8話 フラグ
今回フラグ成分多め。
回収するかは別の話ですが。
注:この小説はバトルがメイン展開になることはありえません
突然だが私は愚か者が嫌いだ。
視界にいれたくもないし、通話であっても喋りたくすらない。
ならば脳筋君はどうなのか──私は彼は馬鹿だが愚か者ではないと思っている。
少し話して分かったことだが、彼は大切なことはちゃんと分かってるし方向性が間違っているとはいえ努力もしている。
なので私が嫌いなのは…………私の前世である篠原 明人のような人物だ。
優しい幼馴染の声をガン無視してただひたすら自分を格好良く見せようとし、唯一の味方すら窮地に追い込む。
私が私を嫌いなのはただ彼が厨二病を煩っているからではない。
そのありようがどうしようもなく愚かだからだ。
「ふぅむ委員長? シン・エ「やめて」…………ピッチャーを見る目が少々危ないが、大丈夫か?」
脳筋君はその巨漢さ故に一人で2、3人分のスペースを占領するので今このベンチに座っているのは私と脳筋君の二人だけだ。
今は三回表……つまりこちらの三回目の攻撃側だ。
得点はどちらとも一点も入っておらず、一進一退の進捗具合だ。
「大丈夫だよ。 誰にも見られないように始末するから」
「ぬぅ……落ち着くのだ委員長」
私は愚か者が嫌いだが、脳筋君のような馬鹿はむしろ好感を得られる人物だ。
これは前世の異世界において唯一同郷だった人物、コウタも脳筋だったからなおそう思うのだろう。
コウタは名前のとおり日本人で、異世界で仲間になった親友だ。
なんでも元の世界に腹違いの妹を残してきたらしく、面識はないがとても大切に思っていた。
というか魔王を倒す為のパーティだった私達の仲間に入ったのは元の世界──地球に戻って妹と会うためらしい。
何かあれば「○○ーっ!!!」と妹の名前を叫び、危機的状況になれば「すまない○○……お兄ちゃんはここまでらしい」と懺悔する。
ぶっちゃけうざかったが、あんなでも弓術の腕は異世界でもトップクラスだったので最後まで一緒だったが。
そういえばコウタはどうなったのだろう。
彼は最終的に異世界に残ると決めた私の代わりに地球へと帰っていったが、無事に妹と再会できたのだろうか。
私が異世界において戦った年月は五年間……つまり今から六年後に彼はここへ帰ってくる。
彼がどんな顔だったかは曖昧だが、きっといつか会えるだろう。
「それで脳筋君。 人目につかないところってどこかな?」
「どうしたのだ委員長。 先程からシン「やめて」…………シ「やめろ」委員長はなぜその名を嫌がるのだ?」
なぜ?
そんなの決まっている。
私の黒歴史で、愚かの象徴だからだ。
もちろん事実は言えないので笑顔で誤魔化す。
「ふふふ」
「ぬぅ……なんだこのプレッシャーは!?」
戦慄している脳筋君をおいて篠原 明人に視線を移す。
そこには
「ふっ! 速さが足りないっ!」
「これでも手加減しているのだ。 キャッチャーがミンチになってしまわないようにな」
「これを何と言ったかな……地球では空振り三振、だったか?」
これがストライクの反応で
「褒めてやる。 だが次は容赦せん!」
「当てられたと思ったか? 当てさせたんだ」
「おっと、利き腕ではない腕で投げているからボールがあらぬところへと飛んだな」
これがファールで
「キャッチャーの指示通りに投げただけだ。 我としては不本意なのだがな」
「くっ! まだ我では伝説の魔球、デッドレイジングは放てぬか!」
「まったく地球製のグローブは使いにくいことこの上ないな」
これがボールで
「打ったか。 だがまだ我は力を5%も出していない」
「ふん、せいぜい歓喜にひたるがいい。 まだ絶望を知らぬうちにな」
「まだ我は変身をあと2(ry」
打たれた時の反応だ。
正直うざい。
滅茶苦茶うざい。
今すぐバッターボックスに置かれているバットを手に取り奴の脳天を叩き割りたくなるが、そんなことをすれば最悪私が消えるので我慢だ。
私は篠原 明人にとって四組の女生徒Aでなければならない。
「奴がどうかしたのか委員長。 まるで前世からの因縁があるかのような憎みっぷりなのだが」
するどいね!?
