7話 成果が試される時
書いてる間、ノリノリでした。
厨二は用途を守り、適度にしておきましょう。
技の設定を話し終えた篠原 明人はすっきりしたかのように表情を輝かせたあと、私にドヤ顔した。
額に青筋が浮かび、反射的に殴り飛ばしたくなる衝動に駆られつつ気をとりなおしてバッターボックスでバットを構える。
「ふん、今の説明を聞いてなお戦意を見せるか」
…………無視、無視だ。
「喜べ人間。 これは人間で貴様が最初に見る魔球だ」
「へー」
棒読みで返すと篠原 明人はキリッと眉を吊り上げ…………あれ、なんだろうこれ既視感?
「受けてみよ! これが我の100年の修行の末身に着けた奥義!」
あ!わかった!
昨日練習してた(自称)カッコイイポーズだーっ!?
「魔技! ザ・ジャッジメントリバース!」
衝撃的な事実に思わず普通にとんできたボールがキャッチャーのミットに吸い込まれるのを見過ごす。
「ストライク!」
「…………あ」
球速は速い。
高校生にしてはという但し書きがつくが、とにかく速い。
その身体能力を厨二ではなくスポーツなどにもっと活かせないのだろうか……いや今活かしてるけど部活的な意味でだ。
「見えなかっただろう人間?」
いえ普通に見えましたが。
「何恥じることはない人間。 魔界でも私の魔球を見切れる者は片手で数える程だったのだから人間」
ツッコミどころしかないが、反応しようものなら厨二説明が待っているので頬を引きつらせながらも黙る。
「いくぞ人間。 抵抗など無意味としれ人間!」
「…………凄い語尾すぎる」
思わず呟いた言葉は篠原 明人が片足で地面を擦りながら無駄に回転して土埃を舞い上げた音によってかき消された。
ちなみに私のライフもかき消された。
「ストライークッ!」
「今のはザ・ジャッジメントリバースではない。 ただのザ・ジャッジメントだ」
「違いが分からないっ!?」
「ふん、人間の貴様には分からんかもしれんが……ザ・ジャッジメントリバースはザ・ジャッジメントの発展型だ」
「それでどこが違うの?」
「…………ふん。 最後だ人間っ!」
答えられないようだ。
というかこの男はひょっとして頭じゃなくて口で考えているのではないだろうか。
「慈悲だ人間。 この技はさっきまでの二つとは決定的に違う一球だ」
「へー」
棒読みで返事してしまうが再び解説スイッチの入った篠原 明人はそんな私に目もくれず活き活きと説明しだす。
私はうんざりしながら胸の痛みに耐えつつ聞き流そうとし……凍りついた。
「これは我が昨日、狼男との戦いの末に編み出した球技!」
狼…………男?
…………わ、忘れてたーっ!?
そういえば篠原 明人にワーウルフを見られたんだった!
「なぁ明人。 狼男と戦ったのに編み出したんは球技なん?」
「ええい黙れ女! なんかかんやあって投げ技を憶えたのだ!」
「狼男相手にボールサイズのもの投げて何とかなるもんなん?」
「なる! なんせ我は昨日、この魔球でワーウルフを倒したのだから!」
え、ワーウルフを倒……あ、そっか途中から妄想混じってるのか。
逆にワーウルフに即効でのされた篠原 明人だが、夢だと思っているのか分からないが実に都合の良い頭をしているらしい。
「ちっ、邪魔が入ったが……女!」
「……考えるのは後回しね」
今度は打つ。
ちょっと目から汗が出てきて今にも保健室で休息りたいがせめて少しは参加しないと何しに来たんだといわれる。
お腹痛いっていって早退しようかなぁ……。
「我の必殺技パートスリー!」
「いやそれだとボールじゃなくて刃物が飛んでき……」
「ヘル・ムーン!」
相手は死ぬ。
そんな説明がつきそうだと思ったのも束の間。
投げられたボールは真っ直……
(曲がった!? カーブ!)
前世で音速ギリギリの速度で斬りあいしていた私としては正直欠伸が出るレベルの遅さだ。
このままだとどこに着弾…………じゃなくてどこのコースを通るか丸分かりだ。
だから私相手に変化球は無意味だといえる。
いや正確に言えば私相手に頭脳勝負以外をしかけた時点で無謀なのだが。
だが────私が本気を出すことはありえない。
私が本気を出せばまず間違いなくホームランを打てる。
今でもスローモーションでこちらに放たれたボールをどのようなタイミングでどのように打てばよく跳かというのが瞬時に判断できた。
だがよくよく考えて欲しい。
今、私がここで篠原 明人のボールをホームランで返せばどうなるか。
篠原 明人の記憶に私が残ってしまうのだ。
私には前世で篠原 明人だった頃、如月 綾という人物の印象は二年生になってからのものしか憶えていない。
つまり私は一年生の頃は篠原 明人にとって他クラスの同級生という認識だけで留めなければならないのだ。
だから……
「っ!」
思いっきりバットをワンテンポ遅らせて振る。
ブゥンと小さくない物体が空気を裂く音がする。
当然判定は……
「ストライク!バッターアウト!」
審判の人の声に私は特に反応することなくバットをその場においてベンチに向かう。
後ろで篠原 明人の気取った声は精神的に悪いので耳にいれないことに…………いや待てだからお前は狼男を倒してないし、血肉を取り込んでもいないっ!
