやくぼみでゆるやかに尾を振っていた。朝方は眠っているのかもしれない。ひととおり満喫して、自転車にまたがる。昼食は行こう決めていた店へとグーグルマップを開く。案内様様である。

 軽快な足取りでこぐ。しかし難所はここからであった。勾配のついたカーブやアップダウンをくりかえし、ちょっと道の選択を間違えたかなと思い始める。それでも、ようやっと店に辿り着くころには、看板商品は売り切れており、残りのベーグルをいただくことにした。コーヒーもセットにしたのだが、水がうまいからかとても澄んだ味がする。ふたたび満足したぼくは、本日最終イベント『来た道を帰る』を実行する。ああ、なんでこんなことを計画しようと思ったのかぼくは謎でたまらないが、振り返っても過去のぼくはそういうことをやらかしてきたのでいっそ潔く楽しもうと思う。

 夕方になるが、夏場で緯度が高いこともあって日がとにかく長い。なんとか明るいうちにたどり着きそうだ。

 一度通った道なので、体が覚えている。

 そうこうしている間に、2泊目となる宿に辿り着いた。

 「あら、おかえりなさい。」

 いいな、こういうの。男一人旅ならではの妄想も入っている。だれかが出迎えてくれるのはありがたい。そしてそれが女性ならば、なお良い。

 「ただいまです。今日もよろしくお願いします。」

 「はい。じゃあまず、シャワーを浴びていらっしゃいな。」

人の良さそうな顔で、タオルとシャワールームの鍵を手渡される。

ぼくはこういう推しに弱いような気がする。と受け取ってから思った。

疲れは蛇口をひねったとき冷たい水が出てきた瞬間に出てきた。じわじわと温度が高くなるシャワーにおもわず、はあと声が出た。

食堂の席に着くと案外すっきりしたようで、冷静にお腹が空いたな~と感じるようになった。

ようやく周りが薄暗くなってきて、おかみさんはキャンドルを持って現れた。それが妙に、心を落ち着かなくさせるものでぼくはどきどきした。

今まで気づかなかったが、右手にキャンドルを持ち添える左手の甲になにか黒い痣か模様みたいなものがあることに気付いた。

それって、なんですか。と聞いてみたい衝動に駆られたが、ぐうと腹の虫が声を上げたので図らずも笑いをとることになってしまった。

おかみさんは、わらって、それから左手人差し指を唇に添えた。

ぼくが気付いたことをおかみさんは気付いているらしかった。暗黙の了解と捉えたぼくは、ひとつ頷いた。

料理はおいしかった。野菜も自分で育てているという。なかなかユニークなおかみさんが印象的であった。


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