5話 家捜しと……
ワーウルフに篠原 明人の監視を頼み私は今、かつての自室のドアを開けた。
最初に感じたのは匂い。
男の匂いだ。
「…………」
前世ではまるで気付かなかったが、女となった今だからこそ分かるのだろう。
自分の部屋にはない独特の匂いだ。
自室に入り懐かしいと感じると同時に今との差が明確になり、郷愁に胸が熱くなる。
しかし感傷は長くは続かなかった。
「…………黒魔法?」
部屋の真っ黒い壁に一面張り付いているのは…………六芒星の魔法陣だった。
しかも部屋の中央には逆五芒星が描かれており、それぞれの頂点には蝋燭が立てられている。
「いったい私は何を召喚しようとしてたんだ?」
いや間違いなくタダのポーズでしかないんだろうけど、前世の自分が心配になる。
「とりあえず優先度S、と……うう、寒い」
未来ちゃんの寝室から抜け出してそのまま篠原 明人の家に来た私は今、パジャマだ。
当然春の真夜中に歩き回る格好ではないし、なぜか窓がないこの篠原 明人の自室は冷気が篭っていてとても寒い。
私は持ってきた手帳をお尻ポケットから取り出して…………
「あ……ペン忘れた」
篠原 明人から借りればいいや、そう思い机の…………机の?
「机は?」
おかしい、勉強机がない。
家具を一つ一つ確認してみる。
ベッド:布団のカバーに英字がギッシリと書かれている。 たぶん本人は意味分かってないけど格好良いと思ってる。
椅子:家具の中で一番高そう。 黒を基調とした社長椅子といいたくなるデザインで、悪役とかが座ってそうだ。
本棚:本がびっしり詰まっている。 意外と読書家なのだろうか。
戸棚:ガラス戸がついており、中を覗くとよく分からないが透明の材質で作られた骸骨に海賊旗やモデルガン、実に様々なアイテムが置かれている。
…………以上だ。
「どうやって勉強するのあいつ?」
頑張って前世のことを思い出してみようとするが、そもそも転生するとは思ってなかったので黒歴史など忘れてしまいたかった。
だから異世界召喚後、結婚して少したつと殆ど思い出さなくなったのだが、やはり憶えておくべきだったか。
「仮に勉強しないとしてもペンくらい持ってないとおかしいはずだよね」
学校に行っているのだ。
いくら厨二病を患っていても友達がいないので勉強やノート取りは自分でしなくてはいけない。
だから勉強道具はどこかにあるはずなのだが……とりあえず探してみよう。
「最初は戸棚からかな?」
というかスペース的にそこしかなさそうだ。
この部屋は窓がない。
だから夜中に電気をつけて怪しまれるということはないので、入り口のすぐ傍にあるスイッチを押した。
カチッと切り替える音がして、部屋は光に包まれ…………なかった。
「え?」
部屋は確かに明るくなったが、それでもまだまだ薄暗い。
思わず光源である部屋の天井中心を見上げるとそこにはこの部屋を照らすには決して十分とはいえない大きさの電球がつけられていた。
ついスイッチをカチカチと何度もON・OFFと切り替えるが部屋がはっきり明るくなることはない。
「…………」
いったいなぜ?
そんな疑問が脳裏に浮かぶが今は考えることより優先することがある。
見られたら不味いが仕方がないので魔法で解決することにする。
「ん……」
身体から魔力が抜ける感覚にこそばゆさを感じながら魔法を使う。
光魔法『ライトスフィア』、光の球体を作り出す魔法で、難易度は光魔法の中で最も易しい。
ダンジョンを攻略する時に必須ともいえるので殆どの冒険者が適正のあるなしに関わらずこれを会得している。
「よし」
明るくなった部屋を見て頷くとまず棚の一段目を見る。
「…………ば、爆竹?」
昔懐かしの火をつければ爆音が出て、近くの人物に火傷を追わせるかもしれない玩具だ。
間違っても危険人物に持たせてはいけないものだが……前世の私は何が目的でこんなものを持っているのだろうか。
あ、しかもこれ触ってみるとシケってるし、たぶん半分くらい使いものにならないかも。
今は関係がなさそうなので……ってチャッカマンも一緒においてある。
爆発物と火の元は別々に保管しなければならないのに。とても危ないからだ。
「つ、次は……モデルガンかぁ。 関係ないね。 次は……」
蝋燭だ。
部屋の中央に置かれている蝋燭の予備だろう。
とりあえず次…………ん?よく見たらこの戸棚、一番下にガラス戸じゃない引き戸がある。
黒いクロスでスカートのように飾られていたので気付かなかったが、めくってみると確かに引き戸だ。
これかな?と思いながらそれを見てみると中に様々な文房具がおかれていた。
「あった。 でも何でこう隠すみたいに置かれてたんだろ?」
他の場所は見栄えよくしたかったのか斜めに置かれたりしてたのだが、なぜかここだけキッチリとノートや文房具が敷き詰められている。
「…………」
そういえば花梨が呼んでた探偵漫画にこういうのがあったような。
一つずつ取り出し床に置いていくとやがて見えたのは真っ黒の木目。
よく見ると隅に気付きにくいが窪みがあり、指をひっかけられた。
「二重底……!」
探偵の真似事を出来てちょっと楽しい!