「ねぇ脳筋君。 私、やっぱり調子が悪いから休んでるね」
最初は保健室に行って篠原 明人を視界に入れないようにしたかったのだが、昨日ワーウルフを見られた影響がどこまで出ているのか確認したい。
「ぬぅ、脳筋君とは我輩のことか?」
「うん」
初日に私に決闘を挑んだ巨漢こと脳筋君。
何か気とやらを使える筋肉崇拝者で…………本当になんでこんなのが成績優秀者しかいないこの競技にいるんだろう。
「別にそう呼ぶのは構わぬのだが……お主、もしや我輩の名前を忘れてるわけじゃあるまいな?」
「え? そんなわけないじゃない脳筋君」
まったく失礼な奴である。
いくら私でも人の名前を忘れるなんて失礼なことをしない。
「そうか。 それなら良いのだ────」
「最初から憶えてないよ」
「…………」
一度憶えた人の名前を忘れるなんて失礼の極みだ。
私は前世では勇者だったので星の数くらい貴族と平民との親交があったので役職の名前とかで憶えていた。
正直、憶えてる名前なんて王族と有力貴族、後は友人くらいだった。
「もう、脳筋君ってば。 特徴があるってのはいいことなんだよ?」
私が憶えやすいし。
「…………委員長がそういうのであればそうなのだろうな」
「委員長言うな……あれ、もしかして私、墓穴掘った?」
これじゃあ委員長って言うななんて言えないじゃないか。
「それで委員長。 調子が悪いということは、怪我でもしたのか?」
「女の子の日なのよ」
「ふむ、やはりそうか。 ならばいたしかたあるまい」
こういう時は女の子って便利!
…………あ、いや別に世の中の女の子が皆こんなふうにさぼってるわけじゃなくてだね。
「どうしたのだ委員長。 急に黙り込んで何か深刻そうな顔をして」
「いや何か言い訳しないといけない気がして」
「ぬぅ? とにかく具合が悪くなるようなら保健室に行くことも考えておくがいい」
「うん。 ありがと」
意外と脳筋君は優しい。
何気に顔が怖くて巨漢なので近づきづらい雰囲気が出ているが、話してみると良い奴だ。
脳筋であることとバトルジャンキーであることを除けば。
「しかしあのシン・エターナ「やめて!?」…………ぬぅ、あのピッチャーの男、なかなか侮れぬな」
思わず脳筋君が口走りかけた忌まわしき名を声を張り上げて止めた。
まさかとは思うが、本名よりシン・エターナルという厨二名のほうが広まっているのだろうか。
そう考えるととても恐ろしい事態だ。
想像すると良く分かる。
篠原 明人が異世界召喚をされ、行方不明になって噂になった日を。
『隣のクラスの人が行方不明になったんだって』
『そうなの? 怖いね……どんな人だったの?』
『えっとね、シン・エターナルって名前の人』
『へ。 外国人なの?』
『たぶん日本人だよ。 自称だと思うけど……普段から妄言ばっかり口にする人だったから、頭があれだったんじゃない』
『シン・エターナルって名前も恥ずかしいよね……』
…………お、恐ろしい話だ。
そうなってしまえば最後、篠原 明人の名前は忘れられシン・エターナルという通名が浸透してしまうことになるだろう。
それにしても脳筋君の言った「なかなか侮れぬ」とはいったいどういった意味だろう。
彼の厨二は確かに侮れないレベルなのだが。
「侮れないって、何が侮れないの?」
「ぬぅ、委員長は気付いていないのか?」
「?」
「奴の筋肉を見てみるがいい」
なるほど、奴の判断基準は全て筋肉なのか。
呆れつつ言われるがままにボールを投げる篠原 明人を見ると、やはり厨二に従うがままに技名を叫びながらボールを無駄に回転したりポーズをつけて投げていた。
筋肉は…………ぶっちゃけ体操服着てるから分からない。
「分かんない」
「剣は強くても筋肉には疎いようだな委員長。 我がいずれ教えてやろう」
いえ結構です。
「奴の筋肉、それは貧弱そのものだ」
「…………それがどうかしたの?」
そんなのは当然のことだ。
前世で召喚前は身体を鍛えるような真似は一切…………あ、技の練習は筋トレになるのだろうか。
「そのような貧弱な身体でありながらあの球速を叩きだす天才的センス……まるで思い描いたとおりに身体を動かせているとしか思えんのだ」
イメージと同じように身体を完璧に動かすというのは意外と難しい。
もちろん近づけることは誰にでも可能なのだが、完璧とまでいくと難易度が一気に上がる。
投球フォームの本を読んでも練習しなければモノにできないのと同じだ。
「委員長に匹敵する才能がありそうだの」
「…………」
というか前世の私ですあれ。
そもそもその天才的センスがなければ異世界召喚の死闘で何度死んだか分からないし。
「楽しみだ! 奴が強くなった暁には我は勝負を挑もう!」
「機会が来ればいいけどね」
実際は来世である私とは既に戦っているのだが。
世界を救った勇者だともはやアイドル状態なので、憶えてる人間は極々一部に。
発言力だけでいえば王族を上回りますから、それが許されるんですがね。