6話 ついに戦う一人と一人
久々の更新です。
桜木高校の新入生歓迎会は単純だ。
朝に登校し、自分達の教室につき時間になれば皆で講堂へ行く。
そこで部活の紹介を運動部文化部両方すませ、昼休みが終わるまで自由行動だ。
昼休みが終われば今度はクラス対抗でスポーツが開催される。
行われるスポーツは野球、サッカー、バスケットボールの三つだ。
かつては毎年クラス内で誰がどの競技に参加するかでモメたらしいが今では完全無欠の成績順である。
正確に言えば入試成績順だ。
それって問題ないのかと問いたくなるような分け方だが、なぜかそれがキッカケでイジメがおきたり差別意識が芽生えたりはないらしい。
「今日は楽しみだね綾!」
「そりゃあ花梨は好きなバスケットボール出来るしね」
「あ、言ったな!」
バスケットボールは成績が下のほうの人物が選ばれる。
ギリギリで入ったらしい花梨ならバスケットボールに選ばれるのは確実だろう。
「そういう綾は野球でしょ? 学年次席だし」
「だと思うよ。 野球やったことないけど」
父が巨人ファンなので野球の中継は食事時につけられてたまに見るからルールは把握している。
「飛んで来るボールをバットで前に打てばいいんでしょ?」
「凄く大雑把だね」
盗塁がどうとか代打が何だの父が言っていたが、興味がないので特に聞いていない。
興味のない野球中継より目の前のご飯のほうが大事だったし。
「楽しみだね」
「うん。 私はあんまり興味ないけど」
「でもね綾、アタシが楽しみなのは……フフフ」
「え、何その黒い笑み」
どちらかというと快活な少女である花梨だが、とてもお子様には見せられないような笑みをコッソリと浮かべているのを見てお持たず後ずさった。
「情報屋に頼んで聞いてみたところ──」
「待って。 情報屋って何!?」
まさか花梨も厨二病に……!?
「え? 桜木高校の情報屋だけど……」
「そんな漫画やアニメじゃないんだからいるわけないよ!」
「綾…………あなた、疲れてるんだよ」
「えええええ! 悪いの私なの!?」
優しく諭されたが、どこか納得いかない。
情報屋は異世界で幾度となく見たことはあったが、地球で見たことは一度もない。
いや異世界と同様、裏世界に足を踏み込んだ者しか知らないだけかもしれないが、最低でも学生が出来るようなことではない。
…………裏世界とかもし口に出してたら間違いなく厨二判定なことに今気付いた。
「それで情報屋に聞いた話は、あのシン=エタ「やめて!?」…………篠原って奴の成績なんだけど」
篠原 明人の成績はなんと優秀だった。
学年でも上から数えたほうが明らかに早く、新入生の中では24位の入試成績を誇っている。
部屋に勉強机もないくせに生意気である。
「だから残念だけどアタシが直接手を下すことはできないの」
「まだ拘ってたのそれ?」
花梨はあれから何かと篠原 明人を目の敵にしている。
私の前で彼に悪態をつけば私が非常に嫌がるので表立って嫌味は言わないのだが、嫌いなのは相変わらずらしい。
「だから綾! アタシの代わりに自分の手で敵を断ち切るんだ!」
「敵って。 断ち切るって」
いったいバットでどう断ち切ればいいのだろうか。
バットはそもそも打撃武器で斬撃武器ではないのだが……まぁ斬ろうと思えば斬れるけど。
「というかそれって私が退学になるだけじゃないの?」
「大丈夫大丈夫。 手はあるよ!」
「何の?」
まさかバレずに篠原 明人を抹殺する計画じゃないだろうな、と警戒しながら聞くと花梨は答えた。
「今年は校長の娘が入学してるから、その子を人質にとって校長を脅せば……」
「か、花梨しっかりして! 暗黒面に落ちてるよ!?」
「大丈夫だよ綾。 その子は気弱で押しに弱いか──」
「正気に戻りなさいっ!」
戻らなかった。
やはりというべきか競技分けの最終確認の段階で花梨は燃えていた。
幼馴染として、親友として力の限り止めようと頑張ったのだが力及ばず私は机に伏している。
「目覚めろ、その魂!」
「おおおおおおお!」
移ってる。
厨二病移ってるよ花梨!
「おかしいよね、おかしいよねこんなの!?」
「ぬぅ。 なぁにがおかしいというのだ委員長」
初日の脳筋君が……
「え、委員長って誰?」
「お主ではないか委員長」
指をまっすぐさしたその先には当然と言わんばかりに混乱する私の姿が。
そもそも担当委員を決めてすらいないのに委員長呼ばわりってどうなのだろうか。
「変な名前で呼ばないでよまったく。 脳筋って呼ぶよ」
もう心の中で呼んでるけど。
「ほぅ。 いい名だ」
「え」
「我輩の筋肉は世界一……ならば当然脳も筋肉であってしかるべき」
「おかしいでしょそれ!?」
こ、こいつ……変態だ!
厨二病とかそんなチャチなもんじゃない!
