レイスを食べる
きっかけは1人の常連客の言葉だった。
「いやぁ驚きだねぇ、店主はなんでも素晴らしい料理にしてしまうなぁ」
「いや、そんな事は無いですよ」
「いやいや、これだけのもんは他にはいねぇ」
「いえいえ」
その言葉につい赤面してしまう。だが、その次に出た言葉が心の隅に引っかかった。
「レイスとか以外なら なんでも料理しちまうんじゃねえの?」
「はい? レイス?」
その後は、普段のとりとめない世間話で終わったが・・・その後も
ずっと心にその言葉が引っかかっていた。
『レイス』
確か、幽霊だよねぇ。幽霊・・・・食えるのか?
確かに普通に考えれば調理など無理な存在に違いない。
だけど思考錯誤もせず、そう断じてしまうのは早計だ。レイスか、いっちょ食えるかどうか試してやろうじゃないの!
とりあえず、いつもの様に市場にでてみるが、当然のようにレイスなんてものはない。逆に仲買の親父に笑われるが、これはいつもの事なので気にしない。
次に冒険者や兵士など実際にレイスと戦った事がある者の話を聞いたり、配下として実際レイスを使役している方にお会いしてレイスを触らせてもらった。
といっても霊体なので、スカスカ通り抜けるだけだったが・・。
結果分かった事だが、レイスとは幽霊であり霊体の事。
しかしモンスターとして普通に物理攻撃してくるモンスターだ。
実際、触ってもスカスカ素通りするのに、攻撃されると物理ダメージを受けるのはこれいかに?
使役すれば物だって持てる。実に矛盾した生物だ。(いや生きてはいないけどね) いやはや 実に理不尽な存在だ。
しかし攻撃されると物理ダメージを受けるのであれば、実態は存在するのかといえば、やっぱり存在はしない。
これは全部、魔力って事なんでしょうね。
剣などで攻撃する場合は魔法の武器でなけれならず、魔法による攻撃は有効らしい。じゃ魔法の包丁なら切れるのか? とは思ったが、いくら切れても
それでは調理できないし、口に入れることさえできない。
さてさて、本当に困った。
「魔法か・・・・」
やれやれ、こうなると今回は調理という手段を調理器具ではなく、一部を魔法に置き換えるしか無いだろう。
当然、自分は魔法も使えないし、魔法の知識もない。まずは魔法でレイスを実体化させる事ができるかどうか、調べなければならない。
とりあえず魔法の権威と呼ばれる者の話を聞くことができた。
当所、レイスの実体化という話に話半分で対応されているのが分かったが、理由としてレイスを食べる為と分かった途端大笑いして、積極的に話を聞いてくれた。
まずは火系の魔法はそのまま消滅してしまうのでダメ、雷や光系の魔法も同様。氷系魔法なら状態を維持したまま冷凍状態にもっていくことは可能だが、解凍をするとそのまま消滅してしまう・・・じつにやっかいだ。
その中で唯一の光明を見いだしたのは暗黒系魔法だ。暗黒系はレイスに与えるダメージは光系魔法に比べれば格段に威力は落ちるが、完全に消滅する光系魔法に対し、暗黒系はその後にレイスの死骸? が残る。
元々レイスは幽霊なので死骸といっていいのか分からないが、これで少なくとも実体化は可能となった。
後は調理の見せ所だ。
肝心のレイスの残骸だが・・・『つきたてのお餅』、又は『お粥』状の状態をしている。非常に粘性は低く味は無い。
ただ、少し個体差があり、多少の苦み、酸味などは感じる場合がある。
これって恨みなど負の感情の残滓なんだろうかと思う次第だ、ただ、ここは魔界、あまり深く考えない事にする。
まずは味も歯ごたえも何も無い、これに味と歯ごたえを付けるのが先決だ。
しかし餅のように、きなこ、黒糖、ヨモギなど混ぜて試してみる。
結果味的に悪くはないが、餅と違い凝固しないので、実に食べにくい。
これは固めつつ、それで味を付けた方がいいかもしれない
まずは定番の片栗粉、だけど・・あれ? 混ざらない?