「…………そうなんだよ。 実は彼は私の前世と深い関わりのある人間なんだ」
嘘は言ってない。
別に信じても信じなくてもどうでもいいが、そういう設定だとでも言っておけばこれ以上追求はないだろう。
今はとにかく試合中で篠原 明人が妙なことをしでかさないか…………いやもう十分にしでかしているが、とにかく監視しなければならない。
「ふむ。 そうか、委員長もか」
だから脳筋君のそんな呟きに私は気付かなかった。
「ゲームセット!」
審判である生徒会の人──新入生歓迎会のスタッフ──が試合の終了を言い、お互い列になって礼をする。。
試合は五回までで、延長はなし。
一日に三回試合しなければいけないので長々と一試合に時間をかけていられないという理由もあるが、なにより皆が皆、そんな体力があるわけではないのだ。
だから体調不良など理由さえあれば私のようにすぐに休むことが出来るのだが。
「ふっ、我の力にかかればこの程度容易な……」
「明人、勝ったからって相手を挑発するのはやめや」
「いひゃいいひゃい!? おんひゃ、しょのひぇをひゃひゃへ!」
頬を未来ちゃんに引っ張られた篠原 明人は涙目で抗議するが意にかえされずそのまま引っ張り続けられた。
未来ちゃんが覚醒して篠原 明人を真人間にする調教とかしてくれないかなぁ本当に……未来知識的にありえないけど。
私からは直接彼をお仕置きすることは出来ないが、未来ちゃんなら「いいぞもっとやれ」になる。
更生は期待できそうにないが溜飲が下る。主に私の。
しかし──おい、とグラウンドからコソコソ出て行く巨漢の姿を白い目で見る。
巨漢はそんな私の視線にすぐに気付き、慌てて言い訳をしはじめた。
「う、うむ! 我輩は素手専門であって武器は不得手なのだ」
「だからって掠りもしないってどうなのよ。 四番バッターのくせに」
「ぬぅ」
そう、この巨漢の脳筋君はなんと全ての打席において三振なのだ。
もはや目を瞑ってスイングしているのではないかと疑いたくなる滅茶苦茶なバッティングに、誰もが溜息を吐いたほどだ。
「当たれば、当たればホームランなのだぁ……」
「いやそんなバントすればホームランとか前世紀のゲームじゃないんだから。 力だけがカンストしてても確実にホームランが出るわけじゃないし」
ホント役に立たないなこいつ。
自分が利己的な理由で早々に試合をボイコットしたことすら忘れて私は心の中で(使えない……)と毒を吐いた。
バトルジャンキーなので勝負事には何でも全力なのだが、脳筋だからかパラメータは力に偏っているらしい。
「それだとサッカーとかバスケットボールに行った方が良かったんじゃない?」
この新入生歓迎会、ゲームの交換という形でなら別の競技に参加することが出来る。
とはいうものの交換を申し出る相手が同クラスであることとやむなき理由がある場合のみに限るのだが。
脳筋君の場合は……まぁこの酷い技術を考えれば通らないこともないかもしれない。
そもそもやむなき理由って何だという話だし。
「サッカーは駄目なのだ」
「なんで?」
「ボールを蹴ると破裂する……手加減してもあらぬ方向に飛んでゆくのだ」
「…………。…………えっと、バスケは?」
君、厨二病じゃないよね?
そう聞きたくなるもののたぶんこれは『気』とやらの作用なのだ。
地球は常識で溢れてて異世界のような非常識は一切ない。
うん、そのはずなのだ。
「中学時代の体育で一度やったことがあるのだがぁ」
「うん」
「ブロックした生徒を跳ね飛ばし、救急車を呼ばれたのだ」
「…………脳筋君、根本的にスポーツに向いてないね」
「…………うむ」
しかし『気』とやらはそこまで便利なものなの?
魔法と比べて燃費は遥かに良いとはいえ、そんな日常生活に支障をきたしかねない力を…………待て、待って欲しい。
まさかとは思うが、そんな戦闘に『気』が必要な化け物がこの世界にいるとかないよね?
「脳筋君」
「ぬぅ?」
「まさか夜な夜な組織に従って化け物と戦って街の平和を守ったり、なんてしてないよね?」
ありえないが、聞くしかない。
いやまさか、そんな……そんな疑念が脳裏に過ぎったが最後、気になって仕方のない私はつい聞いてしまった。
「そんなわけあるまい」
「だよねー! そんなわけ……」
「夜だけじゃなくて昼にも湧くのだぞ、奴らは」
「…………」
何が湧くのだろうか。
まさか台所の黒い悪魔か?
ああ、そりゃあ確かに気でも使わないと倒せない強敵だ。
それなら夜だけじゃなくて昼にも湧くという言葉の真意が分かる。
「もう脳筋君。 ゴキブリのことならゴキブリって言ってくれなきゃ」
「ゴキ……? 闇の雫のことか?」
「やめて! 私をそっちの世界に引きずり込まないで!?」
発言だけ聞けば厨二病っぽいが、あいにく脳筋君の顔は本気だ。
本気で『闇の雫』とやらがいて、日夜それと戦っていることを否定していない。
だが私はそんなバトル展開、前世だけで十分だというかお腹いっぱいだ。
せめて地球ではゆっくり人外と戦うことなく静かな余生を過ごしたい。
「ぬぅ。 しかし委員長。 我輩は既に委員長のことを戦力になるとリーダーに……」
「脳筋貴様ーっ!」
「ぺぎっ!?」
思わず女の子であることを忘れ、脳筋君の顔を殴り飛ばした。
殴られた脳筋君はグラウンドを数度転がった後、しばらくして砂埃をあげながら停止した。
闇の雫だかなんだか知らないが、私は絶対に戦わない。
絶対にだ!