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猫のゆくえ  作者: 日暮奈津子
8/8

僕たちの中

     *     *     *


「ただいまー。あついー、たまらんー、もう汗だくだ~」

 重たげな買い物袋と脱いだブルーインパルスの帽子を食卓に置くと、あたふたと妻は洗面台へと向かった。

「おかえり。新作、アップしたよ」パソコンに向かったまま、僕は顔を洗っている妻に声をかけた。

「あー、すっきりしたぁ。……え? 新作? 読む読む!」

 顔を拭いていたタオルを食卓の椅子の背にひっかけると、妻は早速スマホを手にしてブラウザを立ち上げ、エアコンの吹き出し口の直下に椅子を動かして座った。

「そんなに急いで読まなくても」

「いや、読む」

「……アイス、買ってきたんだよね?」

 レジ袋を透かして10本入りソーダバーの箱が見えた。

「うわっ! やばい!」

「いいよ。これ、全部冷蔵庫に入れとけばいいよね」

「あ、うん、お願い」

 台所へレジ袋を運び、中身を冷凍室と冷蔵室と野菜室に分けてしまい込む。

「アイス1本もらうね」

「あ、私もいる」

 冷凍庫のソーダバーの箱を開けて2本取り出し、1本を妻に手渡す。

「ん。ありがと」スマホの画面に見入る妻の声は、既に生返事だった。

 水色のソーダバーを僕もかじりながら、再びパソコンに向かう。

 あの後も僕は定期的に実家に通って、蔵書の整理を続けていた。

 その度に妻もついてきて、泰明さんの遺品を調べていたが、『ウィアード・テイルズ』はおろか、泰明さんが書いたはずの6冊の本も、いまだに見つかってはいなかった。

 佐久間と名乗る若い男についてもそれとなく両親に聞いてみたが、知らない、との答えしか返ってこなかった。

 やがて僕は、ネット上で誰でも小説を投稿できるサイトを見つけ、そこに自分の書いた小説をアップするようになった。

 10分程度もあれば読めるような短い話ばかりではあったが、だんだんそれらの話がつながり始め、ちょっとした連載小説のようになってきていた。

「あははははは! なるほど! そう来たか、これは……! あははははは!」

 おそらく、一人目であっただろう読者には、面白いと思ってもらえたようだ。

「いやいや、いいオチだね、これは。あっはっは!」

「誤字脱字はなかった?」

「なかったと思うよ、たぶん。いやあ、仲間が増えてきて、どんどん楽しい感じになってきたねえ」

 言いながらも妻は、まだ何やらスマホの画面をいじっている。

「……私も、何か書こうかなあ。書きたいなあ」

「書けばいいじゃない」

「そうか、それもいいなあ。……よし! 洗濯物、取り込んでくる」

 充電ケーブルにスマホをつなぎ、妻は洗濯カゴを持って庭に出た。

 せっかく涼んだところで、また外へ出なくてもいいだろうにと思いながら他の投稿者の作品を読んでいると、僕あての新着コメントが画面の隅に表示された。



「『のんだくれな創世の神と、その眷属たち 第6話:本気は損気』読んだ! ←お前ら、ちゃんと本気出せや!!(笑)」



「うわっ! こら! やめろ、くすぐったい!」

 窓の外では白い毛並みの猫が尻尾を立てて、洗濯物を抱えた妻の足元にしゃらしゃらとまとわりついていた。




                                        『猫のゆくえ 〜青い回廊と西王子家断絶の次第・後日談』(終)


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