他にも色々試してみました、にがりから果てはアルギン酸ナトリウムまで
しかしレイスは徹底的に混ざらないし、固まらない。
これは・・こまったぞ。
味云々ともかく、こんなドロドロのゲル状の物では実に食べにくい。いや、いっその事このまま食べるか?
思いついたことを実行に移す。
まずはレイスをミンチ状に加工しながら深めの皿に移す。そしてかけるはホワイトソース、ついでチーズ。とりあえず超簡易的なドリア風に調理してみる。
それをオーブンにかけ、焦げ目がついたとこでできあがり。
さて実食って・・・あれ? 量がかなり減っていない?
オーブンから出しだレイスドリアはその量を半分ほどに減らしていた?
しぼんだ? いやまさかな?
食べてみると、それはホワイトソースの味が・・・って 皿にレイスがないじゃないか・・・消えた?
あ、レイスって火魔法で消滅するんだっけw
つまり、加熱や冷却などの調理方法は使えないの?
これまた、実に難儀な食材なんだ。包丁無効化、温冷無効化食材とか・・そんな食材人間界ではありえない。
うーん。
ただ、手に触っても消滅しないって事は、人肌くらいの温度までなら大丈夫なのか? これは実験する必要があるな。
油で揚げてみた→消える
沸騰したお湯に入れて見た→消える
そして段々と温度を下げて実験すると どうやた消えるのは80℃あたりが
限界のようだ
ならば汁物ならいけるのかな?
そこで考えたのが『すいとん』だ。
すいとんは小麦粉の生地を手で千切る、手で丸めるなどの方法で小さい塊に加工し、汁で煮込んだ料理。今回は小麦粉の代わりにレイスを使ってみる。
鰹と昆布で作った出しの中に、レイスを溶き卵風にして入れて見る。
見た目は完全にかき玉汁、さて実食してみると
レイス自体に味はないが、鰹と昆布で作った出しが良い味をだしいる。
しかし、こうなるとわざわざレイスを使ったかいが全くないのだが、いかんせん自分の料理なんてそんな物だ。ただレイス食感はいいのでその点は素晴らしい。
とりあえずレイスは普通に美味しく食べることができると分かっただけで収穫だ。
さて料理が1品だけでは店は開けない、汁物はできても肝心のメインデッシュがないと話しにならない。
さてさて、80℃以下の加熱で、餅やご飯よりも遙かに味が薄く、中には苦み酸味まであるレイスに合うタレ・・。
メインでそこそこ量のある物を食わせるとなると醤油など単調な味だけでは飽きる。
複雑で何にでも合うタレ?
いや、こうなるともうカレーでいいんじゃないか?
カレーはたまに店でも出すし、皆様の口にも合うだろう。レイスにカレーをかけて食べる。うん、いいかもれない。
このくらい濃い味ならレイスの苦みや、酸味には負けないだろう。
となると、後は具か、無論ビーフ、チキン、ポークあたりでもいんんだが、加熱して煮込みができないというのは辛いな。つまり煮込まなくていい素材でカレーを作る。・・・となるとアレか?
思いついて早速市場に出かけ素材を捜す。
こうしてようやく試作品ができあがる。
火食鳥の卵と巨大化蟹の身を使用したブーバッポンカレー
試食。
蟹と卵のカレー、正直、これで美味しくないハズが無い。
カレーのルーが細かくなったレイスと絡み合い、口の中でおいしさのハーモニーを奏でている。今回レイスに味の引き立て役の要素は無い。しかしこうして食べるとその柔らかで優しい食感がいい引き立て役をしている。
口に入れた食感だけでこうまで食べさせると思わなかった。
そして蟹と卵のカレーこれで美味しくないハズが無い。
そして、カレーの味に飽きたときに、飲むかき玉汁もいい仕事をしてくれる。
うん・・これはいい。これでレイスは食べれないといっていたお客をびっくりさせてくれるに違いない。
今度も改心の出来の料理だ。苦労した甲斐があった。
さぁ、今日も久々の開店だ。
本日は『レイスのブーバッポンカレー』と『レイスのかき玉汁』だ。
そういえば、二回続けてカレー味だが、いいのだろうか?
まぁ、前回のカレーが実に好評だったからカレー好評につき再度カレー料理をご用意したと言えばいいだろう。
カレー美味しいもんなw
さぁ皆さんいらっしゃいませ!