カッコイイからとかそんなチープな理由関係なく常識を投げ捨ててるよ!
「この学校どうなってるの……? 厨二と脳筋に情報屋? …………夢じゃないよね?」
いや正確に言えばおかしいのは最後だけで、真ん中はただのボディビルダーだけど。
たぶん主食はプロテイン。
「ぬ? 情報屋か……我輩も昨日世話になったな」
「えっ、本当にいるの!?」
「いるが?」
情報屋なる怪しい人物、または組織は桜木高校に存在するらしい。
おかしい……私の事前のリサーチでは高校生活において異常なのは篠原 明人だけだと思っていたのだが、明らかに他にも異常は存在する。
その場で苦悩しているとクラスメイトの一人が私の背中をポンと叩いた。
何の用だ、と振り返ると笑顔でその子は答える。
「委員長はトップバッターでいいよね?」
「委員長言うな!」
結局トップバッターは誰も代わってくれなかった。
私はとぼとぼと渡されたバットを引きずりながらグラウンドのベンチに座った。
花梨は凄く良い笑顔を私に向けて体育館へと向かった……凄くイキイキしていたのでバスケットボールで無双して帰ってくることだろう。
「ふむ。 委員長は機嫌が優れないようだ」
「いやそれは脳筋のせ……なんでいるの?」
そこには巨漢の脳筋君が当然のようにベンチに座っていた。
「我輩に何か問題が?」
「え、だって成績優秀者しか……ああうんそういうことね。 何でもない」
「ふむ?」
たぶんこの男、脳筋だけど頭が良いんだろう。
言ってて意味が分からない。
訂正すると頭が良いけど馬鹿なんだろう、きっと。
「今我輩、侮辱された気が……」
「あ、そろそろ試合始まるみたいだし行って来るね」
脳筋が何か言いかけていたが言い終わる前にバッターボックスに向かう。
私は最初トップバッターであることに抗議していたのだが、初日に脳筋をのしたのが原因だったらしい。
あと委員長だから何かやってくれそうだとか。
もしかして委員長って決定なの?
「さて、てきとうに打つか……な…………」
バッターボックスでバットを構えながらピッチャーを見据え、言葉の途中で固まる。
そういえば花梨は言っていた。
『だから綾! アタシの代わりに自分の手で敵を断ち切るんだ!』
私は今、その機会を開始早々手に入れたことになる。
そう、今目の前でピッチャーやっているそいつは……
「やれやれ、女子供には手を出さない主義なのだがな」
「…………(パクパク)」
何かを言おうと口を開くがそれは音にならずただただ口がパクパクするだけだった。
ふと視界の端に今朝ベッドを共にし、朝日を一緒に拝んだ未来ちゃんがいるのが見えた。
…………そうだよ、ただお泊り会で一緒に寝ただけだよっ!
「綾ちゃん頑張ってーなー」
「そこの豚ぁ! 何敵の応援をしてるんだっ!」
「敵に塩を送るって言葉があるんやで明人」
「む、なら仕方がないな!」
それで納得するのか篠原 明人。
そうだ、ピッチャーをしているのは私の前世で、厨二病真っ最中の痛い男の子なのだ。
補足するなら我が天使、未来ちゃんの幼馴染でもある。
そんなことより今、私は聞き捨てならない言葉を聴いた。
「豚……だって?」
「ふん、あんな女は豚で十分だ。 なんせこの前僕……じゃなくて我が大事にしていた『冒涜的な魔術書』を勝手に捨てたんだからな」
「何格好つけた言い方してるん明人。 ただのエロ本やん」
「『冒涜的な魔術書』と言ってるだろうが雌豚あああぁぁぁぁっ!」
何やら厨二病が激怒しているがそんなことはどうでもいい。
問題は……前世の私がとても失礼なことを言っているということだ!
「篠原君、早く進めてくれないかな? 時間は無限じゃないんだよ?」
「確かにそうだな」
私の提案をあっさり受け入れた篠原 明人は手に持ったボールを持ち…………え、待って何それ。
「ねぇ篠原君」
「何だ女」
「その格好、何?」
篠原 明人はなぜかボールを持った右腕をダランと力を抜いて垂らし、左手は顔を覆うようにして両足を揃えて立っている。
「人間界では馴染みがないのか? まぁいい、説明してやろう!」
…………嫌々そうに言うわりには表情が輝いてますが。
ひょっとして説明したかったんだろうか。
「この投法はかつて魔界において有名だったものだ。 しかしあまりにも高等すぎる技能故に廃れ、やがて使い手はただ一人になったが──」
そこまで詳しく説明しなくてもいいのにペラペラと話し出す篠原 明人。
やばい、これはやばい。
何がやばいかというと篠原 明人にとってそれはただ恥ずかしいだけの黒歴史となりえるものだが、私にとっては効果的すぎる。
つまり────精神攻撃だこれはっ!
「っ……」
「ぬぅ、委員長が膝をついたぞ? 今朝もイライラしてたみたいだし……月のあれか?」
脳筋、後で貴様は嬲り殺しにしてやる。