ミミックを食べる。
「うーーん」
目の前の箱、まぁ・・・いわゆるダンジョンにある箱、いわゆる宝箱の前に腕を組み思案にふける。
確かに今までスライムやソンビなどゲテモノと呼ばれる物を多数調理してきた。それは確かに今までの常識からすれば論外な品であっただろう。しかし今回は箱だ。いわゆる宝箱、材質は木?
そんな物が果たして食えるのか? 普通に焼いたら燃えるよな。
今日も今日とて誰も居ない厨房の中で腕を組み、必死に思案を巡らせる。
そう・・目の前にあるのは普通のダンジョンによくある宝箱ではない、多少のレア感はあるがれっきとしたモンスター『ミミック』である。
宝箱に擬態し、それを狙った冒険者を襲う、れっきとしたモンスターの一種だ。確かに今まで途方もない料理ばかりはしてきたのだが、流石に『箱』は無理でしょ。だって木ですもの 自分シロアリじゃ無いんだから。
「しかし、ミミックか・・・そういえば中身はどうなってるんだろう?」
箱を空けると上下に広がるおおきな牙
あぁこれで冒険者を捕食するのか
一応説明するならば 目の前のミミックは死んでいるので危険はないが、確かにこんな鋭い牙でかまれたらひとたまりもない。
一応牙があるってことは歯茎にあたる部分もあるのか?
さわってみると、多少は硬いがぷよぷよと弾力性があるスライム状のものだ。但しスライムよりは遥かに弾力がある。
そして箱の下部にはちゃんと身? 体の部分も存在する
あぁこうなるとアレだ・・・貝だな。イモガイのような肉食の貝。丈夫な外骨格であるカラを持ち、そして強固な牙で獲物を狙う。
又、スライムを『なめくじ』とするとミミックは『かたつむり』といえるかもしれない。
もしかして外の木箱を見つけ、既成する生物かなのだろう。
こうなると光明が見えてくる。外の木の部分は無視して、中の部分普通に調理すればいい。
まずスライムの時と同様に、切ってみる。
スライムよりは多少硬いかな?
そして一口・・・
「んがああっ!」
瞬時に口からミミックの身を吐き出す。
まずい! 実にまずい
血の生臭さに加え、木の腐ったような味、その臭いは普段表面のミミックの皮のせいなのかほとんどしないが、口にした瞬間その異常な味と臭いが一気に広がる。
こりゃスライムより何倍も酷いし、マズイ。これはかなりのアク抜きが必要だ。
スライムの時は綺麗な水にさらしてアク抜きをする、ミミックはスライムと違い湿気のある場所限定の生き物ではない。
体の水分の蒸発は体を囲う木があるのでそれほど気にしなくてもいい、だからこそ木箱という狭い空間に生息しているからこそ、異常な味と臭いがするんだろう。
アク抜き・・・いやミミックのアク抜きってどうすればいいんだ?
絶食させる いやそもそも自然のミミックは数ヶ月だって食べなくも平気だし、獲物が一度かかれば自分より大きな人間だってそのまま丸かじりだぞ。
生のミミック・・・そんなの入手可能なのか?
だが、そんな自分の不安はあっというまに杞憂終わる。調べると家の警備用として養殖用ミミックがいるらしい。
ダンジョンを家にする魔族って実際にいるしな
そうなると完全にアク抜きは長期戦で挑むか!
・・・と思い実行したのは今より大分前、そして入念なアク抜きをしたミミックがようやく入荷してきたのだ。
今回はアク抜きに3ヶ月もかけた。これで十分だと、信じたいものだ。
まずミミックを山葵など育成可能な清浄な水の流れる水田に置き、絶えず綺麗な水にさらす。 そして今回の工夫としてミミックの象徴とも言える宝箱をメッシュ状の鉄網に換えた。これも養殖ならではの工夫といえるだろう。
そうして徹底的にアク抜きをしたミミックが出来上がった。
まずは生で一口
「ぉ!」
なんだこれ ミミックが劇的な美味さに変わった。いや美味しいというより、前に比べると雲泥の美味さになった。
味としては熊肉? と 以前食べたスライム肉をあわせたような感じ
実にたとえにくい味だ。とはいえ多少はクセもなくはない。
こうなると以前のようなスライムを調理したような塩味は向かないのかしれない。独特のクセ? 臭みなどがどうしてもかすかにに残る。
と・・・なると味噌が合うのかもしれない。
まずはミミックを軽く味噌につけこむとしよう。
今回用意したのは赤味噌と白味噌のブレンド味噌、その味噌にミミックをつけこむ。味噌に同時に味醂や醤油なども入れた当店オリジナルの味噌床だ。
そして数日漬け込んだミミックを焼く、焼いた後にハーブバターを加え、ガーリックチップを散らし、アクセントにパセリを散らす。
実に見た目も匂いも良く、実に食欲をそそる。個人的に白米が欲しくなるが、今回は試食なので我慢だ。
まず一口、うん。さすが味噌 いい仕事をする。実に美味い。味噌の芳醇な香りが余計食欲を増す。ただ、多少味噌が強すぎるかな? 焼くときは少々味噌を少なめに落とそう。
だが、これで1品完成だ。
あと1品。このクセを考えれば中華もいいかもしれない。
まずは黒酢を使い、甘酢をベースに山椒や辣粉(唐辛子粉)、辣油で風味を付る。味はピリ辛。せっかく清浄な水田に長期間さらしたんだ、生の味を楽しんでもらいたい。とはいっいても多少あるクセ、これを酢と香辛料で変化させる。
程良い辛さと山椒の香りが鼻腔と胃を刺激し、実にいい。
さぁ、今日も久々の開店だ。
本日は『ミミックの味噌付け』と『麻辣香ミミック』だ。
さて今回はミミック、お客の驚く顔が目に浮かぶ。あれここ最近 変な方向に向かってないか?
いや、だとしても誰も調理しなかった予想もできない食材を美味しく調理して提供するこの喜びは何よりの幸せだ
お客の驚きと、それを口にした時の幸せな表情をみるだけでその苦労が報われる。さて今日も驚きと幸せを感じてもらおうじゃないか
さぁ皆さんいらっしゃいませ!
今日はミミック料理ですよ!