人の部屋を漁っているという罪悪感を忘れ、心を躍らせながら何が隠されているのかとそれを取ると
「なにこれ?」
私には用途の分からない代物がゴロゴロと転がっていた。
「んー……これは、柔らかい棒状の……何だろ? 真ん中に穴が開いてるけど……」
いまいち使い道が分からないので見なかったことにしてそれは引き戸に戻す。
次に取り出したのは……
「やっ!? え、えっち! えっちぃ!」
裸の女の人が卑猥なポーズで男を誘っているその表紙の雑誌、エロ本であった。
大慌てで私はその本を遠くへ投げ捨て、息を荒たげる。
少し深呼吸をし、息を整え正面を見据えるとガラス戸に映った自分の真っ赤な顔が……
「うみゃ!? う、うぅ……」
とんでもない辱めを前世の自分に受けさせられている。
だがこのまま恥ずかしがっていても仕方がない。
投げ捨てた本を汚物を拾うかのように端だけ摘み、なるべく表紙を見ないようにしながら引き戸に戻した。
すぐに証拠隠滅の為に二重底を戻し、最初と同じように文房具を配置する。
「と、とにかくペンは見つかりました」
手帳を開き借りたペンをサラサラと走らせる。
内装|(魔法陣及び蝋燭)
優先度:S
備考:おそらくただのインテリア。魔法的な効力はない
これは私の前世こと篠原 明人が異世界召喚された後に回収する優先度をメモしたものだ。
そう、この為だけに私は今、彼の自室へと忍び込んでいる。
ペンをそのまま下へスライドさせてさらに文字を書き込む。
エロ本
優先度A
備考:えっち。 戸棚の下にある引き戸の二重底で発見
「えっちぃのはいけないと思う」
特に前世の私があんな本を持っているのが知られたらエロ魔神なんて学校で呼ばれちゃうかもしれない。
それだけは何としても阻止しなくては……。
だいたい厨二病にムッツリなんて救いようがないではないか。
ガタン!
「…………!」
一階から何か大きい音が鳴った。
考える前に部屋の様子を入った時と同じに戻し、すぐに照明のスイッチを切り部屋を出る。
音をたてないように慎重に階段を降りている途中でそれは起こった。
「うわあああぁぁぁぁぁっ!?」
「っ!」
悲鳴、それも篠原 明人のものだ。
いったい何が起こったのだと隠密を考えずに大きな足音をたてて洗面所に飛び込んだ。
「何事なの!?」
急いで洗面所に入るとそこには二つの影があった。
当然ながら一つは自分が召喚したワーウルフ。
何か困ったようにポリポリと自分の顎を掻いていて、姿を見せた私を見てどこかホッとしている。
一方もう一つの影は……ワーウルフの足元、倒れている篠原 明人だった。
「ちょっと! 何やったの!?」
怒鳴り散らすようにしてワーウルフを問い詰める。
名探偵でもこの状況ならばまずワーウルフを尋問するのは間違いないはずだ。
「くぅん」
「え、何もやってない?」
しかし返ってきた言葉は何もやっていないの一言。
ワーウルフは繰り返し言うが頭が良くない。
だがその反面本能が強く、野生の掟は絶対なのだ。
よく考えれば一族の契約者である私の命令を無視して篠原 明人に襲い掛かったというのは考えにくいし、嘘をつくのもありえないだろう。
「じゃあなんで篠原 明人が倒れてるの?」
「わんわん。 わわん。 くぅーん」
「ふむふむ。 つい物音をたててしまって姿を見られた?」
「わんわん。 わん。 わんわんわん。 くぅーんくぅーん」
「この男は驚いて殴りかかってきた。 でも殺しちゃいけないって言われてたから手加減して殴ったら一撃で沈んだ?」
…………勇気があるのは良いが弱くないだろうか?
というか明らかな人外に喧嘩を売るなんて前世の私はひょっとして頭が弱いのだろうか。
「それでどうしようか? 見られたみたいだけど……」
困った。
ワーウルフなんて地球では都市伝説のようなものだ。
仮にいることがばれれば大騒ぎになることは間違いない。
いや、はたしてそうだろうか?
考えてみると篠原 明人は厨二病だ。
彼の言うことは大抵が妄言であり、虚言なのだ。
彼が実在しないと思われている生き物を目撃したなどといってもきっと相手にされないに違いない。
「このまま帰るのが一番かな?」
そう結論付けた私はワーウルフを送還し、入ってきた窓から庭に出る。
鍵をかけることは出来ないが一日くらい構わないだろう。
今日の成果はあまり多くなかったが決して少なくもない。
部屋の間取りを覚えたこと、進入経路を確保したことはこれからもこの家捜しを続けるのならば必要なことだ。
「その時はまた未来ちゃんとお泊り会かな」
篠原 明人の件を除けば楽しいお泊り会だ。
明日は一緒に登校するし、きっと良い日に…………あ、新入生歓迎会のスポーツで篠原 明人がボコボコにされるんだっけ。
はぁ、何とかしなきゃいけないよね、やっぱり?
ワーウルフちゃん犬可愛いです。
綾ちゃん潔癖可愛いです。
明人ちゃん可愛くないです。